七十八.アラクネさん家の事情8
説明回……のようなもの
会話文は殆どありません。
次話から増える予定です。
まるで最初から用意されていたかのような気持ち悪さを含んだスムーズなやり取りの末に、彼女達に防衛手段を教える事が決まった頃。
「それで、お礼についてなのですが――」
そういって切り出された彼女の話を、俺は当初、突っぱねた。
助けてくれと言われ、我が家のお姫様も助けてあげて欲しいと言われたから。理由はそれだけで他はなかったからだ。
気分としては、知り合いのお宅の裏山に熊が出たと報告を受けたので「そいつぁ放っておけねぇな!」と猟銃片手に山狩りをしに来たのに近い。
放っておけば俺達の住んでいる場所を荒らすかも知れないし、そうじゃなくとも知り合いが困ってたら助ける。その程度の認識だった。
だが彼女はそれを聞くと今までの胡散臭い笑みから、それこそ眉を寄せて困った様子で苦笑を浮かべた。
考えてみれば彼女はここで暮らすアラクネを束ねる立場にある。俺達と他のアラクネさん達の中間管理職的な存在として、彼女の小さな双肩には想像しているよりも遥かに重い責任を負っているのだろう。
だからそこ後で何を請求されるかわからない無償の奉仕を避けようとした可能性が高い。無料と言うのは何よりも恐ろしい甘い蜜なのである。見返りを要求して欲しいと言うのは、なるほど、理解の出来る話だった。
それでは仕方がないと受けた報酬はクインの石眼の株分けと農作物に知識を持つ子の派遣に決まった。元より、ジャガイモは欲しいと思っていたのが背を押した。
人材派遣についてだが、ジャガイモは育てやすい野菜だ。
しかし、素人知識でなんとなくやれてしまうほど畑作業は甘くない。その一点において妥協は許されない。何故なら、栽培に失敗したら悲しいから。
なので知識を持った子の派遣は必須だった。
既になんとなく植えてしまった向日葵やトマトがあるが、向日葵は種からは油を取れるように、油分を多分に含む植物であるため、葉を荒らすアブラムシなどの害虫をそちらに向ける事が出来る。煙草を栽培している場所の周囲にはよく向日葵が育てられている、と言う話を聞いた事がある程度なので効果の程は定かではないが。
しかしここは科学世界とは離れたファンタジック異世界。俺の知識にある向日葵効果がジャガイモに通用するかは不明である。その辺りも踏まえて人材派遣は大きい。
尤も、何か言えば「はい、構いませんよ」の一言でトントン拍子で許可が下りてしまったところをみるに、彼女は俺の何かに興味を持っていただけに過ぎず、それが確認できたから後は好きにしてください、と言った感じがひしひしと伝わってきたのだが……。この際、気にしていても仕方ないだろう。
驚いたのは、話が終わると白い彼女はアネモネが眠っているのを良いことに、体をスリ寄せてきて「お礼とは別に、私を好きにしてもいいんですよ?」と俺の胸板にツツツ、と指を走らせて誘惑してきたことだ。涙を飲んで拒否した己の自制心を褒め称えたい。
大切なものはここにありますから、なんて言っていたあの言葉は一体なんだったのだろうか。
想いはあれど、女性しか居ないアラクネと言う種の存続を担う責任感からなのか、それとも本能の前に過去は些事とわりきっているのか。だとしたらなんとも世知辛い話である。昔の男に同情を禁じ得ない。
大体のすり合わせが一段落し、眠そうに目を擦る青髪のアラクネさんが淹れてくれた、出がらしを何倍にも薄めたような、ほんのりとお茶っぽい味がする水を啜ると最後の確認へと移った。
「それで、その魔物とやらはまだ?」
「はい。かなりの範囲を警戒してもらっていますが、連絡が無いのであればまだ猶予はあります。最前線からここまでに各箇所二名ずつを配置しておりまして、発見次第中継の子を通してここに連絡が来る手筈です。速度にも依りますが、連絡が来たら三日以内には到着する計算の信号ですが未だ連絡がないので少しは余裕があるでしょう」
「なるほど」
連絡がここに届いた時点で三日、と受け取って良いのだろう。
その距離を連絡出来るとは凄い話だが、アラクネの走力や糸に纏わせた魔力とか言うとんでも能力を考えればそれも納得だ。
こうして話をしている間に連絡が来たとしても今は夜。作業に取り掛かるのは明日からになる。
一から罠を準備するとなると二日と言うのは時間的にギリギリだが、これはアラクネさん達に自衛の認識と自信を持ってもらう事を前提としているので話は変わってくる。
「他のアラクネさん達には?」
「既に話はついています」
いつ話したんだよ!
そうツッコミを入れたくなるが、たぶん彼女達の言外のコミュニケーションツールである糸で何かしたのだろう。とてつもなく便利だ。俺も尻から……いや、手首から糸、出ないかな……。
そんな事を考えながら、夜はゆっくりと更けていった。
▽
その後、俺達はそのまま白髪のアラクネさん宅に泊めてもらった。
朝、外から聞こえてくる楽しげな声に釣られて目を覚ます。
いつもであれば胸の上にズシリと来る重みがあるのだが、今日はそれがなかった。
あるべき所に、あるべきものがない。
その事に何とも言えない寂しさを覚えつつ、軽く身だしなみを整えると外に出た。
そこでは青髪のアラクネさんとアネモネが、小アラクネちゃん達と遊んでいた。
「ねーねー、もっと遊んで!」
「ねーたん、抱っこ」
元気な声が聞こえてくる。
俺達の家に来た時は借りてきた猫のように大人しかったが、これが二人の本来の姿なのだろう。子供は元気が一番だ。
しかし、アラクネ特有の遊びなのだろうか。
アネモネ達はドスンドスンと音を立てて容赦なく脚を小アラクネちゃん達に向かって突き立て、それを小アラクネちゃん達は素早い動きで回避しては隙を見て脚に抱き持ち上げられている。
一歩間違えば脚が小アラクネちゃん達を貫く大惨事になりそうなものなのだが、
「すみません、この子達はまだまだ甘えん坊さんで……」
「いえいえ、兄さんも寝てますし、私も出来る事があって嬉しいです」
「そう言って頂けると助かります。ところで――」
アネモネ達は小アラクネちゃん達を見ることもなく談笑に耽りながら脚を動かす器用っぷり。
これがアラクネ流の子供のあやし方なのだろうな……。
なんて事を考えながらぼんやりと四人を見ていると、小アラクネちゃん達が玄関前に作られているテラスで寛ぐ俺に気が付いた。
「にーにー、起きた!」
「にーたん……!」
二人はぴこぴこと頭の上の触覚らしき髪の毛を揺らしながら糸も使わずに木を上ってくる。
その速度は一瞬と呼ぶに相応しい。
「にーにー、甘いの欲しいなの」
ここが定位置だと言わんばかりに胸と背中に張り付いた二人は服をくいくい、と引っ張りながら甘えてきた。
ふっ……どうやら蜜玉に二人はメロメロのようだ。
一度、家の中に戻ると、持ってきていた道具袋から蜜玉を口まで運んであげる。
人間で言えば二歳か三歳程度の大きさしか無い二人には蜜玉は大きく、その頬がぷっくりと膨らんだ。
「喉に詰まらせないようにな?」
「ふぁいっ!」
「あいっ」
顔を蕩けさせた二人に、俺も思わず顔が綻んでしまう。
この尊い笑顔を守るためにも、今日は気合を入れて頑張るとしよう。
そう、気合を入れ直した。
次回更新は本日の夜か明日の昼前を予定しています。
アラクネさん家の事情は十話完結(予定)です。
進行遅めですが、以降も楽しんで頂けたら幸いです。




