製作開始
もしもし、ああ君か。例の商品、そろそろ発送……、えっ延期!? なんで?
廃棄時に処理が? いや、その辺はいいよ。こっちに届くまで、どのくらい時間がかかる?
一ヶ月も? ……勘弁してよ、もう予約も取り始めてるんだ。
まあ、危ないもん出すわけにもいかないけどさぁ。後始末しなきゃならない、こっちの身にもなってもらいたいよ。
……うん、1ロットは引き受けるから。それじゃ。
――――
「自由研究、どうしよう」
正午を過ぎ、少し陽射しが優しくなった時間。公園のベンチで少年がひとり、腕を組んで考え事をしている。
彼、修という名の少年は去年の夏休み、宿題を真っ白の状態で提出してひどい目にあった。
ああだこうだとお説教をされたりはしていない。その代わり、それらが全部終わるまでの一月ほど、放課後捕まってやらされる羽目になった。
今年はあんな目にあいたくないから、と彼は今課題を片付けている所だ。
やったという事実さえあれば後はどうでもいい、とばかりに問題集や感想文は解答欄やマスを埋めていった。
他も大体は何とかなりそうではある、言い換えれば「うまく手を抜いて片付ける方法を考えてある」状態だ。ただ、自由研究だけはまだテーマが思い浮かんでいない。
「自由研究に悩んでいるのかい?」
「うわっ!」
ベンチの後ろから、急に声がかかった。
修が振り返ると、そこにあるのは知らない顔。この公園で何度か見かけた事のある男性だった。
「だ、誰?」
「教材のセールスマン、かな」
「本当に?」
派手な柄シャツにジーパン、こんな格好のセールスマンがいる訳ない。
「まぁ、在庫の処分に困ったから声をかけてるだけで、いつもは店番だからね」
「売れ残り? そんなもの押しつけられても困る。お金も無いし」
「いやいや、そんな事はしないよ」
在庫になったのは売れない商品だからじゃない、と彼は言う。
「この商品、入荷が遅れて売れるタイミングを逃しちゃったんだ。夏休みひと月前くらいに入るはずだったんだけど、実際は直前まで入ってこなくてね」
お得意様の子達はほぼ、別のものを買ってしまった後だった。だから彼はこうして、買ってくれそうな子に声をかけているらしい。
「他の子にそういうことして、通報とかされたりしてない?」
「一回だけ、危ない時があったかなー……。気をつけてはいたつもりだったんだけど、最近は厳しいね」
「無理してやんなきゃいいじゃん」
「そうもいかないんだよ。うちの店に、他の子が買ったものを置いてあるから、とりあえず見るだけ見てくれない?」
「うーん……」
テーマの決まっていない現状、興味は持っている。それがどんなものかにもよるが、買えるものなら買いたい、とも。
「さっきも言ったけど、お金が無いんだって」
「ワンコイン、500円で買えるんだけど、それでも無理?」
「えっ」
意外な金額に声が漏れる。最低でもその二倍はする、と修は考えていた。
この金額なら、買えない事はない。内容次第では、親に頼んで出してもらうという事も有りだ。ただ、あまり安いと今度は「ろくでもない代物じゃないか」と不安になる。
実物を見てみないことには、判断はできない。
「うーん、それなら何とかなるかも。今日は払えないけど」
「一応、見てはもらえるのかな?」
「うん」
「じゃあ、うちの店に案内しよう。ついてきて」
――――
「ここ? 何か怖い感じ」
「そんなにひどいかな、ここ。それが良いって言ってくれる子もいるんだよ、これでも」
案内された場所は、古い三階建ての建物。
外壁の汚れやひびのせいか、あるいは立地の良くないのか。修にはどこか嫌な、近寄りたくない場所のように感じられる。
「上の方?」
「一階から三階まで全部、うちの店だよ。他の子から預かってるものは二階だけど、商品を置いてるのは一階だから、まずはそっちに行こう」
ギィ、と軋む音のするドアを開ける。
「……おじさんは、結局何屋なの?」
店舗だというドアの向こうには、菓子類、文房具、玩具など、統一感の無い商品が陳列されていた。その中には、修には何なのかよく分からないものもある。
「実は、この店自体が副業というか、趣味みたいなものなんだ。本業は……ああ、あったあった」
カゴに入って並んでいたビニール袋の一つを、男は手に取った。薄い冊子が一冊と、チャック付きの袋がいくつか入っている。
冊子に書かれた文字は「ホムンクルス製作キット」。
「これから君に見せるのは、これだよ。『ホムンクルス』って、聞いた事ある?」
「マンガに出てた」
「なら、その元ネタは分かるかな」
「あんまり知らないけど、錬金術で作る生き物なんでしょ?」
マンガで読んだ知識でしかないが、そういうものだという事を彼は知っていた。それだけ知っていれば十分、と男は肯く。
「『ホムンクルス』はラテン語っていう言葉で「小人」という意味の単語でね。容器の中で作る小人みたいな生きものの事さ」
彼は手に持った袋を掲げる。
「これは『ホムンクルス』そのものを作れる訳じゃないけれど、似たような体験はできる。容器の中で生きものを作るのさ」
どんなものができるのか、見にいこう。そう彼に促されて、修は二階へと上がった。
パーティションで細かく区切られた部屋。どの区画にもテーブルが置かれ、上に乗っているものは場所によって様々だった。
何かの機械が置いてある所もあれば、理科室で見たような器具が置いてあったりもする。
彼が案内されたのは、奥にある区画。テーブルの上にあるものは、布がかかっていて何なのか分からない。
「さあ、見てくれ」
ホットプレートのような機器の上に乗った、いくつかの大きめなビーカー。その中に、ピンク色の塊が浮いている。
「……これ、生きてるの?」
作りもののようにも見えるそれを、もっとよく観察ようと彼は顔を近づけた。
ビーカー内の塊は、眼球のような器官をわずかに動かす。そしてその直後に、全身をぶるりと震わせた。
「うわ!」
急に動いたそれに驚き、修は後ずさる。
「ハハッ、お互いにビックリしたみたいだね」
少年の、速くなった鼓動に合わせるかのように、彼が近くで見た生きものもピクピクと体を動かしている。
怖がって逃げようとしているように、見えないこともない。
「どうだい? 実物を見た感想は」
「これ、自由研究に使えんの?」
「そこは大丈夫。これを買ってくれれば、宿題の面倒は見るから」
キットのマニュアルには、製作方法や注意事項に加えて生物に関する知識が記載されている。男はこのキットを直接題材に使うのではなく、製作を通じて興味を持った事柄を掘り下げるつもりだった。
「まあ、それならいいかな。こんなの出したら何て言われるか」
「……何て、言われると思う?」
「え? うーん、そう言われても」
男の雰囲気が変わった。楽しげだった先ほどまでとはうって変わり、今は落ち着いて真剣な様子だ。
「じゃあ、質問を変えるよ。なんでそういう風に思ったの?」
「だって、『ホムンクルスを作ってみた』なんて言っても信用してもらえないでしょ」
その返事を聞いて、男は満足そうに頷く。
「君は、資格があるみたいだね」
「資格? 何の話?」
「このキットみたいな、『普通じゃないもの』に関わる資格さ」
テーブルの上に置かれた複数のプレートを、彼は指でトントンと叩く。
「この機械、ビーカー内の水温を調整するために市販品を改造したんだけど、その時にある装置を組み込んだんだ」
この辺だったかな、と電源ケーブルの根元近くを指差す。
「ここの印象、君は『怖い』って感じただろう? あれ、実は正しい感覚なんだよ」
この装置には、有効範囲内における人間の思考・感情を抑制する機能がある。対象としているのは、ここで扱われている『世間一般ではありえない商品』に対する違和感や嫌悪。
健康を害するものでは無いが、どちらかといえば悪い影響だ。勘の良い人間なら、忌避感を感じることもある。
「自宅でこれを作る子がいても、家の人が大騒ぎすることは無いって訳さ。宿題の面倒を見るサービスも、半分はこれの効果をごまかすのが目的だよ。もう半分は、少しでも買ってもらえるようにするためだけどね」
装置の効果が無い場合もある。この装置に影響されずとも、ここの商品に違和感や嫌悪感を抱かない人間には、効き目がない。
「君は、これを見て『先生に疑われる』と思えた。そして、そう思えたから君には、『普通じゃない事』に関わる資格がある」
「……ボクに、どうしろってのさ」
軽い気持ちでとんでもないことに関わってしまった。
後悔と共にそんな言葉を漏らした修への返答は、実にあっさりとしたものだった。
「いや、別に何も。あ、この商品は買っていって欲しいかな」
「え、何かしなきゃいけない流れじゃないの? これ」
そんなことないよ、と男は元の軽い調子で否定する。
「変な例えかもしれないけど、すごい力がある奴はヒーローにならなきゃいけないってわけじゃないだろう? 多少は知っておいて欲しいけど、これから関わっていくかどうかは君自身で決めることさ」
「なんだ、まじめに考えて損した」
「一応、ちょっとは考えておいてね。それよりも、このキットは買ってくれるのかい?」
買うか、買わないか。修は少しだけ考えたが、大して悩む必要はない。宿題のサポートも込みだと考えれば、とてもお得な買いものだ。
「買うよ。今日は全額払えないから、次来るときにお金を持ってくる」
「お買い上げ、ありがとう!」