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第118話 ガサ入れ

前回のあらすじ:仕込みが大事

「ロッシュ貴様、証拠は揃っているんだぞ! いい加減に認めたらどうだ!」


 グレン商会本部の事務所に、大声が響き渡った。


 こめかみに青筋を浮かべ、手に持った書類の束をバンバンと叩きながら怒鳴り散らしているのは、ヘズヴィン商工ギルドの幹部の一人だ。


 名前は……アラン、とか言ったかな。

 商人にしておくには惜しいほどに筋骨隆々の大男である。

 武器職人上がりで、それ系の商店や工房を取り仕切っているとのことだった。


 正直、冒険者として戦斧でも振り回している姿の方がしっくりくるが、その強面のお陰でこのガサ入れの現場責任者に抜擢されたらしい。


「そう言われましても。こっちも被害者なんですよ」


 執務机の奥でふんぞりかえったままアランの罵声を受け止めているのは、グレン商会幹部の一人、ロッシュとかいう男である。


 体躯は小柄で金髪。

 こんな状況にもかかわらず微笑を絶やしていないが、ぎょろりとした目の奥に宿した光は猛禽のごとく鋭い。

 こちらは典型的な商人といった感じだな。


「見てください、この有様を。先日、魔剣に目がくらんだ賊が押し入り、私は片腕を失いました。もう治癒魔術ですら元に戻らないのですよ?」


 ロッシュは執務机の下に隠していた右手をゆっくりと持ち上げた。

 服の下からは分からなかったが、袖口から露出した手は義手だった。


 ポンポン、と肩口を叩いていることから、右腕全体が義手だと主張したいのだろう。


 そういえば、コウガイが斬った男はロッシュとか言っていた。

 どうやらコイツだったようだ。


「そんな最高級品の義手を付けながら、よくもぬけぬけと……それもこれも、貴様らグレン商会が魔剣などというシロモノを売り出したりしたせいだろうが! 自業自得だ!」


 ちなみに義手は手の甲の部分に宝石が埋め込まれている豪華絢爛な造りだ。

 もっともその宝石自体には、何らかの魔術処理が施されているように見える。

 単に成金趣味というわけでもなさそうだ。


「……ねえねえにいさま、あのおじさまの腕、治してあげた方がいいかしら? 私の高位治癒魔術でなら、さくっと再生できるわよ? ちょっと肩の皮膚を削る必要があるけど」


 事務所の出入り口付近に立つ俺の隣で、アイラがコソコソと耳打ちしてきた。


「シッ! いらんことを喋るな、アイラ。俺らの依頼はアランさんの護衛だろ。役に徹していればいい」


「そうだぞ、アイラ。ライノ殿の言う通りだ。あんな悪徳商人にお前の貴重な治癒魔術を施してやる必要などあろうものか……いや、ない!」


 アイラにぴったりと寄り添ったイリナが、力強く言い放つ。

 じろり、とロッシュがこちらに目をやるが、イリナは気にするそぶりすらない。


 というか、さっきからアイラ以外を視界に入れている様子がない。

 ……お前の護衛対象はアイラなのか?


「そうだけど……なんだか、あのゴテゴテした義手を見せびらかしているようで、なんだか気に入らないわ!」


「いいから黙ってろ。俺はさっさとこの茶番が終わったことを見届けて昼飯にしたい」


 俺たち三人は、アーロンの『元勇者パーティー以外に任せられるわけがあるか!』とかいうしょうもない理由で、この依頼を半ば強制的に受けさせられている。


 まあ、アーロンは腐っても冒険者ギルドの長だ。

 直々の依頼ゆえ報酬はやたらいいので、特に不満はない。

 遺跡内部の把握と工作が終わった今、特に断る理由はなかったしな。


 ……それはさておき。


 アーロンは商工ギルドのお偉方と連携していろいろと動いていたらしい。


 商工ギルドもグレン商会の横暴振りには手を焼いていたようだが、機が熟したということで、諸々の証拠を突きつけにきたというわけだ。


 一通りここで『取り調べ』と言う名の詰問をしたのちに、商工ギルドの本部へロッシュを連行する手はずになっている。


 大人しく従わなかった場合は……俺たちの出番となる。

 こっちも依頼内容の一つだな。


 ちなみにグレン商会のトップ連中はロッシュを除き現在王都に住んでいるのだが、この件にはノータッチを貫いている。


 察するに、グレン商会はこの小男に全ての責任を押し付け、事態の解決をはかるつもりらしい。


 それゆえか、本部の敷地に足を踏み入れてからこの事務所に入ってくるまでに、従業員や警備兵たちの抵抗らしい抵抗は見られなかった。


 まあ、俺たちとしては依頼が楽にこなせるならばそれに越したことはない。


 ……アランとロッシュの口論はさらに続く。


「とにかく、お客を食い物にする商売なんぞ、商工ギルドとして認めるわけにはいかんのだ! これは商人としてのプライドの問題だ!」


「……確かに被害に遭われた方たちは大変気の毒だと思いますよ? けれども、それは我々だって同じです。このような事態では、もう魔剣は売り物にならない。大損害ですよ。我々もナンタイにその責任を追及しようとしましたが、事前に気配を察知したのか、すでに工房はもぬけのからでした。夜逃げですよ」


 ロッシュの言い分はともかく、ナンタイはここにはいないらしい。

 まあ、行き先は分かっているが。


「そのナンタイとかいう鍛冶師のことはいい! 問題は他にも山ほどあるんだからな!」


「それは貴方の持参された『証拠』とかいう文書のことですか?」


 ロッシュはそう言って執務机にある書類の束を持ち上げた。


「お話になりませんね」


「何だとぉ?」


「たとえば『街のゴロツキを使って地上げや店の乗っ取りを仕掛けている』とかいう、この項目。証人がいるそうですが、言うなればすべて伝聞や状況証拠ということですよね」


 ロッシュは足を組み替えたあと、さらに話を続けた。


「そもそも……はした金を握らせただけでいくらでも尻尾を振る貧民どもの証言など、そもそも論ずるに値しない。妄言そのものと言っても良い」


「ならば魔剣の件はどう説明するんだ? こっちは我々の顧客たる冒険者たちが実際に被害に遭っているんだぞ。使用すると魔物化する武器なんぞ、害悪そのものだろうが!」


「おっしゃるとおり、確かにリスクはあります。しかし、です。アランさんもご存じの通り、現在出回っている商品はあくまで市中の工房製です。我々は技術と素材を提供したに過ぎない。その運用責任を我々に問うのは筋違いというものでしょう」


「それがどうした! だいたい、貴様の背後に飾られているのは魔剣だろうが! あのナンタイとかいう怪しい鍛冶師から直接受け取ったのか? 居場所だって、本当は分かっているんだろう!」


 今度はアランが勝ち誇った様な顔でロッシュの頭上をビシ! と指さす。


 壁を背に豪華な椅子でふんぞり返る彼の頭上には、ガラスのケースで厳重に封印された長剣が飾られている。


 剣は美しい装飾が施されていたが、その滲み出る瘴気は隠しようがない。

 明らかに魔剣だった。


「ふむ。確かにこの『望郷』はナンタイの打った剣です。それは認めましょう。ですが、人が触れない魔剣など、美術品以上の価値も脅威もありませんよ。もしかしてアランさんは、この剣が勝手に動き出して人々を魔物に変えるとお考えなのですか?」


「ぐぬぬ……口だけはよく回るヤツめ……」


 アランのこめかみに青筋がさらに増えた。

 のらりくらりとアランの詰問を躱しつつ、さりげなく論点をずらし煙に巻くロッシュの話術は確かに強かではある。


 というか、いくら強面だからって脳筋商人にこんな場を預けるなよ……完全に口論に負けそうだぞ。


「……さて、これ以上話し合っても平行線ですし、そろそろ終わりにしませんか? 私はこのあと遺跡調査の本隊に合流する予定ですので」


 だが、当のロッシュは慌てず騒がず、そう言って立ち上がる。


「ふん。逃げ場などないぞ。既に遺跡開口部を含め敷地内部は商工ギルドで雇った冒険者で制圧済みだ。貴様は大人しく非を認め、沙汰を待つしかないのだ」


 アランが言うとおり、実は別働隊が俺たちの裏で動いている。


 アーロンは今日のこの計画にかなりの力を入れていたらしく、A、Bランク冒険者を大量に投入している。

 ただの商人であるロッシュが強行突破を図り、遺跡内部に逃亡するのは事実上不可能である。もちろん敷地外へ脱出することも、だ。


「ふむ。それは困りましたね」


 だがロッシュは肩をすくめ、不敵な笑いを浮かべただけだ。


「アランさん、ここを通してはくれませんか? そこの冒険者どもはともかくとして、商人である貴方とは知らぬ仲ではありません。手荒なことをしたくない」


「ほう? まるでこの状況を簡単に突破できるかのような口ぶりだな? 商売の腕は認めるが、この俺やそこに控える冒険者に腕力で勝てるとでも思っているのか?」


「……だとしたら?」


 ロッシュの口元が歪む。

 義手の宝石が妖しく輝き、瘴気が滲み出しているのが見えた。


 あれは……クソ! そうきたか!


「おいアランさん! 逃げろっ! その義手は『魔剣』だッ!」


「は、はぁ?」


 何を言っているんだという顔で振り返るアラン。


「ちょっ……あんなの、アリなの!? 義手からとんでもない魔力を感じるわ!」


「アイラ、私の背後に隠れなさい。何が起こってもお前だけは護って見せる」


 イリナも素早く剣を抜くと、アイラの前に出た。


「フン。貴方がたこそ、逃げ場などどこにもありませんよ。この私の新しい力を見て……死になさい。――《変態》」


 ロッシュが義手を天高く掲げる。

 その手の平から夥しい量の瘴気が溢れ出し、あっという間にロッシュの身体を包み込んだ。


 ……アレは、マズいな。


 義手の能力がどんなものかは分からないが、少なくともただの商人が受けてタダで済むとは思えない。


 やむを得ん。

 アランが死ぬと報酬がパーだ。


「――《時間展延》」


 とはいえロッシュの実力が不明である以上、あまり魔力を使いたくない。

 距離を詰めるだけに使用し、すぐにスキルを解除。


 俺はアランの襟首をひっつかむと、その巨体を事務所の窓から放り投げた。


「へっ? ぬわああああぁぁぁーー!?」


 アランの悲鳴が尾を引き遠ざかっていく。


 ……これでよし。


 ここは建物の二階だが、敷地の大半は植え込みだ。

 着地の際に少々擦り傷ができるだろうが、命に関わる怪我はしないだろう。


『……ほウ。瞬間移動ですカ。珍しいスキるでスね。それに、見た目以上の膂力をお持チのようダ。もしかして、貴方も魔剣をお持ちデ?』


「まあ、似たようなものかもな」


 瘴気が晴れると、執務机の向こう側に分厚い甲殻に覆われた魔物が出現していた。


 魔剣――魔義手によって変わり果てた、商人ロッシュの姿だった。 

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