第132話 vsナンタイ
前回のあらすじ:ナンタイ満を持して颯爽と登場
そういえば、気がつけばもう50万字ほど書いてました。めでたし。
「ふむ」
ナンタイが辺りを見回してから、息を吐く。
「急に術式が揺らいだので様子を見に来てみれば……賊が忍び込んでいるではないか。これではおちおち鍛冶仕事もできぬ」
言って、ナンタイは軽く後ろを振り返ったあと、床に座り込んだままのヴィルヘルミーナを睥睨する。
静かな物言いだが、言葉の端々に苛立ちが見え隠れしているな。
ナンタイの振り返った方向の壁にはぽっかりと穴が開いていており、その奥には煌々と火を灯したままの炉が見えた。
どうやら奥に隠し部屋があったようだ。
「ナンタイ! あいつらが、あいつらがぁ!」
そんなナンタイに、ひしっ、とヴィルヘルミーナが縋り付いた。
しなを作ってベッタリと身体を密着させている様子は、正直見ていてあまり気持ちの良いものではない。
「うむ、無事かミーナ」
「うふふ、私は大丈夫よぉ。助かったわぁ、ナンタイ」
ナンタイの腕の中でうっとりした表情をするヴィルヘルミーナ。
口づけこそしないものの、あまりのイチャイチャぶりに胸焼けしそうだ。
つーか、たしかヴィルヘルミーナのガワは『ねね』さんだよな?
こんな場面、コウガイに見せられんぞ。
怒りのあまり、悪鬼化して大暴れしかねないからな。
「あわわわ……」
そんな二人を見てあわあわしているパレルモだが、顔を真っ赤にしつつも指の隙間からしっかり凝視しているのを俺は見逃してはいないからな。
……はあ。まったくもって、教育上大変よろしくない。
さっさとこいつらを倒したあと、術式を破壊して帰ろう。
「まさか、ヴィルヘルミーナに太刀打ちできる者がいたとはな」
片眉を跳ね上げて、ナンタイがこちらをじろりと睨んできた。
値踏みしているような、嫌な目つきだ。
しかもヴィルヘルミーナの肩を抱いたままなのがイラッと感を増幅させている。
「ちょ、ちょっと油断したのよぉ。アイツら、すっごく卑怯な手を使ってきてぇ……さっさと刀の錆にしちゃってぇ!」
「うむ。男であろうが女であろうが、どのみち生かしては帰すつもりはない」
ナンタイがチャキッ、と太刀を正眼に構えた。
その様子は、魔法剣士であるイリナのような鋭さはないものの、なかなかどうして様になっている。
さきほどの重い一撃といい、ただの鍛冶師というわけでもないようだ。
コウガイと同郷なだけはある、ということだろうか。
「あぁナンタイ……貴方、やっぱり素敵だわぁ……」
そんな様子を、ヴィルヘルミーナが両手を組み潤んだ目で見つめている。
さっきの凄まじい形相がウソのようだ。
というか恍惚としていて気色悪い顔になっているな……。
あんな表情、『ねね』さん本人が目撃したら憤怒のあまり瘴気が溢れ出してヘズヴィン一帯が焦土と化しそうだ。
「俺の仕事場を荒らした罪は、その魂で贖うがよい。さぞかし、強い魔剣が打ち上がるであろうよ。だがそれも……たっぷりと痛めつけた後で、だがな」
「ふん、やってみろ」
俺は短剣を構え、応じる。
二人の痴態に少々興が削がれたが、どのみちコイツらを倒さなければ術式を破壊することはできない。
「ふ、ふん、ヤッテミロー?」
……ちょいと、パレルモさんや?
別に連中と張り合う必要はないんですよ?
つーか、俺の声真似をしてそれっぽい構えをするのはやめてくれませんかね。
「なれ合いはここまでだ。……ゆくぞ、賊ども」
言葉と同時に、ナンタイの姿がかき消えた。
それと同時に、側面からぞくりとした殺気を感知。
「――《時間展延》ッ!」
咄嗟にスキルを発動。
だが、ナンタイの姿は見えない。
殺気をたよりに、短剣を横薙ぎに振るう。
――ギギン!
強烈な衝撃が二つ。
火花が辺りを白く染め上げ、金属音が俺の鼓膜を突き刺す。
「ほう……《縮地》を併用した俺の《燕返し》を見切るか」
声は、すぐ側で聞こえた。
その方向に首を向ける。ナンタイの顔が見えた。
鬼気迫る笑みを浮かべている。
短剣から腕に、強烈な痺れが伝わってくる。
凄まじい剣圧だ。
だが、コウガイほどじゃない。
ならば……っ!
「しゃらくせえっ!」
――ギィン!
力任せに、ナンタイの太刀を打ち払う。
「むぅっ……まるで悪鬼のごとき剛力。その痩身のどこに、そのような力が……っ!」
「そっちこそ、受け流しやがったな」
打ち払うのと同時に脇腹を狙い剣を振るったつもりだったが、手応えがなかった。どうやら、うまくいなされてしまったようだ。
「なるほど、ミーナの術式を破壊寸前まで追い込めたわけだ。一筋縄ではいかぬようだな」
ナンタイは音もなく後ろに飛び下がると、スッと太刀を構え直した。
いったん、仕切り直しというところか。
「あは、あはははっ! アンタは私が殺すわぁっ! アンタなんて、あの男がいなければ何もできないくせにっ」
「わわっ!? わたしだって負けないからねっ!?」
横では、パレルモとヴィルヘルミーナの戦闘が始まっていた。
ヴィルヘルミーナの狂気的な哄笑が崩れかけた霊廟にこだまし、彼女の背後から、魔剣や魔槍が次々と高速で撃ち出される。
「わわっ! ――ひ、ひらけ《どあ》っ!」
ゴゴン! ガガガガッ!
轟音とともに、パレルモがいた場所に爆炎が上がる。
火焔魔術が付与された武具だったらしい。
だが、煙が晴れたそこには、彼女の姿はいなかった。
「ぽひゅー……あっぶなー!」
見れば、パレルモが爆心地から十歩ほど離れた場所で額の汗を拭っている。
すんでのところで短距離転移魔術を行使し難を逃れたようだ。
しかし、見ていてハラハラする戦いだ。
すぐにでも加勢したいところだが――
「おい、賊。脇見なぞしていて良いのか?」
耳元で、ナンタイの声が聞こえた。
「ぐっ……!」
殺気が首筋を撫でる。
頭で考えるよりも早く、身体を伏せる。
フォン、と頭上を風が通り過ぎた。
「ほう、《鎌鼬》も躱すか。ならばこれはどうだ――《時雨》」
感心したような声とともに、頭上から幾条もの冷たい殺気が降ってくる。
数えるのがバカらしくなるほどの量だ。
さすがに、全ては躱しきれない。
もっともそれは、スキルを使わなければ――だが。
「――《時間展延》」
夥しい数の神速の剣閃といえども、引き延ばされた時間の中では一太刀一太刀にハエが止まって顔を洗えそうなほどゆっくりとした速度である。
全てを弾いたあとスキルを解除。
ギギギギギギギンッ!
甲高い連続音が霊廟内を満たすが、俺に届いた刃は皆無だ。
「なっ、なぜだ!」
驚愕の表情とともに、唖然とした声がナンタイの口から漏れる。
「知るか。確かによく斬れそうな太刀だが……使うヤツの腕がなまくらじゃあな。それじゃあ、どこぞのシノビには遠く及ばないぞ」
「ほざけえぇっ! 貴様に俺の何が分かるッ! ――《五月雨》ッ」
さきほどの余裕はどこへやら。
ナンタイが咆吼し、不規則な間隔と間合いで無数の剣閃が俺に迫る。
「――《時間展延》《解体》」
だが……速度のない剣が、俺に届く道理はない。
もういいだろう。
そろそろパレルモが心配だ。
引き延ばされた時間の中、俺の短剣がナンタイの手首をスルリと撫でる。
スキル解除。
「――ぐあっ!?」
ナンタイの叫び声と同時に、太刀ごと手首が宙を舞った。




