八.川を引こう2
「よし、アネモネ」
「はい、兄さん」
「作戦会議だ」
「どんな作戦を?」
「川を引くと言ってもただ通路を通せば良いと言うわけじゃないのはわかるか?」
「え? そうなんですか?」
「ただ掘っただけだとうちに来るまでに水が汚れてしまうだろ? それに染みて行ってしまう」
現代に照らし合わせれば測量を行い、上から下へと流れる不可逆の摂理に沿わなければならない。今回に限って言えば家が川の中流に位置しているのと、通してくる場所に他の拠点はない為やりたい放題できるのが大きい。
「そう言われるとそうですね」
「後は俺が掘った地面を糸で固めてくれないか? 結構な量になるが」
「ご褒美……」
「チュッチュッ」
「あ、やめてください」
「すみません」
「それは嫌ですが……て、手を繋いでくれますか……?」
「そんなのでいいのか? ほら」
体力が必要だから肉を食わせろ、ガブッなんてされたらどうしたものかと思ったが思ったよりイージーな注文だった。
ほれ、と差し出した手をアネモネは緊張した面持ちで握り、白くしなやかな手が俺のタコだらけの手を握る。吸い付くような白皙の肌は陶器のように滑らかで少し冷たくほっそりとした指はもちもちしていて瑞々しい。
そんな事を考えていたのだが、アネモネは鼻息荒く、興奮し始めていた。
「に、兄さんの手……ごくりっ」
「おいおい。今更手くらいで……」
「はぁぁあ……あんな超兵器の弓を引いているだけあってゴツゴツして筋張って、男の手! って感じです。骨格はしっかりしていながらもどこか柔らかい。優しい兄さんみたいに温かくて味があって…手入れをしていないはずなのに肌はしっとりと鳥皮のようにもっちりとしていてスベスベ。がさつきもないしガサツな兄さんからは想像もできない素敵な手です」
「ありがと」
よもや自分の手が分析対象になるとは思いもよらなかった。
こういうのは大抵、男が女に対して胸が大きいだとか髪が綺麗だとかと言うのが殆どだ。
今にして見れば結構失礼な事をしているような気分になる。やられてわかる相手の気持ちと言う奴か。
だが俺は自分の心に素直な男。やめるつもりは毛頭ない。
「トクトクと手から伝わる兄さんの温かさがじんわり伝わってきて……兄さん、兄さん……」
「はいはい、兄さんですよ。でも俺としてはお義父さんって呼んで欲しいかな」
手を抱きこむように握り、顔の元へと持って行くと頬擦りをし始めるアネモネに、この子の将来が少し心配になる。
「味わうのは無しな」
「あっ……!」
うっとりと俺の手を見つめ、プリッとした桜色の唇へと運び込まれる瞬間手を引き抜いた。
如何に綺麗に洗っていようとも男の指を舐めるのは大切な人の為にとっておきなさ…いや、お義父さんはそんなハレンチな真似許すつもりはありません。相手の男にハニかみながら愛用の弓でハニカムにしてやる。
いや、待て待て落ち着け。アネモネがそんなハレンチ行為を目的としたとは思えない。つまりこれは赤ちゃんのような行動。なんでも口に入れたがる症候群だ。
いくら魔物とは言え、未だ生まれて一ヶ月と少し。人間で言えば首が据わったか据わらないかの時期か? だとしたらアネモネはまだまだ子供だ。俺とした事が!
「くっ……俺が間違っていた! 好きなだけしゃぶれぇい!」
「改めて言われると気持ち悪いのでいいです」