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インサイドアウト

作者: 枕度膝斗

「釣れないねえ」


 小笠原のエメラルドグリーンの海と対照的な灰色のセメントで固められた堤防に、竿を垂らす朝霞さんと僕。


「そうっすねえ……」


 バケツの中には小さなマダイが一匹、ぐるぐると泳ぎ回っている。


「今日もダメか」


 大学の長期休暇を利用して、この離島までやって来たのがつい二日前。今日まで大した成果を挙げられていない。

 それに、朝霞さんに釣り方を教わるまでは一匹ですら捕まえることができなかった。


 ……今日はもう釣れそうにないな。そろそろ戻るか。


「あの、今日はそろそろこの辺で」


「海」


 ――帰ります、という言葉を遮るかのように朝霞さんが声を発した。


「潜ってみるかい?」



「…………え?」


 朝霞さんは今日、初めて相好を崩した。



 * * *



 僕が朝霞さんと出会ったのは、一昨日のことだ。

 僕がこの島に上陸してすぐに海岸へ来たとき、朝霞さんはちょうど今のように竿を海に向けていた。お世辞にも真夏の海に似合うとは言い難い、四十代半ばの、やや痩せた男性だった。白髪の混じった短髪に無精ひげを生やした、気の弱そうなおじさん。それが第一印象だった。


 僕は彼から一〇メートルほど離れたところで釣りを始めた。折り畳み式の椅子に座り、竿に餌を取り付け、海に放り込む。そしてあとはひたすら待つ。…………。


「……全然釣れねえ」


 竿を投げ込んで二〇分。僕の糸は微動だにしなかった。一応、糸を巻き上げてみるが……


「餌、食べられてるし」


 食い逃げされていた。


「こんなに釣れないもんかねえ」


 釣具屋の兄ちゃんは『全然釣れるっスよ! 余裕っスよ!』と言っていたのに。



 帰ろうかとも思ったが、ふと隣人の存在を思い出した。……果たして彼は釣れているのだろうか。


「ちょっと見てみるか」


 彼の方へのそっと近付き、声をかけてみる。


「どうもー、こんにちは」


「ん? あー、どうも」


 おじさんは愛想よく微笑んでくれた。思ったよりも柔らかく、それでいて低く深い声色だった。


「いやあ、全然釣れなくてですね、こっちはどうなのかと思って見に来たんですけど……」


 僕がそう言うと、彼は無言で足元のバケツに目をやる。

 そこには小さなマダイが一匹、円を描いて遊泳しているだけだった。


「まあ、こっちもこんな感じだねえ」


「はは、ですよね……」


 やっぱりこの辺、実は釣れないんじゃ……。

 釣り具の姉ちゃんは『この辺、めっちゃ釣れますよ! この前わたし、ここでカッシー釣ったんですよ!』と言っていたのに。多分姉ちゃんはネッシーと言いたかったんだろうけど、ネッシーも小笠原にはいない。


 ま、なんにせよ、今日はこれ以上やっても釣れないだろう。


「僕、そろそろ帰りますね」


「そう」


 短く返した彼に、背を向け宿へと向かおうとしたとき、再び背中から声を投げかけられた。


「君」


「なんです?」


「明日も来るのかい?」


「まあ、他にやることもないですし」



 *  *  *



「ちょ、なんですかこれ!」


 翌朝、再び海岸を尋ねると、そこには昨日見た彼の姿があった。

 あえて違うところをあげるとすれば、彼の足元のバケツの中身くらいなもので……。


「ああ、おはよう」


「おはようございます! じゃなくてなんでバケツの中水族館みたいになってるんですか!」


 バケツの中にはマダイが数匹と、なんかでかいのが一匹、それに熱帯魚みたいなのがウヨウヨいた。魚とかあんまり詳しくなくて……すみません。


「なんでって……釣ったから?」


「昨日全然釣れてなかったじゃないですか!」


「今日は釣れる日なんだろうね、多分」


 なんだそれ、適当だな……。


「そうですか……」


 彼のすぐ横に椅子を組み立てフィッシングを開始。彼も釣れているんだから、きっと今日は僕も釣れるだろう。


 ――そう思っていた時期が僕にもありました。


「あれ、釣れない……」


 時はすでに一〇分が経過。未だに僕の糸はぴくりとも動かない。彼はどうだろうと、横目で様子を伺う。ちょうど、なんかでかいのを釣り上げているところだった。……やっぱり釣れるじゃん。



 そして二五分が経過。


「あれ、やっぱり釣れない……?」


 うんとこしょ、どっこいしょ。それでもカブは……じゃなかった、魚は釣れません。ちらりと横目で隣を見ると、彼はちょうど、なんかでかいのを釣り上げているところだった。おかしいな、なんで僕は釣れないんだろう……。



 ついに一時間が経過。


「釣れないじゃん」


 とうとう僕の釣り糸は少しも反応することはなかった。ちなみに横目で隣に視線を向けると、彼はちょうどなんかでかいのを……って、おい。


「さっきから釣りまくってるそれ、なんなんですか!」


 突っ込まずにはいられなかった。黒いボディを粘液で煌かせる、五〇センチをゆうに超えそうな巨大な魚。深海魚のように潰れたその顔も相まって、ありていに言えば気持ち悪い。

 その口に引っかかった針を抜きながら彼は答えた。


「これかい? カッシーだよ」


 カッシーほんとに釣れるのかよ……。



 *  *  *



「釣り方を教えてください!」


 太陽が登り切った頃、僕は彼に頭を下げていた。

 あの後、二時間近く粘ってはみたものの、一向に釣れる気配はなく、その間に彼はカッシーを七匹釣り上げていた。

 たぶん、このままじゃ釣れない。そう察した僕は彼に教えを乞うことにした。


「もちろん、構わないよ」


 彼は僕の頼みを快く承諾してくれた。昨日あったばかりの赤の他人だというのに……。


「ありがとうございます」


 僕は手を差し出した。少し馴れ馴れしいかなとは思ったけど。彼は少し頭上に疑問符を浮かべていたが、やがて合点がいったらしく僕の手を握ってくれた。


「自己紹介がまだでしたね。僕は音無歩夢です。なっしーでもあゆむんでも、好きな方で呼んでください」


「よろしく、歩夢くん。私は朝霞、朝霞修司だよ。君の好きなように呼んでくれて構わない」


 そう言って彼――朝霞さんは目尻を下げた。僕のニックネームに関してはスルーされたけど。


「それじゃ、さっそく教えてもらっていいですか?」


 と言い終えると同時に、"ぐ~"と大きな音が響いた。……朝霞さんの表情を見るに、どうやら僕の腹が音源らしい。

 そういえば、そろそろお昼時か。朝から何も食べてなかったっけ。

 そんなことを考えていると、朝霞さんが気を遣ったように声をかけてきた。


「お腹空いてるなら、カッシー、食べてみる?」


「それはいりません」


 だってキモいし。



 *  *  *



 いったん、魚達を宿に持ち帰り、調理場をお借りして朝霞さんのマダイをありがたく頂戴し、腹を満たして再び海岸へ。

 え? カッシー? あれは朝霞さんがおいしそうに食べてました。焼いてるときの匂いは美味しそうだったんだけど、本当に美味しいのかしら……。なんせ見た目が、ねえ……?


「ごちそうさまでした! あの、じゃあさっそくお教えしていただいても……」


「うん、始めようか」



 ――こうして、僕は朝霞さんに釣りを教わった。普段は温厚な口調な朝霞さんだが、指導の際には

『今ッ!……ああ、惜しい。逃げられちゃったね。また次頑張ろうか』

『そうそう引っ掛けるようにして……おお、いい感じだよ!』

『それ、地球釣ってるよ(海底に針が引っかかってるよ)』

 などと厳しい言葉も投げてくださった。いや、全然厳しくねえなこれ。


 朝霞さんの教え方がうまかったのか、それとも元々僕に才能(笑)があったのか、一五分もすれば……


「おお、釣れた!」


 立派なマダイが釣れた。やや小ぶりではあるものの、十分成熟しており、塩焼きにすればうまそうだ。


「カッシーじゃなくて残念だったね」


「僕はこっちの方がいいんですけどね」


 朝霞さんはどうやらカッシー推しらしい、などとどうでもいい推測を立てていると、ポツリと頬に何かが落ちてきたのを感じた。空を見上げると、厚い雲が今にも太陽を覆い隠そうとするところだった。


「……雨」


 僕がそう呟くと、朝霞さんも同じように空を見上げた。


「今日は、ここまでにしておこうか」


「はい、ありがとうございました」



 *  *  *



「歩夢くんは、ここに釣りをしに来たのかい?」


 宿に戻る道の途中、朝霞さんは僕に尋ねてきた。雨はまだパラつく程度で、この暑さではかえって心地良く感じられた。


「まあ、そんなところです」


 釣りをしに来たのは間違いない。ただ、それは手段であって、目的ではない。


「僕、大学で海洋生物を研究してるんです。それでまあ、夏季休暇の間に海洋生物のレポートを書いてくるっていう課題が出てるんですけど、海洋生物に関することならなんでもいいらしくて」


「夏休みの自由研究みたいだね」


「そんな感じです。それで、どうせならちょっと変わったことしてみたいなって。僕、成績も平均くらいであんまり目立たなくて……。だから、実際に釣ってみようってことでここまで来たってわけです」


 そんなこんなで来てみたはいいものの、成果はマダイ一匹のみ。マダイは関東でも釣れるから、実質スコアレス。


「明日の夜の便を予約してるんです。明日もいいのが釣れなかったら、レポートの方は適当にネットで文献集めて……まあ、いつも通りなんですけど」


 少し雨が強くなってきた。急いだ方がいいかもしれない。


「じゃあ、宿こっちなんで。今日はありがとうございました」


「――歩夢くん」


 僕が朝霞さんと別れようとしたとき、ずっと黙って聞いてくれていた朝霞さんが口を開いた。


「明日は、良いものが見られると思うよ」



 *  *  *



 そして、今日。


「海、潜ってみるかい?」


 こうして長い回想を終えてやっと冒頭部分へと帰ってきたのだが……。


「えっと、どういうことですか」


「そのままの意味だよ」


 なるほど。どうやら本気で言っているらしい。確かにこの辺りはダイビングスポットとしても知られているし、ショップで装備一式をレンタルすることもできるのだろう。

 それに、未知の生態系を観察するには釣りよりもこちらの方が適しているかもしれない。


「潜って……みたいです」


 朝霞さんは小さく頷き、僕に背を向け歩き出した。ついてこい、ということらしい。


 ……海に潜るのは初めてかもしれない。テレビで水中カメラの映像こそ見たことはあるが、生で海の中を覗くのは初めてだ。

 あ、水中カメラ。レポート用に写真も撮っておきたいのだが……。


「……歩夢くん、どうかした?」


「写真撮りたいなって思ったんですけど、カメラ持ってきてなくて。スマホは一応あるんですけど、僕の奴防水じゃないんですよ。たぶん、海で使ったら壊れちゃうかなって。――そうiPhoneならね」


 そう言いながらドヤ顔でiPhone4Sを取り出した。最近のiPhoneは防水らしいんだけどね。なかなか機種変する機会が……。

 すると、朝霞さんは胸ポケットをゴソゴソし始めた。

 まさか…………。


「だから私は、Xperia」


 朝霞さんはキメ顔で黒のXperiaを掲げた。


 かっけえ……。



 *  *  *



 ショップにて装備一式に着替え、再び海へ。


「そういえば朝霞さんは潜ったことあるんですか? 随分慣れてましたけど」


「昔いろいろあってね。AOWの資格も持ってるんだよ」


 AOW? 聞いたことないけど強そう。


「じゃ、さっそく潜ろうか」


「そうですね」


 海水に軽く脚を入れてみる。夏真っ盛りとはいえ、少し冷たく感じられた。


「じゃあ、私が先に潜るから、歩夢くんはあとからついてきて」


「わかりました」


 朝霞さんは親指を立てながら溶鉱炉に……じゃなかった。海に沈んでいった。

 それに続いて僕も親指を立てながら海に潜る。


 海の中は、陸の上から見るそれと全く異なっていた。

 地上ではエメラルドグリーンに色づいて見えたは世界は青く透き通り、無機質な波音を響かせていたはずの海は今、こんなにも色鮮やかで有機的な『生』で彩られている。


 僕のすぐ目の前には、黄色や赤など派手派手しい色の熱帯魚。そして海底付近にはそれは大きな……


(朝霞さん、ウミガメがいますよ!)


 声を発することのできない僕は視線で朝霞さんに訴える。

 それが伝わったのか朝霞さんも視線で


(あんまり刺激しないようにね)


 と返してくれた。



 写真を撮りつつしばらく遊泳していると、遠くから巨大な何かがこちらに向かってくるのが見えた。海の中なので、遠いものはハッキリとは見えないが、目算でだいたい二〇メートルはありそうなほどの何かが。


(なんかでかいの来てるんですけど!)


 と、再び朝霞さんに視線で呼びかける。


(よく見てごらん。大丈夫だよ)


 いや大丈夫って言ったって、とツッコミをいれつつも言われた通りよく見てみる。

 するとその巨体と思われたものの形がうねうねと揺らいでいることに気が付いた。

 これって……。

 そう考えている間にも巨体はこちらへ近づいてくる。そして、一〇メートルほどの距離にまで近づいたとき、ようやくその姿がハッキリと浮かび上がった。


(水族館とかで見たことあるやつだ!)


 その巨大な何かは一匹の巨大な魚ではなく、小さな魚が群れを成して泳いでいるだけだった。

 軍隊のように規律のとれた美しさに思わず目を見張る。

 あ、そうだ写真、いや動画がいいか。

 僕は朝霞さんに借りたXperiaをポケットから取り出そうとして、そこである事に気付いてしまった。


 この魚の動き、どこかおかしい。まるで何かから逃げているような……。


 その思考を遮るかのように、巨体が真ん中でパンっと二つに割れた。まるでくす玉が開くように。

 そのくす玉の中身、すなわち小さな魚の群れを追いかけまわしていた犯人は――サメさんだった。


(朝霞さん! ねえサメ! サメさんがいるんだけど!)


 と、視線で朝霞さんに助けを求めるも、朝霞さんは落ち着き払った様子でプカプカ泳いでいる。


(大丈夫だよ、この辺のサメは人間は襲わないから)


(せやかて、工藤……)


 あまりの落ち着きように、思わず関西弁で返してしまう(返してない)。


(ちょ、近い! サメめっちゃ近い! ヘ、ヘルプー! 朝霞さん助けてー!)



 *  *  *



 サメは僕のファーストキスを奪いそうなほど近距離にまで接近してきたものの、朝霞さんが言った通り、決して噛みついてきたリはしなかった。

 マジで死ぬかと思ったけど。


 サメさんはすでにお帰りになられたものの、他の魚もどこかへ隠れてしまい、辺りは静寂に包まれた。


 写真も結構撮れたし、そろそろ引き上げ時かな。


 そう思い、朝霞さんに顔を向ける。朝霞さんもちょうど僕に何か言おうとしていたらしく、目が合った。


(何かありましたか?)


 そう視線で問うと、朝霞さんは


(もうすぐ、いいものが見られると思うよ)


 と、視線で返す。声は聞こえないはずなのに、その視線からは昂った音を確かに感じた。




 一匹のエイが現れたのは、それから一分ほど経った頃だった。


(近くで見るのは初めてかい?)


(はい……! すごく……大きいです……)


 白いエイが僕の周囲を旋回するように泳ぐ。歓迎されているのか、あるいは警戒か。

 あ、今目が合った……と思ったが、エイの裏側の顔のように見える部分。実は眼ではなく鼻の穴らしい。


 僕の周りを三周ほどしたところで、一通り満足したらしく、エイはスーっと水面へ向かって上昇する。


(ちょっと離れた方がいいよ)


(え? 何か危ないことでもあるんですか?)


 エイは海面の近くで静止する。そして、尾ヒレの付け根の当たりがもごもごと動き始める。


 ……嫌な予感がする。


 間もなく、エイはブッフォンっと白い煙を吐き出した。


 これは……これは……


 脱糞だー!(志村けんではない)


 リアクションを取っている間にも白い糞がゆっくりと落ちてくる。早く逃げないと……。

 そう思い、急いで泳いで逃げる。


 ……朝霞さんはもうすでに危険区域から抜け出している。


(朝霞さん待って……って泳ぐの早ッ!? 待ってくださいよ!)


 そう訴えようとしたものの、視線が合わないとコミュニケーションは取れないのだった。





 間一髪、射程から抜け出し、朝霞さんと合流した。


(……なんで先逃げるんですか)


(離れた方が良いって言ったよね?)


 言ってたけども……。


(それより……ほら、見てごらん)


 朝霞さんはエイの方を指さして言う。


(糞ならさっき間近で……ってなんですかあれ!?)


 エイの尾ヒレの根元付近、おそらく肛門があると思われる位置に、赤い内臓のようなものが析出していた。

 潮に乗ってプラプラ揺れている。


(腸だよ)


(腸?なんでそんなものぶらさげてるんですか)


(エイの腸は特殊でね、たまにこうやって腸を裏返して洗っているんだよ)


 なるほど。

 カエルが胃を口から出して洗っているのを見たことはあるが、それと同じようなものなのだろうか。


(こうやって生で見られるのは、結構貴重な体験だよ)


(どれくらいレアなんですか、これ)


(水族館に三〇年勤めている私の友人は、二回しか見たことがないと言っていたね)


(めっちゃレアじゃないですか!)


(そうだね……写真、撮らなくていいのかい?)


(あ、忘れてた! 早く撮らないと)


 あまりの光景に見とれてしまってたぜ……。僕は急いでXperiaを取り出す。

 あれ、カメラアプリどれだっけ……。


(そうだ、もう一つ)


 朝霞さんが人差し指をピンと立てながら視線を向けてくる。


(腸を出すのってすごく危険でね、他の魚に食べられてたりする可能性もあるんだよ)


(……つまり?)


(腸を長い時間出してるのは危ないから、二分くらいで元に戻すんだよ。……たぶん、あと十秒くらいじゃないかな)


(そういうのは早く言ってくださいよ!)



 エイが腸をしまうギリギリなタイミングで撮ることができた写真は、少しブレていた。



*  *  *



 夕刻。碧く輝いていた海はすっかりその表情を変え、紅く爛々と輝いていた。

 その顔もまた、あと三〇分もすれば影に覆われるのだろう。

 遠くで汽笛の音が鳴ったのが聞こえた。……もうすぐ、この島ともお別れだ。


「どうだった? この島は」


「朝霞さん……」


 今は、律儀にも見送りに来てくれた朝霞さんと、並んで海岸に座っている。


「楽しかったです、すごく」


 そう、楽しかった。ワクワクした。


「昔から水族館にはよく通ってたんですけど、あんなに近くで見たのは初めてです。熱帯魚もウミガメも、群れで泳ぐ魚もサメも、あとエイも」


「カッシーもね」


「僕、たぶん、悩んでたんだと思うんです。大学で海洋生物を専攻したものの、本当にこれでいいのかなって。他に道があったんじゃないかって。だからここに来たんです」


 ここに来る前まで、漠然とした不安の暗雲に覆われていた心中が、今は碧く透き通っていた。


「今日で確信しました。僕はやっぱりこの道が好きだって!」


「そう……良かったね」


「はい」


 黒い船が徐々に大きくなる。別れの時が近づいていた。


「僕は朝霞さんに救われました。ちょっと大袈裟かもですけど」


 座ったまま朝霞さんに頭を下げる。


「本当にありがとうございました」


「…………」


「朝霞さん……なんでこんな見ず知らずの僕を助けてくれたんですか?」


「……っ」


 そう問うと、朝霞さんは目を伏せ、表情を暗くした……ように見えた。まばたきした次の瞬間には、いつもの、目尻を下げて笑う朝霞さんがいたけど。


「気遣い……いや、思い違いかな」


「なんですかそれ」


 朝霞さんの言葉に、軽く噴き出してしまう。

 知り合って三日目の僕でも、その言葉こそが朝霞さんの気遣いなのだとわかる。


「うん、良い表情になった。昨日なんてカッシーみたいな顔してたからね」


「僕そんなキモい顔してました!?」


 そうこうしている間に、船はすぐそこまでやってきていた。


「それじゃ朝霞さん、ありがとうございました」


「こちらこそ……あ、あゆむん」


「あ、それ気持ち悪いんでやめてもらっていいですか?」


「歩夢くんが呼べって言ったんだよね!?」


 あ、朝霞さんが初めて突っ込んだ。

どうぶつの森やポケモンでは「釣りの王子さま」と呼ばれた僕ですが、リアルではまったく釣れなかったので書きました。

モンハンの釣りはあんまりやったことないです。

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