第26話 山賊討伐⑤ 解体
「いやーすげェなさっきの魔術。あんた、魔物使いか何かか? あーあ、せっかくのオモチャが跡形もなく消滅しちまった。あれ、どうやったんだ?」
やせ細った両手を広げ、首輪の男がこちらに近づいていてくる。
武器は持っていない。
だが、何かイヤな感じがする男だ。
男は途中で山賊の亡骸をぐしゃりと踏みつぶしたが、まるで気にした様子もない。
笑みを浮かべたまま歩いてくる。
「……パレルモ、下がってろ」
「う、うん」
俺は腰の後ろに差した包丁に手を回し、パレルモを後ろにやる。
パレルモはちょっと心配そうな顔をしたが、俺の指示に素直に従ってくれた。
「ビックリだよ。アレ、結構強いはずなんだよねェ。少なくともBランク程度なら一体でパーティーを殲滅できる程度には強化して造ったつもりだったんだが」
饒舌に喋り続ける男はどことなく線が細い印象で、軽く小突いただけでへし折れそうなほどの痩身だ。
ちゃんとメシ食ってるのか、コイツ。
だが、そんな弱々しい外見とは裏腹に、纏う空気は禍々しい。
……魔人。
そんな単語が脳裏に浮かぶ。
というか、男の首輪が気になるな。
ごくありふれた冒険者の出で立ち――薄汚れた革鎧に服、ズボンにブーツ。
そんな中で異彩を放っているのが、くたくたの革製の首輪だ。
奴隷でもないのに、首輪?
主のもとから逃亡に成功した奴隷だって、そんなもの付けたまま歩いたりしないぞ。
しかし首輪を見ていると、既視感……とでもいうのだろうか。
なんとも言えないモヤモヤとした感覚が俺の胸の奥から喉にせり上がってくるようで気分が悪い。
俺は包丁をギュッ、と握り込んで、気持ちを落ち着ける。
大丈夫。
ペースに乗るな。
男がニィィ、と歯茎を剥き出しにして笑う。
「もしかしてあんた、さっきのは……遺跡の『力』か? んん?」
「…………」
俺は答えない。
そんな義理はないからな。
それに気を悪くしたのか、男は「チッ」と舌打ちして、俺の数歩ほど手前で立ち止まった。
しかし、コイツ……
もしかして、俺と同じような力を持っているのか?
ここ最近、今まで手つかずだったダンジョンが多数見つかっている。
それらの中には、危険な遺物や魔術が発見されたせいで封鎖された場所もある。
俺が偶然見つけたあの遺跡も、おそらくその類いのダンジョンだったのだろう。
もし、目の前の首輪野郎が俺と同じだとすれば……かなり面倒だな。
男は一見隙だらけのように見える。
だが、少なくとも外見通りの実力ではないだろう。
事実ヤツが立つ位置は、包丁の一振りがちょうど届かない間合いだ。
考えなしのアホの位置取りではない。
俺は警戒レベルを一段上げる。
さて、コイツは存外に饒舌だ。
おそらく自分が絶対的優位に立っていると思っているのだろう。
そのうちに引き出せるだけ情報を引き出しておいた方がいいな。
「なあ、あんた。冒険者に見えるが、砦の山賊はどうしたんだ?
ありえないとは思うが……もしかしてこれはギルドのダブルブッキングか何かか?
俺たちはココを根城に交易路を荒らし回る山賊の討伐依頼で来た。
だから、すでに制圧済みならば用はない。
もっとも、魔物退治になるとは思っていなかったがな」
「あ? 山賊討伐……? あー、なるほど、そーいうことねェ」
男は合点がいったかのように何度か頷いた。
首輪をさすりつつ、またさっきのニヤニヤ笑いに戻る。
「そりゃ残念だったなァ。山賊なら、すでにこのペッコ様が全員討伐しちまったァ。
わりィーな、お前らの仕事を取っちまって。
だがまァ、もう交易路で商隊を襲うなんてマネはしないと思うぜェ。
山賊は、なァ。クククッ」
何がおかしいのか、くつくつと男が笑う。
首輪を弄りながら。
それと同時に、砦から金切り声のような、不快な魔物の鳴声が聞こえてきた。
一匹や二匹じゃない。十、二十、いや……
《気配探知》でも、四十ほどの気配が、砦の中で蠢いているのが確認できた。
依頼での山賊の人数と大体合致する。
「そうか」
それだけ聞ければ十分だな。
じゃあ、最後にひとつ。
これが一番聞きたかったことだ。
「その首輪、ずいぶん似合ってるじゃねえか。どこで拾ったんだ? スラムの犬小屋か?」
「ははッ! そう見えるかい? 見えるだろーなァ! ボロッボロだもんなァ!」
骨張った手で顔を覆い、今までで一番大きな笑い声を上げる首輪の男。
「あははははははっ」
俺の冗談がよほど面白かったのか、男は笑い声を上げ続け……ぴたり、と動きがとまった。
「お前は……トレントになんかしねェよ。そいつに食い破られて腸をブチまけろや」
男がスッと目を細めると同時に、男の手が淡い光に包まれた。
「――《宿り木》。死ねやクソ魔物使い野郎ゥ」
ぼそり、と男が呟く。
同時に、俺に向かって男が右腕を無造作に突きだしてくる。
速い。
だが、問題ない。
「――《時間展延》」
ぴたり、と男の動きが止まった。
よし。
首輪野郎は、このスキルが使えないらしい。
男の突き出してきた手をよく観察してみると、淡い光は、半実体化した蔦が絡まったものだということが分かった。
これは魔術、なのか?
聞いたことも、見たこともない術だ。
だがコイツの言動から推察するに、これは山賊たちをトレント化させた術なのだろう。
いや、もっと凶悪な術か。
コイツの直近のセリフは「死ねやクソ魔物使い野郎ゥ」だからな。
少なくとも、ただ俺を拘束しようとして放ったものじゃないだろう。
そう思って対処すべきだ。
とにかく、この手で触れられるのはマズい。
さっさとカタを付けてしまおう。
「――《解体》」
スキルを発動。
引き延ばされた時間の中、止まったままの男の身体に光の筋が浮かぶ。
正直、包丁で人間を斬るのは気が引ける。
だがコイツは、山賊とはいえ、人間を魔物のエサにした。
そんなことをヘラヘラ笑いながらやってのけるヤツを人間と呼ぶことはできない。
俺はそう自分に言い聞かせ、男の突き出された腕にスッと包丁を差し入れる。
あいかわらず手応えのない感触で不安だな。
スキルを解除する。
時間が元通りに流れ始めた。
同時に、男の腕が宙を舞い――地面に落ちた。
それで力を失ったのか、半実体化した蔦が宙に溶けて、消えた。
「…………あ?」
何が起こったのかわからず、呆けた顔で自分の身体と地面に落ちた腕を見比べる男。
が、すぐに何が起こったのかを悟ったようだ。
「いっ、ぎゃあああぁぁぁぁぁッッ!!? 俺の、俺の腕があああぁぁぁ!」
腕を押さえて絶叫する男。
「うわあああああぁぁぁぁ…………なんてな」
苦痛に顔を歪め絶叫したはずの男が、次の瞬間、さきほどのニヤニヤ顔に戻った。
「オイ、てめェ。いきなり何しやがんだ。ちょっとビックリしたじゃねェか」
見ている間に、男の胴体と切り落とした腕の両方から蔦が生え、結合する。
あっという間に元通りになってしまった。
おお。
蔦の魔術、スゲーな。
「お前よォ、『不意打ちは卑怯』ってギルドで習わなかったかァ? 冒険者だろォが」
怒りのこもった目でこっちを睨んでくる男。
いや、最初に仕掛けてきたのお前だろーが。
そもそも不意打ちや奇襲は戦術の基本中の基本だろ……
ダンジョン内で正々堂々と魔物相手に戦ってたら、命がいくつあっても足りないぞ。
魔物は魔物で不意打ち上等だし、奇襲も毒も麻痺も、ありとあらゆる卑怯攻撃(ギルド基準)のオンパレードだぞ。
つーかコイツ、明らかに人間じゃないよな。
当たり前のように腕がくっついたが、そんな治癒魔術見たことないぞ。
高位の術を操る元勇者組の治癒天使ことアイラでも無理だ。
冒険者のフリをした魔物?
いや。
ちがうか。
魔物になった冒険者、か。
こっちの方がしっくりくる。
まあ、どっちでもいいか。
目の前にいるのは魔物だ。
それは間違いない。
魔物なら、俺の取る道は一つだな。
要するに、
「お前! 黙ってんじゃねェよ! このペッコ様の真の力を――」
「――お前が死ね。――《時間展延》《解体》」
さくっとな。
今度は頭と腕を両方切り落とした。
これならさすがに……
「なっ、てめェ! 俺が話してる最中だぞ! お前、マナーとかないのかよォ!」
……と思ったら、なんと再生しやがった。
マナー? 知らんな。
つーか、戦いの最中に喋んな。
舌噛むぞ。
「おいてめェ! 聞いてんの――」
「――《時間展延》《解体》」
「おい! はなs――」「解体」
ゴロン、と転がった二つの胴体が、あっという間に繋がって元通りになる。
ええ……真っ二つもダメなのかよ。
仕方ないな。
「てめ――」
「――《解体》」
「ちょ――」「解体」 「おま――」「解体」 「まて――」「解体」
「この――」「解体」 「おま――」「解体」 「やめr――」「解体」
「たs――」「解体」 「おn――」「解体」 「――」「解体」
「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」
「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」
「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」「解体」
「解体」「解体」「解体」「解体」――――
…………。
………………。
「―――――」
ふう。
かなりのしぶとさだったが、やっと黙ったか。
拳大ほどに細分化してやったからな。
背後で、「うわぁ……」とかいうパレルモのドン引きした声が聞こえてくる気がするが、きっと気のせいだ。
しかしこいつ、植物系の魔物だと踏んで魔力核を探して見たが、見当たらないな。
どういうことだ?
小さすぎて、見えないとか?
「て、てめぇ……悪魔かよ……」
ちょっとだけ再生して、頭部だけになった男が、息も絶え絶えで言う。
悪魔?
違うな。魔王だ。
ちなみにパレルモからは最高の悪口「挑戦者」の称号を頂きました。
勇者サムリからは最高ランクの罵倒語「ゾンビ野郎」の称号も頂いておりますが何か?
しかし、これでもダメか。
しぶとすぎるなコイツ。
なら、小指の先よりも細分化してから魔力核を探すとするか。
それならどっかで当たりを引くだろ。
「――《解た」
「ちょーっ! 待てや! やめやめやめやめっ! 分かったから分かったから! この勝負お前の勝ち、俺の負けだ! いい加減にそのふざけた技で俺を切り刻むのはやめろ! 頼むやめろマジでお願いしますやめて下さいィッッ!」
ほとんど半泣き状態になった男がまくし立てた。
さすがにちょっとやりすぎたかな?
そういえば、コイツの名前なんだっけ。