第20話 再訪の冒険者ギルド
ヘズヴィンの街に到着したのは、空が白み始めたことだった。
城門をくぐり街に入ったところで、俺たちは三人組と別れることにした。
これから三人は寺院に向かい、セバスに高位の治癒魔術を施して貰うそうだ。
足は折れているし、回復薬で多少マシになったとはいえ火傷がかなり酷いからな。
「私がもっと強力な治癒魔術を習得していればよかったんだけど……」
と、ケリイが悔しさを滲ませたが、そもそも治癒魔術は他の魔術と違って素質がないと習得できない魔術系統だ。
彼女はその素質はあるのだから、今後さらに高位の魔術を習得できるかどうかは、頑張り次第というところだな。
しかし、蘇生ほどじゃないが、高位治癒魔術の施術は結構な値がするが大丈夫だろうか。まあ、そこは俺が気にするところじゃないな。
「またなーライノ! 助けてくれてありがとうな!」
「ライノさん、助けてくれてありがとうございました。パレルモちゃんも、またね!」
「ライノ殿。このご恩は、いつか必ず」
「おう。そのときは頼むぜ」
「ケリイーまたねー」
俺たちも手を振って、見送ってやる。
パレルモはケリイの姿が見えなくなるまでぶんぶんと手を振っていたな。
ここまでの道中、パレルモは(見た目だけ)歳が近いケリイと、ちょっとだけ仲よくなったらしい。
だがマルコとセバスにはまだ警戒心を抱いているのか、話しかけられるとすぐに俺の後ろに隠れてしまうので、二人ともちょっと寂しそうにしていた。
さて、俺らも冒険者ギルドに向かうとするか。
思えばホタル苔の採取依頼を受けたまま、完全に行方不明状態だったからな。
依頼失敗扱いになってしまってるだろうが、生存報告はしておいた方がいい。
◇
「ラ、ライノさん……っ! 生きてたんですか!?」
ギルドに入り、カウンターの前に立った瞬間。
顔見知りだった受付嬢の目がまん丸になり、ガタッ! と座っていたイスから転げ落ちた。
まるでゾンビを見るような目だな。
「おう。しばらくダンジョンの底で生活するハメになってな。ようやく脱出できたから、生存報告くらいはしておこうと思って。受注してた依頼ってどうなってる?」
「ダ、ダンジョンの底で……!? ひと月もの間ですか……!?」
あれ? もうそんなに経っていたのか?
ダンジョン内部は日が差さないし時間の感覚が狂うのはよくあることだが、結構な日数が経っていたらしい。
個人的には、せいぜい十日ほどだと思っていたんだが。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
ショックから立ち直った受付嬢が、奥の樫棚から書類を引っ張り出してきた。
イスに座り直し、ページを繰っていく。
「ええと……書類上、ライノさんはダンジョン内部での遭難死扱いになってます。
依頼の期限が過ぎても戻らなかったので、ギルドの有志で捜索が行われていますね。
報告によると、遺体は未発見ですが遺留品が一部発見された、とのことです。
深い縦穴の途中に引っかかっていたようですね。
依頼の品はその中に含まれていたので、依頼自体は完遂扱いで処理済みですね」
おお! それは朗報だ。
実はちょっと気になっていたんだよな。
依頼失敗はなんだかんだで信用を落とすからな。
「じゃ、依頼金は出るのか? たいした額じゃなかった気がするが」
「一応、まだ依頼金は保管しているんですが……」
受付嬢が言葉を濁す。
ん?
何か問題でもあるのか?
「ライノさんの冒険者登録、もう抹消手続きが完了してるんですよね。
一応、死亡扱いですので。
なので依頼金を受け取るのには、ギルドへの再登録が必要になります。
ちょっと時間を頂きますが、いいですか?」
再登録か。
別に時間がかかろうが構わないんだが……
「なあ、この際だし、新規登録扱いにしてもらうことって、できないか?」
「……はい?」
俺の提案に、受付嬢が呆けたような顔になった。
まあ、そうだろうな。
元勇者パーティーでの俺の実績を考えると無理はない。
高難度ダンジョンをガンガン攻略してきたからな。
でも、これからのことを考えると、パレルモも一緒に登録しておく必要がある。
彼女は完全にご新規様だから、当然最低のEランクからのスタートだ。
今まで俺はSランクだった。
それだとパレルモと一緒に依頼を受けるさいに、いろいろとやりにくいのだ。
そもそもEランク冒険者が受けるべき依頼をSランクの冒険者が受注するのは、完全に営業妨害だからな。
別に今すぐ高難度ダンジョンの探索依頼をこなすわけでもないし、これから地道にランクを上げていけば何の問題もないだろう。
「どうだ、できるか?」
「うーん……」
受付嬢はなにやらマニュアルらしき書類をパラパラめくったり、顎に手を当てて考え込んだりしていたが、やがてこちらを向き、口を開いた。
「……分かりました。でも本当に、本当にいいんですか? 念のため確認ですが、完全に実績ゼロのEランクからですよ?」
思い切り念を押されたが、そんなのどうでもいいな。
これで勇者たちと完全に縁が切れるし、むしろ良いことづくめだろ。
たしかにEランクでこなせる依頼の報酬はそれなりだが、別に香辛料とかを買い付けるのに困るほどの安さでもない。
「構わん。手続きを進めてくれ。あ、そうだ。この子も一緒に登録できるか?」
言って、俺はパレルモを指し示した。
「ええと、その方は……」
とりあえず、受付嬢にこれまでの経緯をかいつまんで話す。
パレルモは、ダンジョンから出たあとに街で出会ったことにしといた。
まあ、別にギルドで街にいる人間をいちいち把握している訳じゃないだろうし、大丈夫だろ。
そんな感じで手続きが進んでいった。
◇
「……以上で、規約に関する説明は終了です。では最後に、この石版に手を触れて下さい。ライノさんは、別に説明いらないですよね?」
「一応、パレルモのために説明してもらえるか」
「分かりました」
冒険者登録のあれこれを説明し終えた受付嬢が、書類と同サイズの石版をパレルモに差し出した。
「といっても、パレルモさん。お手続きはとても簡単ですよ。
この石版『レジスタ・ストーン』に手の平を押し当てていただければ、それで完了です。
この石版は、遺跡で出土した魔術を応用しているんですよ。すごいでしょう?」
「なるほどーすごいねー」
ニッコリと微笑み、そしてドヤ顔で説明を締めくくる受付嬢。
ふむふむと頷きながら聞くパレルモ。
時折目をキラン! とさせながら「ほほーん」「そうきたかー」などと相づちを打ちつつ説明を聞いていたが、本当にわかってんのかコイツは。
「それでは順番にいきましょう。まずはパレルモさんからですね」
「はーい。えいやっ」
返事だけは元気なパレルモが、ベシッ! と勢いよく石版にタッチした。
フォウゥ――
すると石版に緑黄色に淡く発光する魔法陣が現れ……すぐに消えた。
その様子に、受付嬢が子犬でも眺めるような顔になっている。
うん、あんたの気持ちはよく分かるよ。
「はい、これでパレルモさんは完了です。お疲れ様でした。すぐにギルドカードができますので、もうちょっと待って下さいね」
「あいさっさー」
だからその美少女顔でその返事はやめろ。
受付嬢はほこほこした顔になってるが、俺は認めんぞ。
「ではライノさんも、どうぞ」
「あ、ああ」
同じように石版に触れる。
パレルモと同じように紅く明滅する魔法陣が現れ……
ん?
紅く……明滅?
――バチン!
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
受付嬢が小さく悲鳴を上げる。
石版から火花が飛び散り、俺の手が弾かれた。
痛みはないが……なんだこれ。
もしかして、例の『貪食』の力のせいか?
よく分からんが。
「おねいさん、ちょっといいー?」
「あ……ちょっとパレルモさん?」
そんな様子を見ていたパレルモが、受付嬢の持っていた石版をひょい、と奪い取った。
「おいパレルモ、あまり人の仕事の邪魔をしちゃ……」
「《――、――――、――。――よ》……はいっ、ちょっと数値弄ったから。これでライノでも大丈夫だよー」
「え……ええ? パレルモさん……?」
謎の呪文を呟いたあと、ニコニコ顔のパレルモが俺に石版を手渡してきた。
つーか数値って……なんぞ?
まあいい。
物は試しだ。
もう一度石版に触れてみる。
フォウゥ――
おお、正常に作動した。
受付嬢が唖然とした顔をしてるが、ここはスルーだ。
「…………では、ギルドカードを作成してきます。少々お待ち下さい」
そう言ってバックヤードに駆け込んでいった受付嬢だったが、十分経っても、三十分経ってもカウンターに戻ってこなかった。
扉の向こうでなにやらバタバタ騒がしい音が聞こえてくるが、どうしたんだろうな?
もう十分ほどして、カウンターの向こう側にある扉が少しだけ開いた。
受付嬢が顔だけ出して、引きつり笑いを浮かべている。
「ラ、ライノさん、パ、パレルモさん? ちょっとギルド長の執務室までおいで頂いてもよろしいですか? アーロンギルド長がどうしても会いたいと言っていますので」
なんだか、受付嬢の目から有無を言わせぬ迫力が感じられるな。
さっさと済ませて買い物に行きたいんだが……
◇
「単刀直入に言う。お前ら、石版に何をやった」
何かをやったのはパレルモです。
俺は何もやってません!
とは口が裂けても言わない。
俺は空気が読める男だが、パレルモを売るようなクソ野郎ではないからな。
「さあな、心当たりなんてこれっぽっちもないな」
「じゃあこのステータスはなんなんだ! 説明してみろ!」
バン! と執務机をぶっ叩くアーロンギルド長殿。
山積みの書類の束がひと山、ふかふかの絨毯の上になだれ落ちた。
さすがはこの国でもっとも多忙な冒険者ギルド、ヘズヴィン支部を束ねる男だぜ。
なかなかの迫力だ。
パレルモが怖がって俺の後ろに隠れてしまったぞ。
「そー言われてもだな。大体俺は元Sランクだぞ。多少は小粋な数値が出るに来まってんだろ」
「多少どころの話じゃねーんだよ! おかしいだろ! なんなんだこの数字は! SSSランク冒険者の勇者サムリだって生命力は三ケタ後半がいいとこだぞ!?」
言って、バンバンと手に持った書類を叩くアーロンギルド長。
そこには、俺とパレルモのステータスが表記されていた。
そんな大げさな……どれどれ。
名 前:ライノ・トゥーリ
種 族:ヒト(****)
性 別:男
年 齢:23歳
生命力:****6*57/***6557
魔 力:***3**84/******84
魔 術:クリエイト・アンデッド リインフォース・アンデッド
アンデッド・リジェネレーション ソウル・ウィスパリング
スキル:気配探知 罠回避+
ピッキング 投擲
名 前:パレルモ
種 族:ヒト(****)
性 別:女
年 齢:**15歳
生命力:***74/***74
魔 力:****45*/*****5*
魔 術:*
スキル:*
あの石版だと、パレルモの魔術や俺の魔物由来のスキルは読み取れないようだ。
文字の潰れは俺の《暴露+》よりはるかに酷いが、読めないこともないな。
パレルモのステータスを見たときは、数値が多いだけで大したことがないと思っていたが、勇者サムリの生命力を基準とするならば……
いい感じに狂った数値が並んでいるようだ。
「ライノ! お前の生命力だよ! 文字が潰れていてよく見えんが、四ケタってどういう事だ!? サムリの十倍近いぞ!? このステータスでEランクからだと!? 寝言をほざくのは寝てからにしろ!」
一気にまくしたてるアーロン。
最後のほうは、ほとんど絶叫だ。
うーん?
俺には七ケタに見えるが……まあ反論しても面倒だし、黙っておこう。
「まあ……いいだろう。お前がEランクからと言うのなら、そうしてやる。だが……ダンジョンの底で何があったのか、キリキリ吐いてもらうぞ?」
そんな感じでギルド長の尋問(?)が進み、解放された頃には昼になっていた。
まあ、俺の『貪食』とか包丁とかパレルモとか肝心なところはぼかしておいたから、多分大丈夫だろう。
しかし、腹減ったな……。




