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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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七十六.アラクネさん家の事情7

 謎多き男は得てして不思議な魅力があると言うが、それはどこか危うさを伴う危険な色香に本能がヤられるからだ。

 謎多き女性、それも絶世と言って良いほどの美女もまた、同じである。


 茶目っ気のある白い彼女の不意打ちに、くらりとノックダウンを取られそうになった俺を正気に戻したのはアネモネからの脇腹の肉を(つね)り上げると言う容赦のない一撃だった。


「ツンっ」


 右を見ても左を見ても、それこそ上や下を見ても美人さんしか居ないアラクネさんたちにデレデレとしていたのが気に入らないのだろう。我が家のお姫様は大変ご立腹だ。


 しかし、俺が男である以上、ここに居る限り俺の鼻の下は床知らずに伸び続ける。

 惜しいと思わずには居られないが、アネモネを怒らせ続けてしまうのは本意ではない。


 俺達のやり取りを見てくすくすと楽しげに笑う白い彼女に事の次第を確認して要件を済ましてしまおうと口火を開いた。


「遅くなりましたが、俺は――」


「お兄さん、ですよね。今、話題の。私もお兄さんが欲しいと思っていたので、お兄さんと呼ばせていただいても?」


「え? はぁ、それは構いませんが……」


 話の腰を折らないで欲しいのだが、彼女のペースに飲まれている。

 こういう掴みどころのない人は、どうも苦手だ。


「兄さんは私達よりも頭の中が魔物ですからね」


「……」


 頭の中が魔物とはどういう事なのだろうか。

 隣から援護爆撃を喰らったが、俺はそれしきの事でめげたりはしない。


 わざとらしく咳払いをして、強引に話を戻すとする。


「うぉっほん! えー、俺は彼女の兄をさせて貰ってます。名前は……好きに呼んで下さい。それで、話は既に聞き及んでいると思いますが、そちらの青髪の彼女からお困りと聞いて来ました。ここまでは宜しいですか?」


「えぇ、大丈夫ですよ」


 目の前の彼女は儚げに微笑むだけで、それ以上の話を自分からしようとしない。


 やはり、俺は彼女が苦手だ。

 それは彼女がとんでもない美女だからだとか、ましてや魔物だからだと言う理由からではない。

 原因はわかっている。

 まだ楽隠居を決めずに人の社会で生きて来た頃に感じた居心地の悪さを今、彼女から感じているからだ。


 つまり、彼女は微笑みの裏に何かを隠して対談している。

 一度そう思ってしまうと、彼女の笑顔も作り物っぽく感じてしまうのは疑心暗鬼に過ぎるだろうか。


 予想が正しい確証はない。

 だが、今日一日アラクネと言う種族の生活を見て確信した事が一つある。


 だからこそ、俺は思ったことをそのまま彼女に伝える事にした。


「戦う力がない、なんてのは嘘ですね?」


 睨み付けるようにして凄んでみたが、しかし、それでも目の前の彼女は飄々と笑うだけだった。



 狩りを行う者に必要なのは何よりも忍耐力である。

 獲物が現れるまで、確実に仕留められる状態になるまでの忍ぶべきを忍び、耐えるべきを耐える。

 言うのは簡単だが、これが非常に難しい。


 人は欲深い生き物だ。

 今なら行けるのではないか?

 そんな慢心が心に少しでも生まれてしまうと逸る気持ちは気配となって現れる。

 警戒心の強い獣は自然界に存在しないそんな気配を、第六感と言うセンサーを使って鋭敏に感知してしまうのだ。


 だからこそ、その焦りを抑え込むのは最早、才能に近い。


 俺がアラクネと言う種族に感じたのはその待つと言う才能。

 いくら親しくとも差し迫る危機がある中で漫才をカマし、景色に見蕩れていたら嫌な顔の一つも出てしまうものだ。

 しかし彼女達は温かい視線やその他のよくわからない視線を送ってこそすれ、不快気な気配の視線を寄越す事はなかった。

 それは彼女達が待つと言うことが苦ではないからだろう。


 それに、才能の片鱗は生活に良く現れている。

 畑仕事と言うのは、長期的な視点で行うことが要求される。

 天塩を掛けて子供のように可愛がっていても、次の日には虫が卵を産み付け、一晩で葉を食い散らし、時間をかけたのに疫病で作物が一瞬でダメになる事もある。

 栄養のある肥料を撒こうが、愛を唱えようが、一晩二晩で成り立たないのが畑なのである。

 だから彼女達は先天的に待ちの才能を備えている。


 恐らく、蜘蛛の特性も大きく関係しているはずだ。

 蜘蛛は徘徊性と言う、外を歩き回って獲物を探す性質を持つ一部の蜘蛛を除いて、地中性や半地中性と言う穴を掘って身を隠して地中から獲物を来るのを待ったりする性格のものや、巣を作ってじっと獲物が糸に掛かるのを待つ生物だ。


 一緒に暮らしているアネモネの寝床を見ても同じであるし、目の前に広がるハンモックもそうだ。来れは謂わば巣なのだ。


 そしてアネモネはその巣で寝ることもあれば、俺と一緒にベッドで寝ることもある。

 俺は学者じゃないのであくまで予想だが、蜘蛛の下半身を持つ彼女達にすれば"待ち〟と言う行為は遺伝子に組み込まれた極々自然な動作の一部であり、その遺伝子があるからこそ、根っからの狩人足り得ているはず。


 そんな根っからの狩人に、俺は何を教えればいいんだ?

 むしろ俺が教わりたいくらいだ、とは情けなくて言えなかった。


 まぁ色々言いはしたがそれとは別に、求められている事の予想も付いている。


 それは彼女達の性格が穏やか過ぎる事だ。

 言い換えれば戦う心構えがない。


『歴戦の古強者でも心構えがなくば、新兵にすら劣る』


 とは俺を鍛えてくれた祖父が口にしていた言葉だ。


 実のところ、手のひらサイズと言う極悪フォルム故に、一昔前まで一噛みで人間を殺す毒蜘蛛キングだと思われていたタランチュラも、実は非常に大人しい種類もいる。

 ともすれば、彼女達アラクネは狩人としての資質を十分に備えていながら穏やかで優しい性格から、無理に狩りをする事をやめた先に農業知識が発達したのではないだろうか。そう考えるとしっくりくる。

 高性能な糸を使った警戒網を張れる事も相まって自然界で生き残る為に必要な闘争心が弱いのも納得だ。


 しかし、個人の感情として言えば彼女達の性格は大いに歓迎したいところであるし、美徳だとも思うが、住んでいる場所が危険と隣合わせの森であることを加味すると手放しに良いとは言えないのが辛いところだ。


 これらから導き出される答えは、そう多くなかった。


「流石はまとめ役、と言ったほうが宜しいですか?」


「うふふ、お褒めに与り光栄です」


 皮肉って見たが、それでも余裕の笑みを浮かべる彼女に、俺は頭を抱えたい気分を隠しきれる自信がない。


 少しでもこの疲れた頭を癒やされたいと隣を見れば、アネモネは腕に抱きつくようにして眠っていた。

 水面下で行われている汚い大人のやり取りを見られなくて良かったと思う半面、羨ましくもある。こんなまどろっこしいやり取りは誰かに丸投げして俺も家で眠っていたいと切に思う。


 しかし俺はやり遂げねばならない。アネモネと、俺の安寧のためにも……!


「で、俺は彼女達に戦い方を教えればいいんですか? アネモネが居てくれるおかげで一通りアラクネの糸の汎用性は知っているつもりですし、相手が想像を飛び越えてくるようなとんでも生物じゃない限り、ちょっとした指導さえすればなんとかなる自信はありますけど」


「あら、それはありがたい話ですね」


 事もなし、と彼女は口元を手で隠して笑っている。


 とんだ食わせ物だ。

 一体、どこからどこまでが彼女の筋書きだったのか。

 他のアラクネさん達の様子からみるに、アラクネさん達の中でもこんな面倒な相手は恐らく彼女くらいなものだろう。


 ずっと昔の事とかなんとか言っていたし、見た目を裏切る実年齢が何歳かは知らないが、そこは年の功なのだろうとでも言っておこう。


 できればアネモネには彼女みたくならないで欲しいものだと思わずにはいられなかった。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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