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続·アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
8/12

8.1/2+1/2=

「な、なに?用って・・・」


翌日学校で。

レオンは放課後に、ユージュを中庭へ呼び出していた。前年度の卒業生たちの記念に建てられた真新しい噴水がキラキラと飛沫をあげる。

ユージュはレオンの目から見ても明らかに、怯えてるようだった。無理もない、こうして二人きりになるのは実は初めてだ。レオンは深呼吸すると、ユージュの目をしっかりと見た。


「昨日は、ううん、今までもずっと、意地悪してごめん!」


レオンが頭を下げると、ユージュは戸惑った表情を見せたあと、俯いてしまった。


「簡単に、許せることじゃないって、わかってる。ユージュの気が済むまで仕返ししてくれたって構わない!」


その言葉に嘘はなかったけれど、レオンはどこか楽観的に捉えているところがあった。ユージュは心が読めるのだから、自分の気持ちにも気づいていはず、敵意がないとわかってくれるはず、と。


「これからは優しくするって約束するから、俺と、その、友達に・・・」


「・・・ないで・・・」


「えっ?」


小さな口から蚊の鳴くような声が紡がれる。


「わたしに構わないで。わたしも、レオンには構わないから・・・それでいいでしょ・・・?」


レオンの脳裏に昨日のミシェルの言葉が蘇る。度を超えると本気で嫌われる・・・本気で嫌われたのだ、自分は。

無駄に高いプライドもへし折って歩み寄った。自分の気持ちを知っているはずの相手に、恥を偲んで自ら心を開こうとした。知られながら、はっきり拒絶されたのだ。

本当は少しも気にしていなかったはずの羞恥が、ショックに増幅されて突然鎌首をもたげる。そして、つじつま合わせのように現れたそれは、思春期の少年の頭に血を上らせた。


「そーかよ、わかった。お前がそうするっていうんなら、俺もそれでいいよ」


嫌われたあとの“まつろ”は。

ユージュに言わせる前に、自分が言うべきだと思った、こんなひどい言葉は。


「絶交だからな。顔も見たくない!」


言うなり、レオンはユージュの横をすり抜け、走り去ってしまった。


ユージュは、うれしかったのだ。

こんな引っ込み思案で、自分の考えていることもうまく表現出来ない不器用な自分と、友達になりたいとレオンは言ってくれた。

それだけで充分だった。

きっと付き合いが深くなれば、“ユージュの能力を知らない”はずのレオンは、気味悪がって離れてしまうだろう。

他のクラスメイトたちのように、意図的にユージュに悪意を抱いていない、“ユージュのことを好きでも嫌いでもない”はずの男の子に、現状以上に嫌われたくない。

距離をとるべきだと判断したのは自分なのだ。なのにどうして


「ぅ・・・」


こんなに辛いんだろう。


「ぅぁぁ」


ユージュはいたたまれずその場にうずくまった。


『お前らつまんねーことしてんじゃねーよ!あっちで遊ぼうぜ!』


花壇当番で同じ係の子供たちに泥水を掛けられて泣きべそをかいていた時、さりげなく人払いしてくれた。


『なんだお前、またハブられてんのか?仕方ねーから入れてやるよ。足引っ張んなよ?』


職場体験の班決めでどこにも入れてもらえなかったユージュに、唯一声をかけてくれた。


『ひだまりマフィンだろ?もういいよ、先生ー。早く実習始めてくださーい。』


昔から初対面の人相手の自己紹介が苦手だということを知っていて、代わりに答えてくれた。好きなものも、覚えててくれた。


レオン、ごめんね。


ユージュの心がぎりぎりと悲鳴をあげ、心の痛みに耐えられず大粒の涙が零れた。


自分は、一度だってレオンに優しい言葉をかけたことがあっただろうか。思いやりのある態度を取ったことがあるだろうか。

・・・一欠片も思い浮かばない。

ひどい子。

なんて恩知らず。


ユージュの心をむくむくと黒いものが覆っていく。

胸がひどく痛む。


こんな薄情者、みんなに嫌われて当然だわ。

いなくなったって誰も困らない。

そうだ、居なくなればいい。

そうすればこんなに悩むこともなくなるし、気味悪がられることもない。

だって、そう。どうせ誰も困らない。


――ねぇ、消えてみよっか?


一瞬自分の声でそう聞こえたと思うと身体中に激痛が走り、ユージュの意識はそこで途切れた。


ユージュの小さな体の胸が裂け、黒い霧が吹き出し、それは濃度を増すと巨大な影になった。

膨張した影は卒業記念の噴水を踏み割ると、そこから染み出た水を吸い、どんどん成長する。茎が伸び、葉が広がり、禍々しい程に馨しい花が開く。

その香りを吸い込んだ生徒たちは一人、また一人と倒れた。

異常に気づいた子どもたちは悲鳴をあげ逃げ出す。アビーとギルも、球根のように異形の植物の根元で横たわるユージュを見るや否や、一目散に逃げ出した。

教員たちの避難を促す声と、子どもたちの叫びで、辺りは騒然とした。


ユージュはついに、心に住み着いた魔に飲み込まれてしまったのだった。


---


「いらっしゃいレオンくん。香り、できてるわよ!」


ケイトリンの待つ工房へやってきたレオンは全力で走ってきたらしく、荒れた呼吸もそのままに勢いよくドアを開けた。出迎えたケイトリンは、その目がひどく血走っていることに驚いた。


「どうしたの?学校で、何かあった?」


「別に・・・」


そう?と深追いせず相槌を打ったケイトリンは、レオンに椅子を勧めると、レオンのために用意しておいた香りを取りにその場を離れた。

腰掛けたレオンは、机の上に置いたままになっている箱に気づく。化粧箱入りの焼き菓子のようだ。


「よかったら、一緒に食べない?」


戻ってきたケイトリンが、にこやかに声をかける。レオンが答えずにいると、勝手に話し続けた。


「頂き物なんだけどね。今日午前中にレオンくんのお父さんが持ってきてくれたんだよ」


「父ちゃんが・・・?」


「そう、息子がご迷惑お掛けしましたーってわざわざご丁寧に。少しお話したんだけど、優しい、すてきなお父さんね」


「・・・何話したの?」


「んー、いろいろ!」


「教えてよ」


「んー、レオンくんが目指している封魔師のお仕事のこととか。レオンくんと初めて会ったとき、お父さんみたいな世界一の封魔師になりたいって言ってたって教えたら、お父さんうれしそうにしてたよ。あとはそうね、レオンくんが背負っている役割のこととか」


「役割・・・」


「レオンくん、学校ではユージュちゃんのこと守るためにいつも離れずにいるんだってね。それがレオンくんの初仕事だって」


「・・・ユージュのことは、もう・・・」


レオンが落ち込んでいる様子なのは、学校でユージュと何かあったからだと、ケイトリンにもわかった。だって昨日の今日だから。わかってて、何食わぬ顔でこの話題を振っている。

レオンの父自身も、近頃レオンが家族である自分以外の大人と交わりを持ち彼らの意見なら素直に聞くことを知っていて、ケイトリンに託す思いで自らについて明かしたのだ。


「その仕事の妨げにならないよう、レオンくんの心が読心師に読まれないための結界を、お父さんが張ってるんですって」


「え・・・?」


レオンは目を丸くした。そんな話、一度も聞いたことがない。


「俺そんなの知らない・・・!」


「あ。これはないしょなんだっけ?」


ケイトリンは少しも悪いと思っていない顔でとぼけてみせた。


「とにかく、レオンくんは、ユージュちゃんの能力に甘えないで、自分の考えていることは自分の口で話さないとダメだよ。ちゃんと謝れた?仲良くなりたいって伝えたの?」


「謝ったし、言った・・・けど、俺、とっくに嫌われてた」


「あらら」


「でも・・・」


レオンは、ケイトリンから受け取ったサシェの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。とげとげしていた心が、丸くなっていくのを感じる。


「・・・仕事、だから。俺はこれからもユージュから離れちゃいけないし、守らなきゃって思えた。これ、ありがとう先生」


「うん、そうだね。がんばれ」


レオンの表情に清清しさが戻ったのをみとめると、ケイトリンは箱の中の焼き菓子をレオンに一つ渡し、自分も頬張った。

その時。慌しく扉が開いた。


「ケイトリン先生、レオン来てる!?」


飛び込んできたのは息を切らしたギルだった。呼ばれて、レオン本人が返事をする。


「どうしたんだよ?」


「学校が、大変で・・・化け物があばれてる!」


「ば、ばけものって・・・」


「レオンの父ちゃんって封魔師なんだろ!?助けてもらってよ!」


「え?え・・・?なんで学校が・・・」


「わかんない!中庭に、校舎の高さくらい大きい花みたいな化け物がいて、ユージュが襲われてるのは見たけど・・・」


ユージュが?聞くやいなや、レオンは勢いよく立ち上がった。


「先生、俺いかなきゃ!また来るね!」


「うん!あ、待ってレオンくん!」


ケイトリンはレオンを呼び止めると、その小さな手にもう一つサシェを握らせた。


「足が速くなる香り。こっちも、あなたには必要みたいね」


本来レオンが実習で作るはずだったものだ。


「・・・ありがとう!」


レオンは礼もそこそこに、学校へ向かって駆け出した。サシェの香りが風に乗りレオンの鼻へ届く度、足がどんどん軽くなるのを感じる。来た道を倍の速さで駆け戻った。

ギルの言うとおり、父に助けを求めるべきかもしれない。でも今は、家に立ち寄っている時間すら惜しい。少しでも早くユージュを助けに向かうべきだと思った。

向かうべき、じゃない。助けたいんだ。


通い慣れた校舎が近づく。このままの勢いで校門へ滑り込もうとした時、門の前にぽつりと人影があることに気がついた。その正体に気づくと、レオンは思わずスピードを落とし立ち止まった。


「ナユユ・・・」


なんでここにいるんだと言いたげなレオンに、ナユユは表情を変えず答えた。


「アビーがレオンを探して僕のところに来たんだよ。ねぇそんな丸腰で、何しに来たの?」


「ユージュが、襲われて危ないって聞いて・・・」


「へぇ?僕がアビーに聞いた話だと、ユージュが化け物になったって言ってたけどね」


レオンの心臓がどくりと波打つ。


「ユージュの胸から大きな植物が生えて、それが他の子達を襲ってるって」


最後に会った時にはいつものユージュだったはずだ。それから自分が工房へ寄っている間に、ユージュが心を魔に蝕まれて魔物化してしまったとしたら、それは間違いなく。


「・・・俺の、せい・・・」


「レオン。封魔師見習いの君は、ユージュを助けに来たの?それとも、倒しに来たの?」


「助けにに決まって・・・」


「彼女を傷つけずに助けることなんて、レオンにできるの?僕より弱いくせに」


淡々と無表情に返すナユユからは威圧感すら感じた。ほんの少し前まで、自分より弱かったのはナユユのはずだ。悔しさと、ユージュを追い詰めてしまった自分への不甲斐なさがレオンをおそう。

今の自分は、精神も、力も弱く未熟だ。父どころか、ナユユにすら及ばない。

しかし。だからこそ。守るべきユージュをこの手で救い出さなければならない。それが自分の、全うすべき封魔師としての務めだから。


「・・・お前にわかるのかよ。半人前の気持ちが」


「わかるよ。僕だって半人前だ」


ナユユは表情を悲しげに崩すと、懇願するようにレオンへ言った。


「レオン。半人前なら半人前らしく、言うことあるだろ?僕だって、友達を助けたいんだ」


レオンはその意を汲み取ると、ナユユに頭を下げた。


「俺と、一緒に来て下さい・・・!手伝って、ください!!」


「うん、急ごう!」


ナユユは唇をキュッと結ぶと、レオンに右手を差し出した。レオンもその手をしっかりと掴み、固く握手する。

二人の少年はそのまま、手を取り合って校門を駆け抜けた。


---


すでに茨に覆われた要塞のように成長した巨大な花の根元に、宿主となったユージュの姿を見つけた。

濃い芳香が、眠気を誘う。頭をぶるんと振ると、レオンは魔除けの印を切り、自分とナユユを保護した。

この香りの中、ユージュは無事なのだろうか。

レオンは今までに出したことがないくらいの大声で名前を呼ぶ。が、届いていないのか、ユージュは目を固く閉じたまま、蹲っている。

うるさいと言わんばかりに太く長い茨が傍らのレオンめがけてなぎ払うように振り下ろされるのを見抜くと、ナユユはレオンの手を引いて飛び退いた。

標的を捉え損ねた茨は、中庭の地表を大きくえぐり、砂埃が舞う。


「どうしたら・・・!」


「レオン、今から僕のお札で、君にかけられた術を解くよ」


「は?うぐっ」


突然胸倉をつかまれレオンは呻いた。


「てめえ何するんだよ!」


ナユユは無視してそのままレオンのシャツの襟をはだけると、胸元に一枚の紙の札を貼り付けた。

札に書かれた文字はひらひらと蝶のようにレオンの周りを飛び交い、一瞬光を放ってレオンの身体へと溶け込んだ。


「これで君の心の声がユージュに届く」


「お前、なんで結界のこと知って・・・」


「ユージュがよく言ってたんだ、レオンだけ、何考えてるかわかんない、って。それでもしかしたらってずっと思ってた」


ナユユは、レオン自身よりもレオンのことを知っていたのだ。そしてレオン自身が破る術を知らない結界を、解いてみせた。


敵わない。俺はナユユに完全に負けた。気がする。


「勝ち負けじゃなくて。僕だってレオンはすごい、敵わない、ってずっと思ってきたよ。そうやって僕たち、競争しながら成長していこうよ。半人前同士」


「ナユユ・・・。そうだよな。俺たち・・・うん、ちょっと待て。」


一瞬感動しかけたレオンは、違和感に気づいた。


「何でお前まで俺の心読めてんの!?」


「あれっ!?何でだろう!!」


「まさか・・・お前・・・も、読心術をマスターして・・・くそっ敵わねえ!」


「あっ・・・しまった!レオンの心がユージュにぜったいにぜったいに届きますようにって念じながら書いたら、レオンの心が町中の全員に届くくらい増幅されちゃったんだ・・・!」


「はあ!?!ふざけんなよこの半人前が!!」


「来るよ、よけて!」


レオンがナユユに猛抗議する前に、再び茨が振り下ろされる。二人はどちらがお互いを庇えるか競い合うようにもつれて地面に倒れこんだ。


――ウルサイ、ウルサイ。アッチ行ッテ。行カナイデ。


気味悪く歪んだユージュの声が中庭に響く。


「ケンカしてる場合じゃないよ、レオンの心がユージュに届いてるんだ!レオン、ユージュに呼びかけて!」


「お、おう・・・!」


レオンは、大きく深呼吸すると意を決して・・・やっぱりもう一回大きく深呼吸してやっと意を決すると、心に集中した。


【ユージュ。聞こえるか?お前が大変だって聞いて、急いで来たんだ。】


ぴたりと茨が動きを止める。


【さっきはごめん。絶交だなんてひどいこと言って、本当にごめん。

勝手に思ってたんだ、ちゃんと謝ったら、お前はすぐ、いいよって許してくれるって。

そんな虫のいい話ないよな。

お前だって、俺にムカついてるに決まってるのに。

何年でも、何十年かかってもいい。お前が許してくれるまで、俺はお前を諦めないから。】


――シツコイ!構ワナイデ!


再び茨が振り上げられる。レオンは勢いよく払われたそれを、今度は避けることなく身体全体で受け止めた。


「ぐぅっ」


「レオン!!」


両腕で受け止めて掴んだ茨をレオンはしっかりとにぎりしめ、ユージュの元へと続く命綱のように手繰りながら歩みを進めた。


「こんなの、あいつの傷ついた心に比べたら、なんでもないって」


握った棘がレオンの身体を傷つける。滴る血を気にも留めず、レオンは呼びかけ続けた。


【ユージュ。お前が俺を嫌いでもいい。それでもずっとそばにいるから覚悟しとけよな。

お前のことを守るのが、ずっと俺の仕事で・・・役目で・・・義務で・・・父ちゃんからやれって言われて・・・仕方なくて・・・

でも今は、俺がそうしたいって思ってる。

本心で、そう思ってる!】


――レオンナンテ、嫌イ。大嫌イ。死ンジャエバイイ、死ネ!


両手がふさがっている無防備なレオンの身体を、別の茨が鞭打つ。

一瞬苦悶の表情を浮かべるが、すぐに笑顔を浮かべた。


――キライ、キライ!・・・ヤメテ、レオンガ死ンジャウ、モウヤメテ、コナイデ


【全然効かねーな。俺こう見えてドMなんだ。】


――キモイ!


再び茨の鞭が飛ぶ。レオンは臆さず、命綱を手繰りながらユージュへ近づく。


【キモくていい。キライでいい。大嫌いでいい。でも俺は】


「ユージュが好きなんだ!!」


レオンが大きく叫ぶと、ユージュがうっすらと目を開けた。

ぼんやりとした視界に、必死に近づいてこようとするレオンの姿が映る。


――キライナンカジャナイ。わたしは、嫌ってなんかいないよ。助けて、


「レオン、たすけて、おねがい」


「言われなくても!」


絡みついた茨を解きながら、その隙間から傷だらけの手が差し出された。ユージュは必死に手を伸ばし、その手を掴む。


「・・・とーちゃく!」


レオンの逞しい笑顔を認めると、ユージュは安堵して泣き出してしまった。


「レオン!ごめんね、私、"これ"どうしたらいいか自分でもわかんなくて・・・!」


「もう大丈夫だ!この俺が来たからには・・・え。どうしたらいいんだろな"これ"」


「え・・・」


「えっ、切る?切ったら痛い?切ってみる?こう、剪定ばさみみたいなので」


「い、痛いの!?は、イヤ・・・かも・・・」


「おーいレオン!!」


少し離れた場所からナユユの声がする。


「この植物、噴水の水を吸ってる!噴水自体は壊されてて水が止められなかったから、お札で水を仮止めしておくよ!」


「お、おう頼むわ!」


ややあって、茨や蔓の動きが緩慢になる。

抵抗するかのようにそれらがもがくが、レオンは植物が弱りだした瞬間、今まで一度も実際に使ったことのなかった封魔の印を切りぺたりと手のひらで茎に触れる。

凶器となり要塞となっていた茨たちは見る見るうちに茶色く変色し、萎びて力なく地面に横たわった。


が、依然ユージュの胸からは萎れた巨大な花や蔓が飛び出たままだ。


「え、えーーーーと」


「私どうなっちゃうの・・・」


レオンの動揺が伝わったのか不安になり、ユージュが再び涙目になる。


「切るのがダメなら、燃やす?」


「怖いよ!!」


「だよな!!えーーーーー!えーーー・・・」


いよいよ万策尽きたレオンは、頭を抱えて座り込んでしまう。


【どうしたらいいんだよー!助けて父ちゃん・・・!】


「やっと呼んだか」


低く鋭い声がレオンの耳に届く。

はっとして振り返るとそこにいたのは、影のように佇む父だった。


「父ちゃん、何で!?いつから!?」


「ベネット先生が知らせてくれた。あとお前の心が町中に筒抜けだ」


「それ言わないでよぉぉ忘れようとしてたのに!!」


ヴァールハイトは、ニヤリと笑うと、レオンの胸元の札をべりりと剥がした。とたんにレオンの心が拡声されなくなる。


「いち早く駆けつける勇気。友達に協力を仰ぐ謙虚さ。そして魔を弱らせる力。まだ半人前のお前にしては上出来だ。あとは大人に任せろ。よく見ておけよ」


ヴァールハイトがユージュの胸の前で複雑な印を切ると、醜くしおれた巨大な花は小さく瑞々しい可憐な花へと姿を変えた。

その花を手に取り、小さな胸の奥へぎゅっと押し込むと、ユージュの体は元通りになった。


「・・・ありがとうございます、おじさん・・・」


「ユージュお嬢さん、うちの倅はこの通り、乱暴だし口は悪いし見てくれもそんなに良くはないが、君を守ろうと思う気持ちに嘘はない。その上頑固だから一度言い出したことは絶対に曲げない。だからこれからも君のそばに居続けるだろうが、いいかな?」


「えっと・・・はい。・・・いてもらわないと、やっぱりさみしいですから」


「もし迷惑をかけるようなら、これで引っぱたいてもらって構わない」


ヴァールハイトは腰に下げた鞭をユージュに手渡しながら、意外にもウィンクをしてみせた。


「ドMらしいから。」


「は、はぁ・・・え?」


「とーちゃん!!!忘れてよもうううう!!」


「あぁそれから君」


ふっと笑みを漏らすと、ヴァールハイトは、この騒動をレオンとともに乗り切ったナユユに声をかけた。


「はい?」


「君は腕のいい札書きだね。私の結界を破ろうとするとは大したものだ」


「破りすぎて暴走しちゃった感がありますけど・・・咄嗟だったので、すみません」


「良い良い。君の成長も、楽しみにしているよ」


ナユユと握手を交わすと、ヴァールハイトは職員に事情を説明しに向かった。

瓦礫の山となった遊具や噴水を改めて見渡すと、緊張が溶けたせいかなんだか笑いがこみ上げてきて、レオンとナユユ、そしてユージュは顔を見合わせると声を上げて笑ってしまった。


日が傾き始めた空に、帰宅を促す学校のチャイムの音が響く。

眠っていた子どもたちは、悪い夢から一人また一人と目を覚ました。


---

次の日。

騒動の被害を免れた旧校舎で、昨日の騒動についての生徒への説明と、通常通り、職場体験の報告会が行われるとこになったが、レオンは朝から大変だった。

道ですれ違う人や、学校中のみんなに、昨日の心の声を聞かれてて、いちいちからかわれるからだ。

ほんの少しだけ、ユージュの気苦労がわかった気がした。


教室のドアを開けると、皆が好奇の目を向けてくる。

無視してそれをくぐり抜けると、向こうにアビーとユージュが話している姿が見えた。

それも、仲良さそうに。


「何だよ、お前らが一緒にいるの珍しいな」


「まぁね!・・・さすがにその、ユージュがあんな、ひどいことになったのに置き去りにしたこと、気になっちゃって眠れなくてさ。私も怖かったけど、ユージュはもっとすごく怖かったよね。悪いことしたなって・・・。」


「そんな・・・だってアビーは私のために助けを探しに行ってくれたんでしょ・・・?」


ユージュとアビーはお互いに微笑み合った。


「朝一で謝ったら、いいよって言ってくれて。話してみたら、思ってたより楽しかったみたいな?ねーレオン知ってる?ユージュ好きな人がいるんだって」


「あっ!アビー!」


レオンの心臓がどきんと跳ねる。


「ユージュはねぇ、レオン」


俺か!?俺なのか!?俺であってくれ!!


「の、おじさんに一目惚れしちゃったんだって!!」


「は・・・?」


「もう、アビー!女の子同士だけの秘密なのに・・・!」


「ごーめーん!今日うちでクッキーごちそうするから!ね!」


「うーん・・・じゃあいいよ!うふふ」


「でも安心しちゃった!私、同担拒否だからさー。今までなんだかんだ構われてるユージュってレオンの特別なのかなって思って、意地悪しちゃうこともあったけど、これからはおじさんとのこと、応援するからね!」


「ほんと?ありがとう・・・!はぁ、おじさんかっこよかったな。“お嬢さん”、だって・・・」


「キザねー」


弾む会話の中、レオンだけ完全に置き去りにされてしまった。

それでも。

レオンは、ユージュがナユユ以外の誰かと楽しげに話す姿が見られて嬉しいと思った。

あの後、学校に説明したヴァールハイトは、ケイトリン伝いに又聞きした「ユージュが化け物に襲われた」説で話を押し通したし、逃げた負い目を感じていたアビーも、教師から話を聞かれるとその説に同調した。

そのおかげで、ユージュは変に恐れられることなく、逃げ遅れた生徒の一人、とされた。

そしてあれだけ自分の心が周囲に筒抜けになってしまった直後だからこそ。

好奇の的になるのはレオンだったし、この町の誰もが、『他人の心の中が読めてしまった気まずさ』を体験したことで、クラスメイトたちの、ユージュを特別視して気味悪がる空気は、薄らいだ気がする。

アビーの様子を見るに、あの時必死でつい口頭で叫んでしまった「好き」は、周囲には漏れ聴こえなかったようなのが不幸中の幸いだ。

何も問題ない。

問題があるとすれば、ユージュがすっかり自分の父に憧れてしまったことだくらいで。


「あ、そうだ。レオン。昨日言ってくれたことだけど」


白い顔で、同い歳の母親ができる可能性に思いを馳せているレオンに、ユージュは思い出したように声をかけた。


「・・・あのね、私の方こそごめんなさい。あなたが普通に接してくれることが当たり前になってて、私たったの一度だってありがとうなんて言ったことなかった。・・・ありがとう。これからは私、もっとあなたに優しくしたい・・・!」


「あー・・・うん、いま俺、結構衝撃受けてるから優しくしてくれ・・・」


ユージュは少し考えると、おずおずと手をしだし、レオンの頭を撫でてみた。


「よしよし・・・」


「なっ!?」


「だいじょうぶ?」


なにするんだよ、と言いかけて、ぐっと踏みとどまる。

――父ちゃんだったら多分そんなことは言わない。

初めは見真似でいい、すぐそばの、追うべき背中から学ぶことは多くある。

ナユユがそうしたように。


「あ、ありがと、な」


ユージュがはにかんだように笑うと、レオンの心がほんの少しだけ温かくなる。

同じ一言を、ナユユに伝えに、放課後ケイトリンの工房へ行こうと決意した。

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