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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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七十九.アラクネさん家の事情9

 俺とアネモネは数人のアラクネさん達を引き連れて住処から少し行った森の中に居た。

 その中には青髪のアラクネさんも居る。

 流石にまとめ役をしている白髪の彼女は来ていなかったが、どうやら青髪の子は俺達の監督役としてしばらく行動を共にするらしい。


 アラクネさん達の住処は小アラクネちゃん達を入れても十五人程度と極少数が暮らす集落だ。

 その中から五人も罠講座に参加していると言うのは、十分なやる気があると見てもいいだろう。


「では、必ず殺すと書いて必殺。平穏な暮らしを脅かすお邪魔虫を完膚なきまでに叩きのめす必殺罠(デストラップ)講座を開催したいと思います。以降、俺のことは教官と呼ぶように!」


「「「はーい、教官っ」」」


 わかっているのかいないのか、緊張感が欠片も感じられない何とも言えない黄色い声援染みた返事を聞きながら、俺は作る予定の罠を説明していく。


 とは言え木々の間隔が狭く、空間の少ないこの森で仕掛けられる罠はそう多くない。


 場所が取れなければワイヤートラップの基本とも言える丸太落としや囲い罠も設置するのは難しい。

 更に、十分なスペースが確保出来ないので落とし穴も掘れない。仮に掘れたとしても相手の図体次第では穴が小さくて落ちない可能性もある。


 ならば伐採して動きやすい場所を作ればいいのかと言えば、それも違う。

 アラクネさん達がその気になればワイヤーよりも切れ味の良い『鋼糸』と言うものを使ってバターを切るように木を伐採出来る。

 しかし、そうしないのは空からの襲撃者から身を守る為にわざと木を残しているからだと聞いた。

 それに視界の悪い森の中で不自然に開けた場所が現れたら便利だと思うより先に、怪しさが目立ってしまう。


 だが空間が少ないと言うことは短所でもあり、長所にもなる。

 なので今回作るのは場所をそれほど必要としない、逆茂木と呼ばれる木の先端を尖らせた攻勢防禦柵を主体として行く予定だ。


 本来は平野など見晴らしの良い場所で突撃してくる騎兵の機動力を削ぐために使われる攻撃性の高い柵であるが、森の中で使えば敵性生物の進行方向を絞るのにも使えるだろう。

 上手く行けばそのまま串刺しに出来るし、何より逆茂木と言うのは見た目的にもかなり邪悪だ。刈り取った動物の頭の一つや二つでも刺しておけば、彼の串刺し公さながらである。


 そんなわけで彼女達には困らない程度に切り出した角材の先端を尖らせてもらっていた。


「えいっ、やぁっ!」


「こうして……こうっ」


 可愛らしい声を出しながら、地面に突き立てた丸太の先端に向かって糸を鞭のように振るっている。


 糸の切れ味は凄まじく、見えないほど細い糸が閃を引いて丸太に触れる度、スルリと先端が切れ落ちる。

 俺がナイフでちまちま削っているのとは段違いの仕上がりの速さに、少しだけ自信をなくしてしまう。


 僅かな嫉妬を振り払うべく、アラクネさん達に混じって罠作りに参加しているアネモネをこっそりと見た。


「むぅ……思っていたより、難しいです……」


 先端を綺麗に尖らせようと他のアラクネさん達の作業を見ながら真似しているが、どうやら糸を自在に扱えていないのか、そんな事を言って唇を尖らせている。


 試行錯誤を繰り返しながら頑張っている微笑ましい姿にほっこりしていると、上手く糸を扱えないアネモネを見兼ねたのか一人のアラクネさんが近寄った。


「アネモネちゃん、だったわよね?」


「あ、はい」


「糸は自分の手足と同じよ。力んで無理に振るおうとしても、上手くはいかないわ。よく見ててね?」


 そう言って、ふわりとした焦げ茶色の髪をしたアラクネさんが指揮棒を揮う軽やかさで糸を挟んだ指を振った。


 ――一振り。

 ――二振り。


 風切音すら鳴らすことなく、糸が振るわれる。

 枝葉に光が遮られた森の中では糸が光に反射する事もなく、何をしているかを知っていなければただ指を振っているようにしか見えないだろう。


 やがて茶髪のアラクネさんが「えいっ」と言って木の先端を指で押すと、四つ角がするりと滑り落ちて見事な突起を形作った。


 どうだと言わんばかりに胸を張ったアラクネさんのその顔は、やけに誇らしげである。


「どうかしら?」


「す、すごいです……」


「ありがとっ。でも、アネモネちゃんもすぐ出来るようになるわよ」


「できるように……なるでしょうか?」


「大事なのは経験。大丈夫よ、ちゃんと教えてあげるから」


「――っ! 宜しく、お願いします……!」


 わかっていた事だが、俺は人間である。アネモネには魔物の疑いを稀に掛けられているが、なんと言われようと人間だ。


 そこには、隔絶した違いがある。

 体構造が違うと言う事は、足の動かし方一つを取っても違う。

 アネモネに色々教えてやりたいとも思っている。

 だが、それにも限界はあるのだ。


 ここに来たことはきっと、アネモネの成長に大きく繋がるだろう。


 幹の根本に体を預けながら、思わず溜息を吐いた。

 どれくらいそうしていたのか、上に向けていた視線を戻せば、いつの間にやらアネモネの周りには他のアラクネさん達も集まって賑やかな空間が出来上がっている。


 友達と言うよりは姉妹と言った構図だ。しかもやっているのは極悪な罠作成。

 だが、楽しそうに笑うあの子を見ているとそんな事も忘れてしまう。


「よかったな、アネモネ」


 人間()が教えてやれない事を、たくさん学ぶといい。


 楽しそうにしているアネモネを横目に、俺は再び木を削る作業に戻った。



 それから数日、もう十分と言うほど罠を作った頃だ。


「――来ました」


 地雷原の如く、足の踏み場もないくらい罠を設置した場所を確認し終えて家に戻った俺達に、白髪のアラクネさんがそう言った。


 罠を作って着々と準備が出来ているのに三日もかかる距離を警戒するのも勿体無い。

 ならばと警戒範囲を狭めるように提言したらすんなりと通ってしまい、現在の警戒網を抜けてくるとなると一日程度で俺達の実験場に足を踏み入れるだろう。


「ついに来たか。待っていたぞ!」


「あの、相手はかなり強い魔物なので……あまり、その……」


 感覚としてはずっと待っていた獲物が姿を見せたようなものなので、つい喜びの声を上げてしまったのだが白髪のアラクネさんからは苦言を呈されてしまった。


 確かに不謹慎だった。

 しかし、俺自身やりすぎたと思うほどの罠を埋めてあるのだ。そんな場所を無傷で抜けてくるような化物であれば誰の手にも負えるものではない。


 もしが起こり、いざとなれば俺も弓を握って戦うつもりだが、予想通りに事が運べば一瞬で片がつく。

 アネモネも同様の考えに到っているのか、不安げなアラクネさんに「大丈夫ですよ」なんて励ましの言葉を送っている。


「心配なのはわかってる。だけど仕込みは十分足りているし、アラクネさん達の連携も良い。正直、仕込んだ俺も怖いくらいだ」


「一体、どんな事を……?」


「それは……見てからのお楽しみって事で」


 来るなら来い。

 相手がどれほどの存在であろうと勝負にすらならないだろうと俺はほくそ笑むのだった。

次でアラクネさん家は終了予定です。

以降もお楽しみ頂ければ幸いです。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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