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続·アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
6/12

6.素直になれないレオン

「きゃあ!!」


次の日、前日に採取した素材を使って思い思いに調香を体験している生徒達の輪の中から、か細い悲鳴が上がる。

昨日ユージュが採取してきた花々の間から、芋虫が顔を覗かせている。机の上を這い、ユージュの向かいに座るアビーの作業スペースへ向かっているようだ。


「ちょ、やだ!!こっち来させないでよ!ユージュさっさとそいつどうにかして!!」


「で、でも・・・。」


パニックに陥るアビーと同じく虫嫌いのユージュも、芋虫に触れない。おろおろとするユージュの様子に、アビーのイライラは募るばかりだ。


「アンタが持ってきたんでしょ!?責任取って何とかしなさいよー!」


「一体どうしたの?」


ケイトリンが慌てて駆け寄ると、ユージュは青ざめた顔で震えて俯いていた。

あぁ、とケイトリンが虫を取ろうとすると、横から伸びる日に焼けた手がさっとかすめ取った。


「なんだお前ら、こんなのが怖いのかよ。」


事も無げに芋虫をつまみ上げるレオンに、何やらほっとした表情のアビーが尊敬の眼差しを向けている。

お礼を言おうと口を開きかけたユージュを見て、レオンはにやりと笑みを浮かべた。


「うりゃ。」


「ひゃあ!!」


ユージュの眼前に芋虫を差し出し、怯えた表情と悲鳴を引き出すと、心底愉快そうに窓の外へ芋虫を逃がした。

いるいる、こういうことする男子。ケイトリンは呆れてため息をつくと、作業に戻ってね、と声をかけた。


「なー、オッサン先生。」


おもむろにレオンが手を挙げる。


「どうしたんだい?レオンくん」


呼び方を訂正することをとっくに諦めたライアンは、快く返事を返す。レオンは少しバツが悪そうにすると、ライアンをひっぱって工房の隅へ移動した。


「・・・今日アイツは?」


「アイツ?」


「だから、アイツだよ・・・」


「む?」


「ナユユはどこいったって聞いてんの!」


のんびりとした調子のライアンに痺れを切らしたレオンは、つい声のボリュームを抑えることを忘れてしまう。

他の生徒たちやケイトリンからの視線が集まって口をつぐんだレオンに、ライアンはにこにこと笑いかけた。


「そうか、キミはナユユくんのことが気になるんだね?」


「・・・そんなんじゃねぇし。」


「もしかして:恋」


「ちげぇ!!!」


これ以上ライアンがレオンの火に油を注ぐ前に、ケイトリンはさっと助け舟を出した。


「ナユくんなら、今日はウチには来ないわよ?今日はリリーのところで、お札の書き方をお勉強する日なの。」


「占い師のマダム・リリー!?」


作業をしながら話を聞いていたアビーが嬉しそうに声を上げる。


「アビーちゃん、リリーを知ってるの?」


「もちろぉん!なんでもお見通しのマダム·リリーでしょ?先月、占いしてもらいに行ったんだぁ。」


「へぇー!何を占ってもらったの?」


「それは・・・ね、あたし今好きな人がいてぇ・・・」


アビーは頬を赤らめもじもじしながらレオンにちらりと視線を送り、レオンはぎくりと逃げるように目をそらす。

ケイトリンは全てを察した。


「そ、そうなんだ。でもリリーは恋占い、やってなかったんじゃない?」


「うん。でもその代わりにって、学校でのお勉強のことを見てもらったら、最近成績が上がってきてパパにほめられちゃった!マダム・リリーってステキな人よね。」


もしかしたらそれは、アビーが勉強をがんばった結果がついてきただけかもしれない。リリーが経験上、勉強法をアドバイスしただけなのかもしれない。

それでもリリーがアビーに真剣に向き合い、アビーもリリーの言葉を素直に受け入れたからこそ、アビーはこうしてリリーに憧れているのだろう。

親友をほめられたケイトリンは、なんだか自分まで誇らしくなった。


「そうだね!さぁ、じゃあこの研修もがんばって、みんなもっとほめられちゃおう。」


研修最終日までに各々がどんな香りを作りたいかを書き出す作業を行い、明日までに各自自宅でテーマを決めてくるように宿題を出したところで、その日の講義は終了とした。

普段の学校での授業が終わる時間よりも早く、日が暮れるまでまだかなり時間がある。

レオンの心の中にむくむくと意地悪な気持ちが沸いてきた。


「なぁなぁ。」


どこかへ寄り道をしようかと話しているギルとアビーに、レオンが声をかける。


「ナユユの奴からかいに行かね?」


二人は顔を見合わせるといたずらっぽく笑って頷いた。


「暇潰しにはちょうどいいかもなー。」


「あたしも、レオンについていくー。」


帰り支度をしていたユージュは、連れ立って工房を出て行く3人の背中を心配そうに見送ると、ケイトリンに声をかけた。


「先生、あのぅ」


「んっ?」


器具の片づけをしていたケイトリンは、もごもごと口ごもるユージュに向き直ると、にこりと笑った。


「ナユくんのことなら心配要らないよ?例えどんな意地悪言われたって、相手にもしないわよ。昨日見たでしょ、あの子って随分強くなったんだから、ここがね。」


そう言って、“心”を示すように自分の胸に手を当てる。

ユージュはほっとしたように口元を緩め頷いてみせた。


「・・・ナユユがうらやましい・・・わたしも強くなりたいです。」


ユージュが同級生達との間に何かトラブルを抱えているらしいことは、明白だった。

ケイトリンは、んー。と考えると、手にしていた器具を置き、ユージュに椅子を勧めた。


「ちょっとお話、する?キッチンにおいしいライムエードがあるから、ごちそうするよ。」


ユージュは一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに決心した表情を見せると頷いて椅子に腰掛けた。


---


アリステニア名産のライムを薄切りにして漬けたシロップを、お湯や炭酸水、酒類で割るライムエードは、大人にも子どもにも好まれる、アリステニアでは家庭的な飲み物だ。

ユージュはケイトリンに勧められ、目の前の淡いグリーンの輪切りライムが浮かぶグラスを見ながら、小さな声で呪文のように言葉を紡いだ。


「・・・“ユージュちゃんのお口に合うかしら。昨日ランドルフ様の為に多めに作っておいたライムエードが余っててよかったぁー。”」


「え?」


目を丸くしたケイトリンが聞き返すのも構わず、続ける。


「“それにしてもあんなに気に入ってもらえて、なんだかうれしいな。ケイトリンが作ってくれるなら毎朝でも飲みたいーなんて、ヴィンセントったらお兄ちゃんの前で恥ずかしいんだから”・・・ケイトリン先生って、領主様とお付き合いされてるんですか?」


「お!!!オトモダチですぅー・・・」


顔を真っ赤にして訂正するケイトリンになおも構わず、ユージュはさらに続けた。


「“でもお兄ちゃんはこの味昔から苦手なのよね。記憶喪失になっても味の好みは変わらないんだわ。”・・・ライアン先生って記憶喪失なんですか?」


「・・・ユージュちゃん、あなた何でそれを・・・。」


間違いない、つい今しがた心の中で思っていた内容がそっくりそのままユージュの口から紡ぎ出されている。


「先生、わたしのこと、怖いですか?気持ち悪いですか?」


怯えの色を滲ませた、試すような目で正面からケイトリンを見据えるユージュに、驚きで絶句していたケイトリンはゆっくりと首を振った。


「・・・さすがに驚いたけど。そっか、ユージュちゃんはすごい力を持ってるんだね。」


「小さい時は、勘みたいな感じで、なんとなく人の考えてることがわかる程度でした。でも、成長に合わせて少しずつギフトの力が体に溜まっていくと、はっきり、人の心が読めるようになってしまったんです。知りたくもない他人の本音に傷ついて、みんな私を気味悪がって。それがしんどくて仲のよかったクラスメイト達からも自分から距離を置いて・・・」


ユージュはケイトリンから視線をはずすと、大きく息を吐き辛そうに表情を歪めた。


「気づいたら、独りぼっちになっていました。」


ケイトリンがなんと声をかけたら良いか迷っていると、それすらも読んだユージュは気丈に微笑んだ。


「いいんです、先生。先生がわたしの話をちゃんと聞こうとしてくれて、うれしかったです。」


ひとしきり話して満足したユージュは、ライムエードに口をつけると、おいしい、と言って、年頃の女の子らしくはにかんだ笑顔を見せた。


「でもね先生、レオン君だけは違うのよ。」


「えっ?」


ユージュの口からは、意外な言葉が飛び出した。


「みんなわたしから距離を置いたけど、レオン君だけはわたしに構うのをやめなかった。たくさん意地悪を言われるし、嫌なことをされることもあるけれど、一人でいると押しつぶされちゃうから・・・。意地悪でも、わたしにとっては一人よりはマシなの。」


ただのいじめっ子なのかと思っていたが、案外、ひとりぼっちのユージュのことを彼なりに気にかけているのかもしれない。

ケイトリンがそんなことを考えながらふむ、と小さく息を吐くと、ユージュはくすっと笑った。


「・・・そうなんですよね。ただのいじめっ子って見られがちだけど、レオン君の心からは、意外とあまりいやな声は聞こえてこないから。中等学校に通ってる間は、意地悪されたりすることも、あんまりおおごとにしたくない。」


「わかった。でも、無理しすぎないでね。」


ユージュはすっきりした表情ではい、とうなずくと、ライムエードを飲み干し帰っていった。


---


「あら、ナユユのお友達?」


いたずら心で、ナユユが働く占いの館へやってきたレオンたちは、あっさりと主のリリーに捕まってしまう。

ナユユの「まぁ」という呆れ交じりの返事に何か思うところがあったらしいリリーが、にこやかに「貴方達もお勉強していきなさいな」と誘うと、レオンたちは興味本位でナユユの横に並び、札書きを始めた。その後みっちり3時間、修行に付き合わされるとも知らずに。

途中で音を上げたアビーたちがそそくさと館を後にするのを尻目に、レオンは食い下がるようにナユユの隣で筆を執った。


「先生!できました!」


「違うわ。ここは“跳ね”ではなく“払い”。ここも違ってる、全部やり直し。」


「・・・こうですか!?」


「そうね。」


ナユユに良くない事をしようとしているのを見破っていたリリーは、初めはちょっとしたお仕置きのつもりで山積みの課題を与えていたが、ひとたび取り組み始めると素直に根気よく続けるレオンを少し見直していた。温かいお茶を淹れるとナユユとレオンの前にそっと置く。


「・・・今日はここまでよ。頑張ったわね二人とも。」


リリーに褒められ、達成感から思わず二人は顔を見合わせてふふふと笑った。が次の瞬間にはレオンははっとして、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

素直じゃないのねとリリーは布で覆われている口元で小さく微笑んだ。


「どうだった?レオン君。お札を書くのって集中力が必要で、神経を使うし結構大変でしょう。」


「うん・・・最初は大変だったけど、だんだんコツがわかってきたかも。次は、コイツより早く書ける気がする!」


「あらそう?・・・気が向いたらまたいらっしゃい。但し、ここでは喧嘩はご法度よ。それが守れるなら歓迎するわ。」


元気よくリリーに礼を言い館を後にしたレオンの背を見送ると、ナユユはリリーに抗議した。


「またいらっしゃいって・・・!レオンは占いのことなんか興味ないのに。」


「知っているわよ。貴方に意地悪をしようしていることも、一目見て分かったわ。」


それならなんで、とほっぺたを膨らませるナユユを見ると、リリーはおかしそうに笑って言った。


「でも貴方は、そんな彼とも友達になれたらって思ってるでしょう?」


うっと言葉を詰まらせるナユユに微笑みながら続ける。


「心の底では、明るい彼が眩しくてちょっと憧れてたのね。・・・でもナユユ、貴方はもう昔の貴方じゃない。随分成長したし、これからも成長するでしょう。この先彼が困難に立ち向かう時、力を貸してあげられる貴方でいなさい。そうすれば、きっと判り合えるわ。」


レオンと大喧嘩をして以来、ほんの少し頑なになっていたナユユの心に、何でもお見通しなリリーの言葉はすっと沁み込み癒した。

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