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第60話 遺跡攻略⑥ 狂人勇者

前回のあらすじ:ワイバーン肉でダンジョンランチ→勇者襲来

 サムリは広間入り口の暗がりに、一人で立っていた。

 松明の光が届くのは、その足元までだ。

 だが、その声は間違いなくサムリのものだった。


「サムリ! 無事だったのね! よかった……」


 胸に手をあて、アイラがほっと息を吐く。

 だが、すぐに怪訝な顔になった。


「ねえ、サムリ。ねえさまは一緒じゃないの?」


 そう。

 入り口にはサムリだけが立っていたのだ。

 後ろに、人の気配はない。


「……さあね。僕が知るわけないだろう」


 まるで他人事のような口調で答えるサムリ。


「知るわけないって……サムリはねえさまと一緒にいたんでしょ? もしかして途中ではぐれたの? なら、早く探しにいかないと……」


 が、そんな心配顔のアイラを遮って、サムリが言う。


「そんなことより、そこにあるのはなんだい、アイラ。すごく美味しそうな匂いがするんだ」


「そんなことって……サムリ? 匂い? 何の話?」


「ねーライノー。あのひと、なんかおかしーよ?」


「む。パレルモの言う通り。あの者は様子が変」


「……ああ」


 パレルモとビトラが言う通りだ。

 サムリの様子がおかしい。


 たしかに俺がパーティーに所属していたころのサムリは、浮き世離れしていたというか、落ちぶれても元貴族! みたいな空気を纏っていたし、言葉の端々には武力を持つもの特有の傲慢さもあった。


 だが、さすがにパーティーメンバーで、昔から付き従ってきたイリナのことを『そんなことより』で流せるほど薄情なヤツではなかったはずだ。


「アイラ。こんな場所で、どうやってそんな美味しそうな匂いのモノを手に入れたんだい。二階層上まで漂ってきたんだよ。僕に黙って、ズルいじゃないか」


 サムリは乱れた髪が俯いた顔にかかり、表情が読めない。

 かろうじて見える口元は少し引きつっている。笑っているのか?


「サムリ? 貴方一体何を言っているの?」


 アイラが困惑した顔で尋ねる。

 さっきから二人の会話は成立しているようでしていない。

 というか、サムリが一方的に意味不明なことを口走っている。


 サムリは一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。

 ずるずると何かを擦るような音がサムリの後に続いている。


 だらんと垂らした手には、抜き身の聖剣が握られたままだ。

 最初は、それが石床を擦って音を立てているものだと思った。


 だが、音の発生源はその剣そのものじゃない。

 もっと重たい音だ。


 よく見れば、聖剣の刃先には、なにかぼろ切れのような物体が刺さったままだ。

 音の発生源は、それだった。


 なんだアレは。


 支柱の松明が揺らめき影が激しく形を変えるせいで、遠目にはイマイチ形が掴みきれない。

 黒ずんだ布に、金属?

 それと……ところどころ突き出ているのは、木の枝だろうか?


 サムリは俺たちから少し離れたところで歩みを止めた。

 

「ねえサムリっ! 答えてっ! ねえさまは、無事なの!?」


「……だ。なんであれだけ……べたのに。なんで……こんな……へるんだ」


 アイラの問いかけには答えず、サムリはブツブツと呟きながら、顔を上げた。


「……ひっ」


 アイラの、短く息をのむのが聞こえた。


 サムリの顔は、ほとんど土気色だった。

 表情はなく、視線は虚ろに空を彷徨っている。

 まるで死人だ。およそ生気というものが感じられない。


 だが、その口元だけは吊り上がっていて、どうやらサムリは笑っているらしい。

 もっとも、それがアイラとの再会を喜ぶものかというと、正直怪しいところだが。


 長い間ダンジョンの中を彷徨っていたのだろう、顔や手足は泥にまみれている。

 暗がりではよくわからなかったが、よく見れば露出した手や首もとからは、枯れた蔦のような植物が皮膚を突き破って露出しているのが見て取れた。


 明らかに、サムリはトレントの種子に冒されていた。


 だが、それでもサムリには、ほんの少し自我があるようだ。

 アイラとの会話が成立しているかは怪しいが、それでも受け答えらしきものはできている。

 少なくとも、完全にトレント化してはいないようだった。


 これはどういうことだ?

 侵食が止まっている?

 コイツが『勇者』だからか?

 わからない。


 普通、トレントに身体を侵食されれば宿主である人間は死ぬしかない。

 そこに例外はない……はずだ。


 それに、なんだろう。

 ボロボロなのにも関わらず、サムリからは妙な威圧感が放たれている。


 ……いや。


 俺は、この感覚を知っている。

 この禍々しくて底冷えのする威圧感。

 以前ペッコとかいう魔王もどきと対峙したときに感じたものにそっくりだ。


 これはマズいな。


「アイラ、俺の後ろに下がってろ。パレルモとビトラもだ」


 俺はサムリから視線を離さず腰に差した短剣を抜き、構える。


「う、うん、分かった。ライノはひとりでだいじょうぶ?」


「む。了解。手が欲しければいつでも言って」


「ああ、二人とも悪いな。だが、コイツは俺がなんとかする」


 パレルモとビトラはこくりと頷いて、後ろに下がった。


 割り切れ。

 今俺の前にいるのは、勇者サムリじゃない、別のナニかだ。


 クソ。


 なんだかんだ言っても、一応コイツも助けにきたつもりだったんだがな……


「にいさまっ! サムリはっ」


 アイラは何か言いたそうにしている。

 だが、今はそれに構っていられる状況じゃない。


「いいから、今は下がれ。お前は後衛(・・)だろ?」


「……っ。わかったわ。でも、できればサムリを傷つけないでほしいの。あんなのでも、仲間だから」


「善処はする」


 俺がそうとだけ言うと、アイラはもう一度心配そうにサムリを見た。

 だが、それでなんとか折り合いを付けたらしい。


 渋々だが、俺の後ろに下がった。


 さて、どうするかな。

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