第25話 山賊討伐④ 食材ならざるもの
『ィイ゛イ゛ィィィイイ゛ィ――』
俺を敵だと認識しただろう。
トレントの巨大な眼球がぎょろりとこちらを向き、甲高い耳障りな叫び声を上げた。
「ひいいいぃぃぃッ!?」
「ピエール殿、ここは一度退避だ! 我々の手に負える相手ではない! おいそこの冒険者! お前も早く下がれ! クソ、なぜこんな場所に、ダンジョン深層の魔物が……」
背後をちらりと見やると、腰を抜かしたままあとずさるピエールが見えた。
おい、さっきの威勢はどうした。
整った顔が恐怖でグシャグシャだぞ。
とはいえ、さすがにBランク冒険者に昇格したばかりだと、トレントの実物を見るのはこれが初めてだろう。
ただの山賊をボコにするのとは話が違う。
冷静に対処しろというのは酷だな。
一方、重戦士ジェラルドは比較的落ち着いている。
こちらにも退避を促してくるが、ここはスルーだ。
コイツを倒さないとアジトに侵入できないからな。
背後の二人が退く気配を感じつつ、俺は腰に差していた包丁を抜き構える。
『イ゛ィッ!』
しばらくこちらの様子を伺っていたトレントが動いた。
太く強靱な腕部がしなり、横凪ぎに振るわれる。
俺は半身を傾け、難なくコレを躱す。
紙一重だったせいか、太く重い風切り音が耳朶を打った。
ゴウ! ゴウ! ゴウ!
さらに立て続けの三連撃。
左右の腕部を交互に、まるでムチのようにしならせ振るってくる。
一撃でもかすれば、そのゴツゴツとした樹皮が目の粗いヤスリのように皮膚を削り取っていくだろう。
それだけでも、かなりのダメージだ。
おまけに、それで皮下に種子を埋め込まれる危険性もある。
そうなれば戦闘どころじゃない。
触れるのは危険だな。
とはいえ、トレントの動き自体は単調だ。
速度も、視界に捉えられないほどじゃない。
これなら常時《時間展延》を発動する必要はなさそうだ。
なんだかんだでアレは魔力を消費するからな。
「――《解体》」
ダメもとでスキルを発動し、トレントに一撃を加えてみる。
ガッ
……やはりダメか。
包丁は特に長さが変化するでもなく、トレントの樹皮にちょっと傷が付いただけだ。
これじゃ攻撃力が足らなすぎるな。
まあ、例の光の筋が浮かび上がってないから、そうなると思ったが……
やはり食材に対してのみ、このスキルは発動するようだ。
代わりに、未だトレントの上に乗っかったままのお頭のお頭がぽやんっ、と光ったのが視界に入った気がしたが、俺は何も見ていない。見ていないったら見ていない。
さて、そうなるとだ……
「パレルモ!」
「あーい!」
呼びかけとともに、茂みから飛び出て俺の隣に並ぶパレルモ。
俺とトレントを交互に見比べ、
「ねーライノー、あの木、美味しい果物とか取れないのー?」
「……残念だが、アレはただの枯木だな。せいぜい薪にしかならん」
「そっかー。じゃあ薪割りして、おいしーご飯作らないとだねー」
なかなかプラス思考だな、パレルモは。
というかお前の判断基準はメシしかないのか。
まあ誰も食べたくない奇妙な果実ならその枯木の上に乗っかっているがな!
「いずれにせよ、とっととこの枯木野郎を薪に変えなきゃならん。パレルモ、例のアレでヤツの身体のど真ん中を狙え」
「あいさっさー」
ビシ! と俺に向かって敬礼するパレルモ。
だから美少女顔でその海賊の手下その一みたいな返事はやめろ。
「んんー……そおいっ!」
バツン!
『ィイ゛アア゛ァァア゛――ッ』
不可視の刃で胴体を袈裟斬りにされ、断末魔のような叫びを上げるトレント。
おお、包丁で傷つけるのがやっとだったのが、真っ二つだ。
やっぱ空間断裂魔術《ばーん! てなるやつ》の威力はスゴイな。
あとで、魔術の名前を考えてやろう。
さすがに言いづらい。
「あーっ! アイツずるいー」
が、喜んだのもつかの間、トレントの二つに分かれた胴体から根のようなものが伸び、再び結合してしまった。
えっ。
トレントって、こんな再生能力あったっけ?
『ィイ゛ッ!』
元通りの身体になり、「今、何かしたのか?」というように大きく裂けた口を歪めるトレント。
コイツらに以前遭遇したときは、種子感染の危険があるからだいたい火焔魔術で消し炭にしてたからな。あれは女騎士イリナの魔法剣だったかな?
基本的に植物系の魔物は生命力が異常に高い。
倒すには、全身を炎で燃やし尽くすか、体内にある魔力核を破壊する必要がある。
だが、完全に真っ二つにしたヤツが一瞬で元通りになるのはちょっと見たことがないぞ。
しかし、そうなると炎で焼き尽くすのが最善手に思えるが……今この場で火焔魔術が使えるヤツは、あのシモンとかいう魔術師だ。
だが、さすがにここに呼んでこれるほどの隙はない。
「そいっ、へあっ、とやーっ! ああーもう! アイツずるいよ! すぐに元にもどっちゃう!」
パレルモが何度か時空断裂魔術を叩き込むんでいるが、そのたびにすぐ再生してしまう。
これじゃラチが明かないな。
「とりあえず、他の倒し方を考えよう。パレルモ、とりあえず下がってくれ」
「むうー。しかたない……」
さて、どうしたものか。
ラッキーパンチ狙いで魔力核に当たるまで打ち続けるということもできなくはないが、パレルモの魔力も無限じゃない。
それに山賊の頭がこれじゃ、手下の数だけトレントが存在すると考えた方がいいだろう。
正直、頭が痛くなるような数だな。
うーむ。
トレントの暴風のような攻撃をひたすら躱しながら、考える。
俺の手持ちのカードは、パレルモの空間断裂魔術をのぞけばかなり少ない。
スキル《解体》の効力は発揮できないのは実証済みだ。
では、身体能力に任せてトレントを引き裂き、魔力核を破壊する?
それは種子感染の危険性を冒してまで取るべき手段じゃない。
火焔魔術は使えないしなあ。
一つ可能性があるとすれば保管してあるワイバーンの肉を食うことだが、それで火焔ブレスを使えるようになる可能性は低い。
今のところ、魔物肉による取得スキルは基本的に能力向上系や補助系スキルばかりだったからな。
今使える氷雪魔術も、結局はモノを冷却できる程度にとどまる。
見方によっては、それも補助系スキルの延長線上なのだろう。
となるとあとは、まだ未処理のまま《ひきだし》に保管している魔物の死骸を死霊術で操り食わせてしまうか。
だが、あれらは食材だからな。
ヒトから育ったトレントを食った魔物を食材にしたくはない。
ん?
そういえば。
トレントを食わせても、問題ないヤツがあったな。
食材とは見なせない、名状しがたきアレが。
うん。
これはアレを完全に廃棄するまたとないチャンスだ。
かなりの間保管していたからまともに動くかどうかわからんが、試してみる価値はありそうだ。
「パレルモ、ちょっといいか」
背後のパレルモに声をかける。
「なにー?」
「《ひきだし》から『蟲型』を出せ。あるだけ全部だ」
「ええー!? もったいないよー。せっかく取っておいてるのにー」
うるさい。
アレを食材とは認めんぞ俺は。
「反論禁止! 全部だぞ全部、一体でも隠したら今日の昼飯抜きだぞ」
「そんな……ライノ酷い! ライノのオーガ! トロル! 挑戦者ーっ!」
パレルモが涙目で思いつく限りの悪口を俺にぶつけてくるが、知らんな。
というか、オーガもトロルも挑戦者も、多分お前よりはるかに弱いよね?
「もうー! はいっ! はいやっ、えーい!」
とはいえ昼飯抜きは絶対にイヤらしい。
パレルモは両手を突き上げ、亜空間への扉を開く。
ざざざざざざざざざ……
そこから、まるで土石流のごとく流れ出る、蟲、蟲、蟲の死骸。
みるみるうちに身の丈を越える黒い山ができる。
これだけで、おそらく万を超える死骸があるな。
うう、見るにもおぞましい光景だ。
だが、今からさらにおぞましい光景を俺自身がこの場に顕現させなければならない。
「よくやったパレルモ、今日の昼飯は大蛇肉と石化トカゲ肉のローストだ。好きなだけ食わせてやる」
「ふ、ふん。それで手をうとうじゃないか」
腕を組んで、ぷいっと顔を背けながらパレルモがぼそっと呟く。
じゅるりっと何かを啜る音がした気がするが、聞こえなかったことにしておこう。
まあいい。
「――《クリエイト・アンデッド》」
仄暗い光が蟲型魔物の死骸でできた黒い山を覆う。
キシキシキシキシキシ――
次の瞬間、山が蠢いた。
ふう、小さな蟲型魔物とはいえ、さすがに万単位で操るのはキツいな。
だが、出すべき命令は単純だ。
「よし。お前ら、あの枯木野郎を『食い尽くせ』」
ざざざざざざ――
命令を発した途端、蟲型魔物が凄まじい勢いでトレントに群がり、その身体を貪り始める。
あっというまにトレントの姿が覆われ見えなくなった。
『ィイ゛ア゛ァ――……』
今度こそ、本当の断末魔を上げるトレント。
硬貨大の紅い魔力核が露出するまで、そう時間はかからなかった。
◇
「ふんっ」
ブーツで思い切り魔力核を踏みつけると、バキンと砕ける音が聞こえた。
同時に、食い散らかされたトレントの残骸の再生が止まる。
ふう。
ひとまずこれで終わりだ。
しかしまさかトレントのヤツ、蟲型魔物の腹を食い破って再生しようとするとは思わなかった。
おかげでかなりの蟲型魔物が戦闘不能になった。
在庫処分の方法としてはまずまずの効率だが、戦術としては、さすがに損耗率が無視できない。
やはり火焔魔術を使えるヤツをこの場に連れてくる必要があるな。
ああ、ちなみにバラバラになった山賊のお頭は食わせていない。
山賊とはいえ、一応人間だからな。
で、だ。
ひととおり蟲の片付けが済んだら、次は砦の攻略なのだが……
もちろん魔物を一体倒しておわり、というわけにはいかない。
この調子じゃ、今度は交易路で魔物に襲われる商隊が出るだろうからな。
それはさすがに山賊の襲撃以上にマズい。
最悪、その道が封鎖されてしまう。
だがピエールたちは逃げてしまったし、山賊のお頭のことを考慮に入れると、多分子分どももトレントに寄生されている可能性が高い。
都合四十体分の、やたら再生力の高いトレント。
さすがにE、Dクラスの冒険者連中には荷が重すぎる。
結論としては、俺とパレルモで砦に殴り込みをかけるしかなさそうだった。
そう思って、半開きのまま止まった砦の門をくぐろうとした、そのとき。
「おいおいウソだろォ? 防衛網にネズミが引っかかったから出てきてみりゃァ……まさか俺のオモチャをぶっ壊すヤツがいるなんてなァ」
門の向こうから、男が現れた。
顔色の悪い、痩せた男だ。
年齢は、二十代後半程度だろうか。
山賊というよりも冒険者の出で立ちで、首輪をしている。
というか、首輪??
一応、そういったファッションがあるのは知ってる。
だが、チョーカーにしては太すぎるし、なによりボロボロだ。
なんだコイツ?
「ねーライノ、あのオヤジ、だーれー? なんかーライノみたいな匂いがするよー?」
だから、老いも若いも知らないヒトをオヤジ呼ばわりするのはやめようね、パレルモさん?
あと俺は臭くない。