第59話 遺跡攻略⑤ 食事にする
前回のあらすじ:トレントがいたのでオラオラした
「そろそろ、食事にしようか」
三体のトレントを殲滅し、広間の安全を確認できたタイミングで、俺は三人にそう切り出した。
早朝に出発してから、すでに数時間が過ぎている。
昼と言うには少々早いが、キリがいい。
「そーいえばお腹へったねー」
「む。私も空腹。今日は朝ご飯はまだだったから」
ビトラの言う通り、俺たちはまだ食事らしい食事を取っていない。
まず遺跡に到着することを優先したからな。
それに先の戦闘で少なくない魔力を消費した俺は、すっかり腹ぺこだ。
……もっともパレルモとビトラがワイバーンの背中で、こっそり串焼きをもぐもぐしていたのを俺はちゃんと見ていたがな!
まあ、今更そこをツッコむのは野暮というものだ。
というか恒例行事なのでもう慣れた。
で、問題の調理場所なんだが……
「ビトラ、この広間のどこかに自分の部屋ってあるんだよな?」
「む。ある。けれども私はすぐに祭壇の裏で眠ってしまった。もう自室には千年以上立ち入っていないから、今内部がどうなっているのかわからない。それに、パレルモの遺跡のようなキッチンはない。そもそも、巫女は食事を要しない」
「……確かにそうだったな」
そういえばパレルモも、俺と出会うまでは数千年間絶食状態だったんだっけ。
今では隙あらば何かをモグっているから、すっかり忘れていた。
パレルモの遺跡に場違いなほど調理設備が整っていたのは、『貪食』の力を司っていたからなのかもしれないな。
どのみち、ビトラが自室に千年以上立ち入っていないならば、仮にキッチンがあったとしても埃まみれだろうし、すぐには使えない。
となれば、ここで準備をするしかないな。
「パレルモ、ビトラ、その辺の蔦を集めてくれ。なるべく枯れて乾いたやつがいい。薪代わりにする」
「ほいさー!」
「む。了解」
二人が俺の指令を受けて、テンションマックスで蔦を拾い出す。
俺は薪用のかまど作りだな。
「ちょっとにいさま! 早くねえさまたちを探さないといけないのに、一体何をしているのかしら!?」
そうして俺たちが食事の準備を進めていると、アイラが血相を変えて詰め寄ってきた。
「何って、食事の準備だが?」
「食事? 行動食なら、ここにあるでしょ?」
言って、アイラが自分の腰にさげた袋を叩いた。
「行動食は食べないぞ。マズイし」
アレはあくまでも最悪の事態のための備えというか、お守り代わりだ。
「なら、他に何を食べるというの? まさか、あそこに転がっているトレントでも焼いて食べるつもりなのかしら?」
冗談めかしてアイラが言うが、なかなかいい線をついているな。
もちろん、さすがに元人間のトレントなんて食べるわけがないが。
「まあ、すぐに準備が終わる。少し待ってろ」
「だから、準備って何を?」
アイラが怪訝な顔をするが、イチイチ説明をするのも面倒だ。
俺は壊れた祭壇の小さな破片や壁から剥がれ落ちた石片を拾ってきて積み上げていく。
その上に持ってきた折りたたみ式の金網を載せれば、即席のかまどの完成だ。
「ライノー、これくらいでいーい?」
「む。抱えられるだけ持ってきた」
そこに、枯れ蔦をたくさん抱えた二人が戻ってきた。
「おう、十分だぞ。パレルモは……そうだな、あまり時間もないし一種類だけ出してくれ。だが、お前の好きなのでいいぞ」
「わーい! じゃあ……今日はこれっ!」
パレルモが《ひきだし》から甘辛タレに漬け込んだワイバーンの骨付き肉を取り出した。
このチョップは、あらかじめ肉部分を少し削り骨部分を持てるようにしてあるから、野営時でも食べやすい。
パレルモは、なかなか『分かってる』チョイスをするな。
「さて、さっさと焼いていこうか」
かまどに火をおこすとパレルモから受け取った肉をどんどん金網に置いていく。
薪は火力の調節がきかないから、タレの絡んだワイバーンチョップは焦がさないように気を付ける必要がある。
「ちょ、ちょっと待ってにいさま。それは一体どこから出てきたの!?」
その様子を怪訝な様子で見ていたアイラが、ワイバーンチョップを指さしながらたずねてきた。
「パレルモのことは来る途中に説明したろ? ワイバーンを出したところだって見ただろーが」
「確かにそれは今朝聞いたし、ワイバーンを出したところも確かに見たわ。時空魔術……だったかしら? そもそもそんな魔術系統、初耳なのだけれど……」
アイラは納得のいかない顔で続ける。
「というか……まさかその時空魔術で料理を保管していたってこと? あんな強力な魔術を、そんなことに? し、信じられない……もう、何がなんだか意味が分からないわ!」
アイラが頭を抱えて叫びだした。
「だいたい、にいさまはトレントを一瞬で消し飛ばすし、パレルモちゃんとビトラちゃんもありえない戦闘力だし……あああ、何からツッコんでいいのか分からなくなってきたわ!」
おっと、目がグルグルしてますね。
完全に混乱状態だ。
さすがにアイラには刺激が強すぎたか。
確かに俺はアイラに今までのことをざっと説明したし、その力の一端を見せつけた。
だが、それをアイラの心が受け入れるかどうかというと、それはまた話が別だからな。
ま、しばらく行動をともにする以上、慣れて貰うしかないが。
「ねーライノー。お肉焼けてるよー? もう食べていいー?」
そうこうしているうちに、肉が焼けたようだ。
ワイバーンチョップに絡めたタレの焼ける香ばしい匂いが辺りに漂っている。
「ああ、焼けたヤツから取っていってくれ。熱いから一応気を付けろよ」
「はーい! いただきまーす!」
パレルモがものすごい素早い動きでワイバーンチョップを両手に取った。
熱くないのかお前は。
「む。では、私も早速いただくことにする」
ビトラは持ち手が熱いのか、生み出した植物で肉を保持している。
「あふっ、あふっ。でも、おいしー!」
「ふう、ふう……はふ。む、美味」
二人が各々料理にかぶり付く。
パレルモはいつものごとく満面の笑みだ。
ビトラもこのときばかりは無表情ではいられないらしく、終始ニヨニヨと頬が緩んでいる。
うん。
二人の幸せそうな様子を見ていると、俺も頑張って料理を仕込んだ甲斐があるというものだ。
さて、俺も食べるとするか。
と、俺が肉に手を伸ばそうとした、そのとき。
きゅううぅぅ……
可愛らしい音が俺の隣……というか、アイラのお腹あたりから聞こえてきた。
「ちっ違うの! これは、その、あの……」
アイラが顔を真っ赤にしてわちゃわちゃと手を振って否定する。
そんな彼女の手には、行動食が握りしめられている。
というか、このシチュエーションで、アイラは自分の行動食を食べるつもりだったのか? あんな味付けもへったくれもない、ふかして潰したイモにただ塩を練り込んで乾燥させただけのものを?
……まったく。
「ちゃんとお前の分もあるぞ」
言って、俺は手に取ったワイバーンチョップをアイラに差し出した。
「で、でも、さすがに人のパーティーに施してもらうのは、悪いわ。それに、早くねえさまを探さないと……」
アイラは一瞬戸惑ったような表情をする。
だが、そんなことを言いながらもアイラの視線は肉に釘付けだ。
鼻もひくひくしているし、ごくり、と生唾を飲み込む様子もバレバレだ。
……まったく。
「水くさいこと言うなよ、アイラ。たしかに俺もイリナは心配だ。だが、そんなちっぽけな行動食じゃ腹は満たされんだろ。空腹のままじゃ体力が持たんし、集中力だって低下する。それに、パレルモの《ひきだし》には少なくとも一週間分以上の食材が保管してある。だからお前の行動食は、イザというときのために温存しとけ」
「そ、そう? なら、わ、私もいただこうかしら……」
アイラはしばらく逡巡していたようだが、食欲には勝てなかったらしい。
おずおずとワイバーンチョップを受け取った。
「はむっ。……なにこれ! ものすごくおいしいわ……」
アイラは一口肉を囓りとると、ほっぺたを押さえつつ、感嘆のため息を漏らす。
「そうだろうそうだろう。肉はしっかり熟成させてあるし、研究に研究を重ねた特製タレに漬け込んであるからな」
「はふっ、あむっ、おいひっ、まはは、ほんはほほほへ……っ!」
「食べながらじゃ何言ってるかわからんぞ」
だがまあ、アイラの瞳の煌めきようと、夢中で肉をほおばるその姿を見れば、何を言わんとしているのかは一目瞭然だ。
「もぐ、もぐ……ごくり。ふわぁ……こんなダンジョンの底で、こんな美味しいお肉を食べることができるなんて……にいさま、本当にありがとう」
なんか感極まってるアイラ。
まあ、美味しそうに食べてくれるならば、それはそれでいいんだけどな。
「まだあるから好きなだけ食べていいぞ。ただし、動けなくなるまで食うなよ」
「わ、分かってるわよ! ……じゃあ、もうひとついただこうかしら。あむっ。美味しい……幸せだわ……この独特の香味、しっかりとした歯ごたえ、それに口の中で溢れる肉汁の滋味……にいさま、これはどのお店で仕入れたお肉なの? 味からすると、とても上等な羊肉に思えるけど」
確かに言われてみれば羊肉っぽいな、ワイバーン肉は。
ハーブの調合もラムチョップを参考にしたからな。
「ああ、アイラも知っているはずだぞ。今朝、乗ってきたし」
「ケサ=ノッテキタシ? 珍しい屋号ね。異国の肉屋かしら?」
なんか勘違いしているなコイツ。
「いや、今朝、アイラも乗っただろ? 厳密には、違う個体だけどな」
「……ああ! へえー。どおりで身が締まっているわけだわ! 空を飛ぶから、こんなに……んん?」
ビキッ……と笑顔のまま、アイラが固まった。
「にいさま、このとても美味しいお肉は」
「ああ。ワイバーンだぞ」
「……ぶっ」
「あーっ! アイラちゃん、お肉! でもだいじょーぶ! 三秒ルール!
三秒ルールだよっ!」
「む。アイラは涙目になるほど魔物肉が美味しかったと見える。たしかにライノの料理は絶品」
このあとくアイラはしばらく発狂していたものの食欲には勝てなかったのか、網に乗った分は全部平らげましたとさ。
……………………。
…………。
さて、食事も無事終わったことだし、そろそろ本格的にダンジョン探索といこうか。
と思った矢先。
「ん? ……おい、そこにいるのはアイラなのか? なんとか逃げおおせたはずの君が、どうしてこんな場所にいる」
広間の奥から、声が響いてきた。
男――というにはまだ若い。少年の声だ。
忘れもしない。
その妙に上から目線な声色は、勇者サムリのものだった。




