サンプル479
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人は死の間際、走馬燈を見るという。
走馬燈、それは回る影絵があたかも動いているかのように見える燈篭のこと。それが転じてそれまで生きてきた中で見た様々な光景が次々と映し出されては消えていくというものを意味するようになった。
今まで生きてきて出会った楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと。それらが、ぱっぱっと点滅するように脳裏を走る。
この時はよかったなぁだとか、あの時あぁしておけばよかっただとか、取り留めもない思考があふれ出す。大学受験でのあの日のことは今でも後悔している。大学のサークルでの泊りがけの旅行の時に勇気を出さなかったことは良かったのか悪かったのかは今でもわからない。
人はあっけなく死ぬ。
今から10年前。
突如として急接近した彗星が数十もの破片を地球へ撒き散らした。その破片は何かに導かれるようにして地上に降り注いだという。実際に空から黒いものが墜ちてくるのを見た。その時その落下地点にあった家は抵抗することも許されずにあっけなく潰れた。その家の住人もあっけなく下敷きになった。その時、人はあっけなく死ぬことを思い知った。
そう、人はあっけなく死ぬ。
隕石が落ちてきて人は死ぬし、ナイフで刺されて人は死ぬ。
今目の前に広がる血だまりがいい証拠だ。ここまで血が出てしまえばまず助かることはないだろう。ナイフが刺さったままならここまで血が吹き出ることもなかったが、刺した後に抉る様にナイフを抜かれたので傷口がひどいことになっている。恨まれるようなことをした覚えがない以上、よほどあの通り魔は頭がおかしいことが窺える。もっとも頭がおかしくない通り魔なぞいるはずもないが。
ここは家までの帰り道の道路。時間はまだ夕方。人通りのある時間帯だ。
ここから少し離れたところに俺と同じように地面に倒れている人がいるのが見える。おそらく俺と同じであろう。
あぁ、なぜ俺はこんな目に遭っているのか。
せっかく将来の夢を見つけたというのに。
ようやく自分の“これから”を手に入れられたというのに。
ここで夢は潰えてしまうというのか。
ここで俺の人生は終わってしまうというのか。
俺はまだ――――――
死にたくない
そこで俺の意識は閉ざされた。
残るはただの闇。
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『死にたくない』
『しにたくない』
『シニタクナイ』
―――それが、あなたの願いですか。
―――なるほど。そこまであなたに願いがあるというのならば、私はあなたの願いを叶えてあげましょう。
―――その代わり、あなたにはやってもらいたいことがあります。
―――私の代理人として、此度の戦いに勝利してもらいたい。
―――それが条件です。
―――それでもよろしいですか。
―――えぇ、良き返答。
―――では、あなたには私の権能を譲ります。
―――あぁ、そうですね。まだ私の名を教えていませんでしたね。
―――本来であれば、名を知ることなぞ不遜に値しますが、私とあなたは一蓮托生。知っておくべきでしょう。
―――私の名は―――
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フェーズ00-10/05/15
サンプル479:情報変化
エリア045内にて俗称『通り魔事件』に遭遇し、死亡
犯人と見られる個体は現地人ではなくプレアー003であることが確認済み。
サンプル479は死亡後、覚醒。プレアー009と呼称変更申請。受諾。
プレアー009は直後反応消失。プレアーの該当神は現在不明。確認し次第情報修正。
報告は異常となります。