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第23話 山賊討伐② 夕食

 山賊のアジトは、北の山脈の中腹にある。

 ヘズヴィンからは、馬車で丸一日、徒歩だと三日の距離だ。


 街から山脈へ続く交易路を北上し、途中からは山賊どもに見つからないように道をはずれて山中を進む。


 もちろんそんな長距離をえっちらおっちら歩いて行くのはバカらしいので、各自、馬や馬車などの足を調達している。

 もっとも商工ギルドの金払いが悪いせいで、全部自腹だが。


 連中からすると、冒険者ギルドに委嘱した依頼は低ランク冒険者に金では買えない「経験」という価値を提供している、という触れ込みらしい。

 先日参加したブリーフィングの最中でも、死んだスライムみたいな目をした商工ギルド担当者がしきりにそんな言葉を口にしていた。


 もちろん俺らに必要なのは今日を生きる「金」だから、まやかしもいいところだな。



 思考が逸れた。



 で、アジトへ到達後は、機を待って奇襲をかける予定だ。

 正直作戦もへったくれもない、ただのカチ込みだな。


 ただし、今回の依頼では『山賊討伐』と銘打っているが、実は山賊を全滅させる必要はない。

 ブリーフィングでは地図を配布されたあと、ただ一言『アジトを奇襲せよ』とだけ言われた。


 早い話、『示威行動』というヤツだな。


 商工ギルドを怒らせると、冒険者も動員できるんだぞ、と。

 それを山賊に分からせるのが目的ということだ。


 それくらいなら、数を揃えればE,Dランク程度の冒険者でも務まるからな。


 それで交易路の襲撃頻度を下げて貰うのが目的らしい。

 さすがに今の頻度だと、商品が高騰するばかりだ。

 だから少しばかり適切な価格調整とやらを行いたい。そういうことのようだ。


 だが、俺としてはそれは困る。

 山賊を殲滅する気はないが、香辛料の安定的な供給のため、二度とこの交易路で商売(りゃくだつ)ができないようにする必要がある。


 というわけで、空気を読まず依頼通りに『討伐』させて頂くことにする。

 もちろん俺とて積極的に山賊を倒すことまでは考えていないが、手は抜くつもりはない。

 生きるか死ぬかは、ヤツら次第だ。




「さあ、冒険者の諸君! 我々『女神の護り手』と共に悪辣なる山賊どもに正義の鉄槌を下そうじゃないか。ハイヤッ!」


 街門の外に出たキラキラ騎士ことピエールが、後ろを振り返って声を張り上げる。

 騎乗した地竜の手綱を思い切り引き、二本足で立たせた。

 陽光に反射したピエールの白い歯が、キラリと光る。


 ワッ! と歓声が上がった。


 『女神の護り手』は、全員が派手に着飾られた地竜に騎乗している。

 ヤツら、メチャクチャ金を掛けているな。

 騎竜は一頭で、街の良い場所に一軒家が買える位にはイイ値段がするのだが……


 ちなみに四人の地竜は乗り心地を重視しているのか、すべて四足竜だ。

 二足竜は馬より早いが、長距離を走るには少々乗り心地が良くないからな。


 一方金のないE、Dランク冒険者たちは、一台二組でチャーターした馬車代をみんなで折半という感じだ。


 人気者の『女神の護り手』の影に隠れて、無言でそそくさとそれぞれの馬車に乗り込んでいる。


 俺とパレルモは、騎竜二人分ならばチャーターできる程度には金があったが、見栄やプライドで無駄遣いする性分でもない。マルコ組と折半で乗り合い馬車を借りた。


 それに今後香辛料などを買いあさることを考えれば、今は節約すべきだからな。


「出っ発ぁーつ! セイヤッ! 冒険者の諸君、我々に続け!」


 騎士ピエールと取り巻き三人が騎竜の腹を蹴って、勢いよく街道を駆け出した。

 ヘズヴィンの街からの、ド派手な歓声を浴びながら。


 それを合図に、冒険者を乗せた馬車ものろのろと進み出す。



 一日目のほとんどを費やして、街道を北上する。

 目指すは北の山脈だ。


 半日ほど街道を進み、途中で横道にそれ、それから山中に入った。

 馬車と騎竜はそこでいったん待機だな。


 その後は険しい獣道を進み、ひたすら藪を漕ぐ。


 そして山中を進むことしばし。


 日没がやってきた。




 日没。

 つまりは、夕餉(メシ)の時間だ。




 ◇




「ライノー、ご飯まだー?」


「まあ待てって。今火を起こしたばかりだからな。でも、暖めればすぐだぞ。ほら、《ひきだし》の用意しとけ。今日は……そうだな、せっかくの野外料理だし、今日は奮発して目玉触手(ゲイザー)のゲソ串にキモ串、それに大蛇肉(ニーズヘッグ)のステーキにするか。肉づくしだぞ」


 俺は石と拾ってきた木で組んだ即席かまどに息を吹き込み炎を育てながら、応える。


「……うんっ! やたっ!」


 パレルモが嬉しそうな声を上げ、宙に手をかざす。

 虚空がスッと割れ、中から魔物料理を入れた大きめの容器が二つほど現れた。


 どちらの容器にも初級氷雪魔術と、死霊術――防腐魔術を施している。

 これでかなりの間、できたてのまま料理が保存できる。

 これは遺跡の外でもメシに困らないためのちょっとした知恵というヤツだな。


 ちなみに氷雪魔術は、遺跡の魔物を食ったら取得できた。


 だが俺には氷雪系統の魔術の素質がないのか、初級から全然成長しなかった。

 おかげでせいぜい食材を冬の野外に放置した程度にしか冷却できないが、俺としてはそれで十分目的を果たせているから、特に不便を感じてはいない。


「じゃあ、焼いていくか」


 俺は別々に容器のフタを開け、あらかじめタレを絡めてあるゲイザーの串肉と、調味液にに漬け込んだままの大蛇肉を、これまた《ひきだし》にしまい込んでいたトングで、かまどの上の焼けた石に並べていく。


 すぐにジュウジュウと食欲をそそる音が聞こえはじめた。

 次いで、大蛇肉に浸み込んでいた調味液が熱した石で焦げ、香ばしい匂いの煙が夜空に立ち上っていく。


 ここは街道から外れた、山賊のアジトより少し手前のとある山中だが、山の稜線に遮られているから多少煮炊きをしたところで向こうに気取られる心配はない。


 それに交易路を通る商隊も夜間は移動しない。

 だから、山賊も夜の間はアジトに引きこもって酒盛りでもしていることだろう。


 もちろん野獣や魔物の襲撃を警戒する必要があるが、五組からなる冒険者が常に交代で見張りを立てているからな。

 だからそれについても、とくに心配する必要はない。

 俺らの番も、まだ先だ。



「まだかなー。まだかなー?」


「もうちょいだって。冷めたままだと、おいしさも半減だぞ」


「だねー」


 パレルモと、かまどを囲んでしばし待つ。

 ゆったりと流れる時間が、心地いい。


 あたりはすっかり暗くなっており、木々の間から見える夜空には星が瞬いている。


 日が落ちてから時間が経ち、周囲の空気はかなりひんやりとしている。

 だが、かまどの炎が身体の芯までじんわりと炙るので、寒くはない。


 ゆらめく炎と、パチパチと弾ける炭の音。


 至福の時間というヤツである。


「……そろそろ肉が焼けたようだな。パレルモ、さきに取っていいぞ。火傷に気をつけてな?」


「わかってるよー。えーと、フォーク、フォーク。……いただきまーすっ」


 さっきからそわそわしていたパレルモが、《ひきだし》に手を突っ込んでフォークを取り出した。

 すぐさま大蛇肉に突き刺し、ペロリと一口で平らげてしまった。


「おい、急いで食べると喉に詰めるぞ」


「平気だよ! あっふ、あふーい! はふはふ、うまーい!」


 にぱー! と、光が差したかのような笑顔になるパレルモ。


 ……まあ、いいか。

 俺は、ゲイザーのキモからいくか。


「あむっ」


 串のキモを少し囓る。


 ……旨い。


 柔らかいキモを舌でほぐしていくと、芳醇で濃厚な滋味が腔内にとろけ出る。

 そのあとに来る、漬けダレの少しスパイシーな香り。

 酒が欲しくなるな。


 だが今は依頼の最中だ。

 酒は呑めないのがちょっとだけ惜しい。

 代わりに、水筒から水を飲んだ。

 うーん、やっぱり物足りない。依頼が終わったら酒を買い込むか。


 ちなみにゲイザーは目玉触手の名前だ。

 コイツ自身の取得スキル《暴露+》で判明した。


 こいつは眼球が外殻部分で食べられないが、下から生えている触手部分=ゲソと内部のキモは猛毒持ちだがやたら美味い。

 もちろん適切に処理して無毒化しているが、毒無効スキル持ちの俺や毒耐性+++持ちのパレルモ以外にはあまりオススメできないな。

 食べて痺れられると面倒だし。


「あ、いい匂いー。ライノさん、パレルモちゃん、そのお料理、なに?」


「お、なんだそれ。どこかで動物でも狩ってきたのか?」


「ずいぶんと美味しそうな匂いですね」


 近くで野営をしていたマルコたちが、匂いにつられてふらふらと近づいてきた。

 他の冒険者たちは基本的に干し肉と野菜くずのスープとかだからな。

 本格的に料理を持ち込んでいるのは俺たちだけだ。


 が、もちろんパレルモの時空魔術に魔物料理を入れて持ってきたなんて言えない。


「ん? ああ。以外とこの辺、狩れそうな動物多いぜ?」


 と、適当にごまかす。

 まあ、森の中だからな。

 多分ウソは言ってないハズだ。

 狩れそうな、とは言ったが、狩った、とは言ってないしな。


「ねえねえ、ケリイも一緒にどお? おいしーよ!」


 パレルモがかまどの上でジュウジュウと音を立てる料理に手を向け、ケリイに食べるように促す。


 なん……だと……


 あの食いしん坊のパレルモが食べ物を他人に分け与える、だと……?


 どうやら、いつもと違うシチュエーションでの食事で少々、いやかなりテンションが上がっているらしい。

 まあ、これも縁だし、食事くらい一緒にとってもいいか。


「じゃあ、三人とも食ってくか? 酒はないが」


 俺がそう言うと、ケリイが「やたっ!」とアツアツのゲソを取った。


「あ、おいケリイ! それは――」


 俺が止める間もなく、ケリイがゲイザーのゲソ串にかぶり付いた。

 おいおい、大丈夫か、毒……

 というか、魔物料理って普通のヤツが食べても大丈夫なんだろうか。

 不安だ……


「いただきまーす! ……なにこれっ、おいしっ! ちょっとピリッとしてて、それがまた……これ、何の肉なの? タコ?」


 食べた瞬間目を瞬かせるケリイ。

 ……とりあえず、すぐに異常をきたすことはないらしい。


 そうだ、思い出した。

 触手の方は味がタコに似ているんだよな。


 だが、万が一に備え解毒剤は用意しておこう。


 ちなみにゲイザーの触手は、触れた瞬間どんな巨大な魔物でも一瞬で痺れて動けなくなる強力な麻痺毒だ。キモも同じ毒素だな。


 ゲイザーが他の魔物を捕食するシーンに出くわしたことがあったが、それはもうエグかった。

 麻痺で動けなくなった獲物の身体に群れでまとわりついて、生きたまま貪り食うのだ。

 無毒化と肉質に多少の処理したあとは、絶品なんだが……


 ケリイのお墨付き(?)が出たことで、少し遠慮気味だった男性陣も料理に手を伸ばし始めた。


「じゃあ、俺もこの肉をひとつもらうわ。……うまっ! 何の肉だこれ! 口の中でとろけるぞ!?」


「私も、ご相伴にあずかってもよろしいでしょうか。……ふむ、これは美味ですな。ライノ殿、よろしければ是非、このステーキ肉のレシピを……」


 まあ、メシが賑やかなのはいいことだ。


 他の冒険者がうらやましそうな目でこっちを見ている気がしたが、スルーだ。

 さすがに全員に振る舞うほどは持ってきていないからな。


 そんな感じで、一日目の夜はふけていった。

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