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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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七十二.アラクネさん家の事情3

 膝程度までしかない身長。コロコロとした大きな瞳。黒に見える深藍色の髪はボブカットにされており、ぴょこんとりんごのへたのように毛を跳ねさていた。と言うよりボブカットと子供特有の少し丸みのある顔も合わさってりんごだ。可愛い!


 二人の子供のアラクネはクイクイと袴の足元を小さな手で引っ張り、目を潤ませながら俺を見上げていた。


「ねーたん、いぢめちゃ……ヤ」


「ねーねー……かわいそ……」


 目の前で勝手に怯えだしたのに二人の中ではどうやら俺が虐めた事になってるらしい。


 まずい。

 俺が話しかけてもアラクネのお姉さんはひんひん言うだけだし、二人のおちびちゃん達は俺を責めて来る。可愛いおちびちゃんに責められるのはどうしてこうも心を抉るのか……ッ!


 アネモネを起こすべきか?


 駄目だ、よく考えろ。

 場合によっては外で作った女が産んだ子供を拒絶した最低男のような絵面だ。早とちりなアネモネのことだ、間違いなくこの負の連鎖に加わるだろう。


 くっ……一体俺が何をしたと言うのだ。


 しかし、一度子育てを経験している俺は慌てない。

 アネモネのときはまだこちらの世界に来たばかりで色々と足りていなかったが今はそうじゃない。ちゃんと懐柔用の蜜玉(アイテム)もある。


「違うぞ? 虐めてないよ? そうだ、蜜食べるか?」


 木皮の袋を懐から取り出す。


 中身を取り出し二人の目の前に見せると二人は袴を掴んでいた手を離し、流れるような動作でサッと体を這い回って一瞬で両肩にまで上がってきた。


 背中越しから頭を出す形で俺にくっ付いた二人が今度は道着の背中をクイクイと引っ張る。


「いーの……? 食べて、いーの?」


「うにゅにゅ……」


「もちろん。ほら」


 生殺しは可哀想なので口に蜜玉を放り込んでやるとおちびちゃん達は体を揺さぶって喜び始めた。


「んー! うぅー!」


「あま、あま!」


 肩に顎を乗せ、次第にとろんとし始めた二人の跳ねた毛がぴょこぴょこと動いている。


 これは生き物なのだろうか?


 そう思える程元気に毛が動き回っている。どうなっているのだろう……謎だ。


 右肩に顔を乗せている子は一本、左肩の子は二本の毛を遊ばせ「はふぅ」と満足げに息を吐く。


「にーたん、いい人」


「にーにー、しゅき」


「ははは。可愛いなぁ」


 蜜玉一個で随分懐かれてしまった。


 アネモネは子供時代が短かったのでなんだか少し懐かしくなり二人の頭をわしわしと撫でる。


 二人はそれが気持ち良かったからか、もっと撫でろと言わんばかりに頭を両頬に押し付けてきた。


「もっと、ちて」


「もっと、もっと」


 目の前では未だにアラクネのお姉さんが震えているのに俺は何をしているのだろう。

 そうは言ってもお姉さんはひんひんと泣いている。

 

 泣いた女性は手強い。


 どうしたらいいか分からず困っていると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。


 どうしたものか……最も恐れていた事態だ。


「兄さん……?」


「はい……」


 嫌な汗が背中を流れる。


 俺の本能が叫んでいた。ヤバい、と。


 振り返ることもせず、俺は背後のアネモネへと諭すように話しかける。


「違うぞ?」


「何が、どう違うんです?」


「えっと、それは……」


 なんと言うべきだ?

 この子達は俺の子ではないと言うべきなのか?


 駄目だ。こんなに懐いているのにそんな言い訳はアネモネを刺激するだけで解決にならない。


「えっと、えぇっとぉ……」


 額からも汗が滴り胸が早鐘を打つ。


 万策が尽きたかと思われたそのときだった。フッと肩の重みが消えた。


「あれ」


 どこに言ったのかと反射的に足元を探すと、二人は小さな体を張って俺を守ろうとアネモネとの間に両手を広げて立っていた。


「にーたん、いぢめちゃ……ヤ」


「にーにー……かわいそ」


「お前達っ……!」


「なっ! ……はぁ、もう。これじゃあなんだか私が悪いみたいじゃないですか」


 小さいからだをぶるぶると震わせる二人に毒気を抜かれたのか、アネモネは肩を竦めた。


「いや、すまない。俺も状況がよく飲み込めてなくてな」


 体を横にずらして蹲っているアラクネのお姉さんを指差した。


「私が眠っている間に一体何が?」





 珍しくアラクネさんが寄ってきたと思ったら突然泣き出したと伝えると案の定アネモネは何かしたんじゃないかと疑ってきた。無論、俺は無実を主張し続けた。


 女性しか存在しないアラクネの人にとって男である俺が居ても威圧しか与えないだろうと言う事で、アラクネさんはアネモネに任せて俺と子供二人は家のフリースペースで遊んでいた。


 胡坐を掻いて座ると二人はササッと膝の上に両側から頭を乗せる。それのなんと可愛らしいことか。俺はすっかり二人にメロメロになっていた。


 アネモネに子供が出来たらこんな感じなのだろうかと姪っ子や孫の感覚で二人の頭を撫で回し、頬を突けばきゃいきゃいと騒ぐ。


 しばらく二人を転がしていると遊び疲れてしまったのか、俺の指にしゃぶりついて寝息を立て始めた。


「可愛い……」


 指にしゃぶりついたりはしなかったがアネモネもこんな風だったなぁと思い返し頬を緩めているとアネモネがアラクネさんを連れ立って家の中に入ってきた。


「兄さん」


「さ、先ほどはっ――」


「しー!」


「う、羨まし……」


「まぁっ。これは……重ね重ねすみません」


「お気になさらず。それで、もう大丈夫ですか?」


「えぁ」


「兄さん、そのことなのですが」


「ん?」


 言い難いことなのか、アネモネは眉を寄せながら忙しなく手で横髪を梳き、アラクネさんはアラクネさんで俯いて肩を落としていた。


 スゥスゥと響く小アラクネちゃん達の寝息ばかりが目立つ。


 重々しい空気が漂い始めた心地の悪さに俺は続きを促した。


「どうした?」


「あ――」


「私達を……助けて下さい!」


 アネモネが何かを言おうとした矢先、地面に頭が付くのではないかと思える程アラクネさんは深く腰を折った。


 面白い話ではなさそうだ。

 そう思いつつも、聞かされた話はやっぱり面白くない話だった――。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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