七.川を引こう1
「なぁ、アネモネ」
「何ですか、兄さん」
「川、遠くない?」
「そうですか?」
俺達は近くの小川へと出向いている。やはり現代人としては身綺麗にしておきたいところではあるし、アネモネも年頃の娘なのでやはり綺麗好きだ。間違いなく俺の影響を受けている。そう実感出来る一コマではあるのだが如何せん川までが遠い。
行くまではいい。しかし体をいくら綺麗にしても帰りにどうしても少し汚れてしまう。これでは全く意味が無い。
そこで俺は家の直ぐ近くまで川を引く決心をした。
「やるぞ」
「兄さんは変なところで大変な労力を割きますよね。もっと他に使っては?」
「俺の時間はお前の為にあるからな」
「っ~!」
と言うよりもそれ以外にやる事がない。
食べ物はアネモネが拾ってきてくれるので俺はその間に畑を作ったり木々を圧し折って敷地を広げたりと、分担した生活が出来ている。何より元から自足生活が気に入っているのでそういう欲自体が存在していない。
「川を引けば魚が迷い込む可能性が増える。すると…」
「すると?」
「魚が食える」
「はぁ……」
「後、毎日体を清潔に出来る。すると……」
「すると?」
「いつでも一緒に眠れる。身奇麗になれば気持ちだって違ってくるだろうからな!」
「引きましょう、川」
女心は秋の空。代わり身の早さに驚くがそんなものだろう。
家の近くを川が流れれば畑の水やりも楽になり生活水準はぐんと上がる。人の営みに密接に関係する水は生きる上で欠かせない。
何より家の前に川が流れていると言うのは風情がある。
川を引きたい一番の理由がそれだと言うのはアネモネには黙っておこう。
▽
幸いな事に水場は家の上流にある。難しい事を考えずとも家の前まで支流を作ればいいだけなので作業時間はそれほどかからないだろう。
「もっとないのですか?」
「なんだ、アネモネは家の周囲を栄えさせたいのか?」
「いえ、そう言うわけじゃないんですが。兄さんならもっと頭のおかしい事をするのではないかと」
「俺を何だと思っているんだ。森で生きる術は知っていても俺は建築家じゃないんだぞ? そんなあれこれ出来る人間だったらあの小屋だって修繕してるだろ」
「確かにそうですね。ごめんなさい」
「いいんだよ。素直なアネモネも可愛いな」
「ば、馬鹿な事言ってないで早く引きましょう!」
ちゃんと素直に育ってくれているようで一安心だ。ツンツンしているのもいいが、少ししおらしいアネモネもまた魅力的だ。
川を引くと言ったのは良いがやる事は多い。
くねくねと木々を避けるように掘っても仕方ないのである程度直線になるように整地した後、地面を掘り返す必要がある。それに道具だって手作り感満載の鍬と鋤しかない。
木は結構固いとは言え、それを越える鉱物が無いとも言い切れないのでその調査も必要だ。
「一旦小屋に戻るか」
「はい。兄さん」
最近……いや、アラクネの二人が小屋に来てからと言うものアネモネのスキンシップが増えてきている。その中でもお気に入りなのが俺をお姫様抱っこする事だ。
小さな少女の体の下に付く蜘蛛の下半身は一般的な成人男性が四つん這いになっているほどのサイズがある。足腰がしっかりしているからか俺が乗っても機敏に動く事が可能な程だ。
絵面が宜しく無いので断りたいのだがアネモネは俺を抱きかかえている間は非常に機嫌が良いので黙って抱かれている。
それにしても改造を加えた愛用の和弓は60キロ以上あるのだがそれも一緒に抱えているアネモネの筋力は実は凄いのではないだろうか?
アイアンウッドを圧し折れないと言うのはひょっとしたら嘘なのかも知れない。年頃の女の子が木を素手で圧し折っている方が問題なので、それは俺の胸だけにしまっておこう。
俺がアネモネのお世話になるのは移動速度の効率面もある。木々を飛び移っての移動なら俺の方が早いが地面を走る速度なら断然アネモネに軍配があがる。これも一つの分担作業のようなものなのだが、アネモネの顔に少しばかり邪な気持ちが見え隠れしているように感じるのは何故だろうか。
ともあれ嬉しそうに俺を抱きかかえて地面を走りながら涼しい顔をしているアネモネに感謝を伝えた。
「ありがとな」
「いえいえ」