第123話 いったん帰宅
前回のあらすじ:冒険者ギルドに戻った
「にいさま、またあとでね」
ペトラさんと捕えたロッシュをギルドに預けたあと、俺たちはいったん解散することにした。
俺はパレルモとビトラを回収するため屋敷に戻る必要があり、イリナとアイラは同様に彼女らの工房で準備を整える必要があったからだ。
「私たちは準備が済み次第、中心街の広場に向かう。二時間後でいいか?」
非常時としてはかなりゆったりとした時間設定だが、準備を怠って危機に陥ることほど間抜けなことはない。
「了解。こっちもすぐに準備を整えて向かう」
俺も頷き、別れる。
屋敷までの道程で戦闘の跡こそあったものの、特に魔物と遭遇することもなく、到着することができた。
「あ、ライノおかえり……」
「……む。遅かった」
扉を開くと、パレルモとビトラが出迎えてくれた。
どうやら無事なようだ。
「ただいま。二人とも変わったことはなかったか?」
「「??」」
俺の問いかけに、二人がきょとんとした顔になった。
この辺には魔物は来ていないのか?
「今、ヘズヴィンはちょっと困ったことになっていてな」
ひとまず、今街に何が起きているのかを説明する。
「魔物さんが地上にいると、変なの?」
「む。もしかして、それが変わったことなの」
二人ともいまいちピンと来ない顔だな。
というか、街に魔物が出没していることをおかしいと思っていないようだ。
そういえば、もう二人が地上で暮らすようになってそれなりに月日が経ったが、『街には普通、魔物はいない』ということは俺にはあまりにも当たり前すぎて、これまで話題にすらすることはなかった。
逆に二人とも、数多の魔物うごめくダンジョンで長い間暮らしてきたせいかそういった感覚が薄いらしい。
……言い方を変えるか。
「魔物がここを襲ったりしなかったか?」
「んー……それなら来たことは来たけど……」
「む。そういうことなら、確かに来た」
やはりか。
だが、二人ともなにやら表情が暗い。
というか、とても悲しそうな顔だ。
「おい、もしかして怪我でもしたのか? それとも、屋敷の壁でも壊されたとか……」
見たところ二人とも特に怪我をした様子はないし、屋敷に入る前に少しだけ外装を確認したが、特に壊れたところはなかったはずだ。
とはいえ、魔物に呪いでも掛けられていたら厄介なことになりかねない。
パレルモもビトラも毒をはじめ状態異常の大半は効かないが、呪いに対する耐性は正直分からないからな。
それに心なしか、二人とも顔色が悪いのも気になる。
……地上で戦った魔物はそれほど強力な種類はいなかったはずだが、俺たちも全てを把握しているわけじゃない。
呪いを付与してくる魔物がいても、おかしくはないのだ。
「クソ、倒した魔物は覚えているか? どこに触れられたか覚えているか?」
こうなることが分っていれば二人を連れて行ったのだが、今更それを言っても始まらない。
「どれ、見せてみろ」
まずは、特に元気のないパレルモの手を取る。
「ちょっ、ライノ!?」
「うむむ……」
魔物から呪いを受けると、触れられたり噛まれたりした部位に特徴的な刻印が浮かび上がる。まずはそれを見つけなければならない。
やられる可能性のあるのは、普段露出している手や脚が多い。
だが、手の甲や手首、前腕部には痕跡は見当たらない。
となれば、二の腕の裏側か?
「ぴゃっ!?」
肌は……きめ細やかで、柔らかい。
冒険者ではあり得ないぷにぷにとした感触だな。
誰とは言わないが……鍛えに鍛えまくった女剣士なんかとは大違いだ。
「ふむ。腕は大丈夫そうだな」
袖をまくり脇近くまで一通り調べたが、刻印は見つからなかった。
次に、呪いの進行状況を確認するため脈を測ってみる。かなり速い。
手に触れている感じ、熱はなさそうだったが……
念のため、彼女の額に手をやる。
じっとりと汗をかいており、熱を帯びていた。
「はわわわ……」
「おい、じっとしていろ。測りにくい」
いや……少し顔が赤いな。呼吸も早い。
それに、目の焦点が少し合っていないように思える。
呪いはじわじわと体力を奪う。
それに伴い熱が出ることが多く、同時に判断力や理性も減衰していく。
そういった症状が、彼女に現われているように思える。
「パレルモ、ゆっくりと深呼吸するんだ。気持ちは分るが、焦りは呪いの進行を早める。大丈夫だ、魔物から呪いを受けたとしても、初期対応を間違えなければ確実に解呪できる」
「う、うん……?」
だが、この間にもパレルモの状態は悪化の一途を辿っている。
さきほどまでは普通だったのに、今や俺の問いかけにもろくに反応できなくなってきている。すでに顔は真っ赤で、視線もおぼつかない。
これはよくない兆候だ。
「気がつかないうちに魔物にどこかを触れられている可能性がある。見たところ顔周りや手足にはなさそうだ。となれば……少し恥ずかしいかも知れないが、腹を見せてみろ。あるとすれば、脇腹だろう」
「ままま、待ってライノ!」
服を持ち上げようとすると、涙目のパレルモにガシッ! と止められてしまった。
「ままま、まだこここころの準備が……」
「何を言っているんだ。受けた呪いの種別は刻印でしか判断できないんだよ。いいから見せろって」
事は一刻を争う。
身じろぎして弱々しく抵抗する彼女の姿に罪悪感を覚えるが、俺も躊躇している場合ではない。
ぐい、とパレルモの服を持ち上げようとして……
「……む。それ以上いけない」
「おわっ!?」
後ろから何かが胴に巻き付き、物凄い力でパレルモから引きはがされてしまった。
「いてて……」
尻餅をつきながら、胴に巻き付いたモノに手をやる。
コレは……蔦?
「む……ライノ、そういうことをするには時間がまだ早い」
声の主――ビトラはジトッとした目つきで植物を虚空に消し去り、これまたジトッとした声でそう言ってくる。
「おいビトラ、何をする」
つーか時間が早いってなんだ。
……いや待て。
「はわわわ……」
パレルモを見やる。
目を回しへたり込んでいるが、さっきよりは顔の赤みが引いている気がする。
なぜか恍惚とした表情を浮かべている気がするが、見なかったことにした。
……………………。
「待て。普通わかるだろ。そういうつもりじゃない。というか、そもそもそんなことをしている状況じゃない」
「む。そもそもパレルモが具合が悪そうに見えるのは、呪いのせいではない」
「なら、何だっていうんだ」
「む。それは――」
きゅるるるる……
ビトラがさらに口を開こうとしたところで、可愛らしい音が聞こえてきた。
もちろん音の出元はパレルモのお腹からだ。
「む。確かに魔物が襲ってきたのは確か。でも、そんなものに傷つけられる私たちではない。問題は別にある」
「魔物さん……お肉……」
パレルモの言葉で大体察した。
「……む。地上で倒した魔物は、なぜかみなすぐに消えてしまう。獲物を仕留めたのに肉を取れない……これほど残酷なことはない」
そう言って、ビトラが悲しそうな顔で屋敷の庭に目を向ける。
俺も窓越しに庭を目をやった。
よくよく見れば、植え込みの小枝が折れていたり、地面がえぐれている場所が確認できた。
……はあ。
まあ、取り越し苦労でよかったということにしておこう。
「とりあえず、準備をしたらメシにしよう」
あとは、コウガイと『ねね』さんの状況確認だな。
準備と昼食が終わっても、イリナたちと合流するにはまだ少し時間がある。
そのくらいは構わないだろう。
「む、ライノ、待って」
「どうした? ビトラ」
自室に戻ろうとすると、ビトラが呼び止めてきた。
なぜか、視線を泳がせ、モジモジしている。
心なしか顔が赤い。
一体今度は何なんだ。
「……む。私は……まだ調べてもらっていない。もしかすると、呪いを受けている可能性もなくは……ない」
そう言って、おずおずと両手を差し出してきた。
「…………」
いやさっき「絶対ない」と言い切ってただろお前……
俺が荷物を取りに自室に戻ったのは、さらに数分経過したあとだった。




