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続·アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
7/12

7.半人前なりの使命

「いいかナユユ!こうなったらお前の先生達がどんなもんか、俺が見極めてやる!ま、たいしたことねーだろうけどな!」


リリーの元での修行が存外気に入ったのか、ケイトリンの工房でナユユと顔を合わせるなり、レオンは憚ることなく声高に宣言した。

尊大な口ぶりとは裏腹に、輝くばかりの笑顔である。


「俺がもういいと思うまで、お前のことぴったりマークするからな!覚悟しろよ!!」


ナユユはげんなりとした。


「えー・・・」


「ほーほーそりゃいい根性だ」


突然低い声が響く。閉まりかけたドアを背に立っていたのはランドルフだった。


「あ、ダニー先生!おはようございます!!」


ナユユは急いで支度をすると、ランドルフのそばへ駆け寄った。今日はランドルフに河原で剣術を教えてもらう約束をしていたのだ。


「マジでやる気ならお前も来い。だが見極められるのはお前のほうだぜ坊主」


ランドルフはにやりと試すような笑みを浮かべる。


「ま、たいしたことねーだろうけどな」


「なんだとこのオッサン!!」


思ったとおり威勢のいい反応が返ってきて愉快そうに笑うと、一応工房の主へ声を掛けた。


「つーわけでケイトリン、生徒借りてくぜ」


「あっ!!これは中等学校の職場体験なのに!」


「細かいこと言うなって。じゃーな」


ケイトリンが苦言を呈す前に、ランドルフは少年二人を連れて颯爽と出て行ってしまった。

振り上げたこぶしをどこへ振り下ろせばよいかわからない状態で、ケイトリンはがっくりと肩を落とした。


「・・・じゃあ、他のみんなは昨日の続きを。使った素材をメモするのも忘れないでね・・・お兄ちゃんは何してるの?」


指導側のはずのライアンは、生徒達と同じテーブルにつき、ノートに何かをさらさらと書いている。


「ギル君が取ってきたダイフクモドキソウのスケッチ」


「自由か!!!」


なんだか頭が痛くなってきた。


その日の研修で、アビーとユージュの二人は香りを完成させるところまででき、それぞれサシェに染み込ませて自宅へ持ち帰った。

ユージュは、いつも忙しくしている看護師の母の疲れを癒せる香りを、アビーは控えている期末テストに備えて集中力が高くなる香りを選んだそう。学校の方針で恋愛ごとの香りは製作しないように言い含められていなければ、きっとレオン関連の香りを作りたがったろうなと、少し物足りなそうなアビーの顔を見てケイトリンは思った。

ギルに関しては手先の不器用さが災いしてか女の子二人よりは出遅れているが、ライアンの補助もあり無事期間内に研修を終えることができそうだ。そのライアンは、居残りをしたギルを送るついでに夕食の買出しへ。

生徒達が帰った夕暮れの差し込む工房で、ケイトリンは一人、中等学校へ提出する日誌を書きながら頬杖をつく。

ナユユもレオンも、まだ戻らない。

――遅いな。

癖で壁掛け時計を見上げるが、これはもうずいぶん長い間止まったままだ。

修理に出さなくちゃね。そう思った時だった。


「御免下さい」


「はい、どうぞ!」


静かに開いたドアから、男性が顔をのぞかせる。シャープな印象に、少し陰のある雰囲気を纏わせた男性は、鋭く工房内を見渡す。


「・・・あの、うちになにか・・・?」


ケイトリンが恐る恐る声をかけると、男性は意外なほどに朗らかな笑みを浮かべた。


「すみませんねぇ、ヴァールハイトと申しますが、うちの倅はお邪魔してませんでしょうか」


「えっ、ああ!レオンくんの」


「父です。いやね、今日は家業の修行をするはずだったんですが、約束の時間を過ぎても帰ってこないものですから」


どうしよう。ケイトリンは背筋が冷たくなるのを感じた。大事な生徒を預かっておいて行方が分からないなんて言ったら、保護者からのクレームになること間違いない。が、うまく取り繕う自信はなかった。完全に、しっかり引き止めることができなかった自分の落ち度だ。


「す、すみません、実は・・・」


正直に話すしかないと意を決して口を開いたその時、勢いよくレオンが、続いてナユユが帰ってきた。


「ただいまー!ケイトリン先生!俺超超超超つよくなった!!」


「よく言うよ・・・。朝から僕に一太刀も入れられなかったのに」


土ぼこりに塗れたレオンは、充実した一日を過ごしたらしく息を切らしながら自信満々に報告してくる。この場合、冷静なナユユの言うことが真実なのだろう。

ケイトリンは、呆気にとられながら、うんうんと頷いた。


「そ、そうね。それはよかったね」


「レオン!この馬鹿モンが!!」


レオンの父の怒声ではっとする。


「と、父ちゃん・・・!!」


「学校行事も放り出してどこへ遊びに行ってた!あとでお説教だからな!」


「ごめんなさい父ちゃん・・・!」


「あの、これは、わたしの監督不行き届きで」


ケイトリンがとりなそうとすると、もう一度ドアが開き、ランドルフが戻ってきた。


「いやぁ息子さんは実に筋がいい!鍛えれば立派な剣士になることでしょうな」


「あなたは・・・!?」


レオンの父が畏まろうとすると、ランドルフはそれをやんわり制した。


「おう、レオン、これ持ってけ。今日丸一日頑張ったお前に、俺の弟子二号の証だ!」


大きな手の平に乗せたものを眼前に差し出され、ナユユとレオンはそれを覗き込んだ。


「河原に落ちてた石ですね」


「俺いらね」


「何をぅ!これはな、俺が岩で磨いてすべすべにした特製の石だぞ!受け取っとけぃ」


「僕とレオンが取り組んでる間、暇そうにこすってただけじゃないですかー」


ケイトリンとレオンの父は少しの間顔を見合わせると、すっかり打ち解けた様子の3人を見守った。


「マジいらねーし。え、ナユユも持ってんの?」


「ああうん。持ってるよ、ほら」


ナユユは首から提げた小さなお守り袋を開くと、中から小さな石とサシェを取り出して、大人たちも含めた皆に見せた。


「ケイトリン先生にもらった、“素直な気持ちと勇気を持てる香り”と一緒に持ち歩いています。この2つがあると、なんでもがんばれる気がするんです」


うれしそうに言いながらしまうナユユの様子を、レオンはふーんと少しうらやましげに見つめると、ランドルフの手から小石をひったくった。


「帰ろうぜ父ちゃん!俺おなかすいた!」


「こら!礼を弁えんか!!」


「ダニー先生またなー!」


工房を飛び出して行ってしまった息子に声をかけると、レオンの父は頭を下げた。


「うちの未熟者がお世話になりました、ランドルフ様。ベネット先生、またアイツが我侭を言ったら遠慮なく引っ叩いてやって下さい」


慌てておじぎするケイトリンにもう一度礼をすると、レオンの父は息子を追って出て行った。その背を見送って、ばたんとドアが閉まる。


「・・・困るんだけど!」


「何が?」


ケイトリンにじろりと睨まれて、ランドルフはのんびりと返事をした。


「もうちょっとでクレームになるところだったじゃない!」


「助け舟出してやったろ」


「ケイトリン先生、怒らないで下さい!きっとダニー先生は僕がレオンに絡まれてるのを見て、助けるつもりで声を掛けてくれたんですよ、ね!そうでしょダニー先生!」


「どうだろうな!」


ナユユがランドルフをかばうのがおもしろくないケイトリンは、ぷぅと頬を膨らませた。


---


「レオン。父ちゃんが何で怒ってるのかわかっているな」


父と子、二人きりの帰り道。レオンの父は先ほどまでの朗らかさを収め、威圧するように説教を始めた。


「授業をサボったから?」


「もっと大事なことがあるだろう」


「・・・ユージュから、目を離したから・・・?」


「そうだ」


やっとことの重大さに気づいたかのように、レオンは目を見開いた。


「忘れているようなら何度でも言おう。人の心を読む読心師は、かつて王国で諜報員として軍事利用されていたほどに、使いようによっては強大な力を持つ。だが人の心とは、清いものではない。邪な心に触れ続けた挙句、精神を病み、心に魔を宿す者も少なくない。そうした心に棲み付く魔を封じるのも、我々封魔師の使命だ。特にユージュお嬢さんは繊細な精神を持っている。か弱い彼女は集団の中で標的にもなりやすい。だから学校生活では常にそばにいて、見守るように、それがお前の封魔師としての初めの任務だと、あれほど言い聞かせてきたはずだ」


「ごめんなさい!俺、ナユユみたいに早く強くなりたくて、それで・・・!」


「つまらぬ競争心で、使命を疎かにするな!」


それまで言い聞かせるように語り掛けていた父親は、レオンの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。はっとしてレオンは思いを巡らせる。今日、自分がいない研修中ユージュはどう過ごしただろう。ギルやアビーはユージュにひどいことをしなかっただろうか。これまでも、クラスメイト達が意地悪をしようとするたび、素直じゃないなりにレオンがさりげなくユージュをかばってきた。始めは、父にそうするよう言いつけられたからだったが、今は、きっとちがう。

守りたい人を守ることの大切さは、かつて守りたい人を守ることが出来なかった父から、耳が痛くなるほど聞かされてきたというのに。

急に罪悪感に襲われたレオンの瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れると、父は手を緩め、その大きな手で息子の頭をなでた。


「お前はお前のペースで、半人前なりに成長すればいい。焦るな」


レオンは大きく頷くと、手に握ったままだったすべすべの小石を握り締めた。


---


しかしそれで諦めるレオンではなかった。

ユージュから目を離さないよう授業にもしっかり通い、嫌がるナユユにも執拗につきまとう。・・・父親にバレない範囲で。

当の父親は、レオンがナユユを通じていろいろな大人と交流を持っていることに気づいていたが、吠え声が大きいだけが取り柄だった息子の人格が逞しくなってきているのは事実だったので、羽目をはずさないうちは黙認することにしたようだ。


それから数日、1週間の職場体験最終日。暮れ始めた夕日が差し込むケイトリンの工房はとてもにぎやか。ケイトリンの顧客であるロランとソフィアが先日発注した香りを受け取るついでに結婚式の打ち合わせ場所として工房の一画とキッチンを使いたいそうだ。打ち合わせ相手は、結婚式の料理を引き受けたミシェル。打ち合わせ後は、みんなで料理の試食という名のホームパーティーをすることになっている。

場所を貸す代わりに、ケイトリンは壊れてしまった壁掛け時計を、ロランの申し出で修理してもらっていた。


「どう、ロラン?直りそう?」


「まあなー。もうちょっと待っててくれよ!しっかし随分古い時計だな。見てこれ、この型の歯車は今もう使わないんだよ」


「おじいちゃんの代から使ってるからねー」


ロランの手際の良い修理を、ナユユとレオンが目を輝かせて見つめる。


「んー?なんだお前達、そんなに興味あるのか?」


ロランがにかっと笑うと、少年達もはにかむように笑った。


「さすがロラン先生です!」


「えっ!にいちゃんもナユユの先生なのか?」


「そ!俺はナユユの、機械の先生」


「俺にも教えてくれよ機械!!」


「やることやったらなー。調香師の先生怒ってんぞ」


ロランに言われて振り返ると、レオンの背後ではケイトリンがぷんぷんしていた。


「レーオーンーくーん!!」


「わっ」


「すぐ作業抜け出すんだから!他のみんなはもう製作終わってて、レポート書き終わったらすぐ帰れるんだよ?君だけよ、まだ製作終わってないの!わかってる?」


「わかってます!すいません!!」


「だったら早く素材の調合に戻って。わからないなら、見ててあげるから」


他の生徒たちがレポートを書いている長机で、一人だけ器具と素材を広げるレオンの正面にケイトリンも向かい合って座った。

レオンがもじもじと声をかける。


「あの、ケイトリン先生」


「どうしたの?」


「俺、作る香り変えたいんだけど、ダメ?」


「ええっ、足が速くなる香りが作りたかったんじゃなかったっけ!?」


「そうなんだけど、」


一瞬だけ、ちらっと。楽しそうにロランから時計の修理を教えてもらっているナユユを見やると、他の誰にも聞かれないようこそっとケイトリンに耳打ちした。


「俺も、なんでもがんばれるようになりたい」


「・・・素直な気持ちと勇気を持てる香りがほしいのね?」


気持ちを察して、ケイトリンも小さな声で返すと、レオンはこくりと頷いた。


「わかったわ!今回は特別に、工房にある素材を分けてあげる。その代わり初めからだから、キミだけ居残りになるわよ?」


「ありがとうございます!」


気持ちのいい笑顔でハキハキと礼儀正しく返事するようになったレオンが物珍しくて、ユージュがその様子をぼんやりと見つめていると、視線に気づいたレオンが顔を真っ赤にしてわめく。


「見てんじゃねーようすのろ!!」


「きゃっ」


大声を出されて怖くなったのか、ユージュは慌てて筆記用具をまとめると、レポートをケイトリンに差し出した。


「先生、これ・・・」


「書けた?・・・うん、丁寧にまとめてあるね!ユージュちゃん、一週間お疲れ様でした」


「あの、あ、ありがとうございました・・・!」


そのまま逃げるように工房を立ち去る小さな背中を、レオンはしまったという気持ちで見送った。

アビーとギルも、さっさとレポートを書き上げて遊ぶ約束をしながら帰ってしまうと、長机にはレオン一人がぽつんと残された。


「キミさ、さっきの言い方はなかったんじゃないかなぁ」


必要な素材を取りにケイトリンが二階へ上がると、打ち合わせスペースから声が上がった。

レオンがそちらを見ると、ミシェルが緑のポニーテールを揺らして振り返る。


「女の子をいきなり怒鳴りつけるなんて、印象最悪だよ」


その向こうでは、ソフィアが頷いている。


「うすのろなんて汚い言葉、よくないわ」


レオンだって、本当はわかってるのだ。さっきのはまずかった。


「ケンカでもしてんのか?あの子と」


時計と睨めっこしたままロランが問いかけると、ナユユが補足した。


「初等学校のころからずっとこうなんですよ。レオン、どうしてユージュにばっかり意地悪するんだよ」


「そ、それは・・・」


「それは?」


全員の視線がレオンに集まる。いつも饒舌なレオンのはずが、急にものが言えなくなってしまった。

しばらくの沈黙の後、やっと口を開く。


「か、関係ないだろ、お前らに!」


「あーーー!かわいくない!」


ミシェルが額に手を当ててのけぞる。


「好きなんだよねー?」


暢気な声と、階段を下りる音がすると、レオンはぎくっと肩を震わせた。

香り作りに必要な素材を載せた籠をかかえたケイトリンが、不思議そうな顔をする。


「あれ?好きなんじゃないの?ユージュちゃんのこと」


レオンは顔を真っ赤にして陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせると、突然長机に突っ伏した。


「・・・そうだよ」


「ねー」


ケイトリンが籠を机にどさっと置くと、レオンは顔を上げた。


「なんで、いつから知ってたの?」


「うーん、自己紹介してもらったときからかな?ユージュちゃんの好物がすぐに言えるくらいには好きなんだなぁって」


誰にも言ったことのない気持ちが、とっくにバレていた事実に打ちのめされて、レオンは再び伏せた。


「なおさらダメだよ!」


席を立って長机に移動してきたのはソフィア。ミシェルも後に続いてやってくる。


「好きな女の子には優しくしてあげなくちゃ!」


「今は向こうがガマンしててくれるかもしれないけど、度を越えると本気で嫌われるからね?」


「そうなった場合の末路って知ってる!?」


「ま・・・まつろ・・・」


ごくりとのどを鳴らすレオンに、ソフィアとミシェルが迫る。


「無視」


「シカト」


「絶交」


「二度と口ききたくない」


「顔も見たくない」


「う、うわああああああ・・・!」


あまりの剣幕に半泣きのレオンを見て、ケイトリンがソフィアとミシェルを落ち着かせる。


「まぁまぁ二人とも、そこまでにしてあげてよ」


ソフィアは苦笑すると、レオンの目をじっと見た。


「明日、しなくちゃいけないことわかる?」


「ユージュに優しくする・・・」


「その前に?」


「ちゃんと謝る・・・」


「よろしい!」


ケイトリンは、なんとなく、ソフィアはきっといいママになるんじゃないかなと思った。


「さ、気を取り直してレオンくんの香りを作りましょう!きっとこの先、ユージュちゃんに素直に接することができるようになるわ」


流れで、なぜかソフィアとミシェルもレオンの香り作りを手伝ってくれたが、素材を調合しやすいよう加工するところまでで日が沈んでしまった。中途半端なところで、職場体験期間は終了。

丁度配達から戻ってきたライアンに、レオンを家まで送るよう頼むと、ケイトリンはレオンを見送った。


「香りは工房で完成させておくから、明日学校が終わったら取りにおいでね」


レオンは、気恥ずかしそうに笑うと、礼儀正しくぺこりと頭を下げ、お世話になりましたと挨拶した。


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