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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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七十.アラクネさん家の事情1

 蜂の巣と言うものは女王蜂が一人で作り上げる。それはこの世界でも同じだったようで、皇太后蜂が住み着いてから早数日、玄関ポーチの空いているスペースには立派なロウと花粉の巣が出来上がっていた。


 蜂はアネモネが言っていた通り、蜜玉を作りはするが自分では食べないようで、たまに重そうに脚にくっ付けてふらふら飛んでいたりする。


 かく言う蜜玉は不思議な物で、ゴルフボール大の蜂蜜が液状のまま(・・・・・)で丸められて脚にくっ付いているのだ。

 取り外すと形を保てず液体になるのかと思ったらそんなことはなく、まるで見えないほど薄い皮に包まれているかの如く固形を保っていた。突くとぷるんと波打つ不思議な固形物は見ていても楽しい。


 蜜玉の原材料となっているであろう花粉だが、蜂は知らないうちにどこかに飛んで行き、元がわからないほど体中にモッサリと花粉をつけて帰ってくるので何の花の花粉かわからない。が、無理に知る必要もないと思っている。アネモネが糸を出すのを恥ずかしがるように、蜂にも知られたくないプライバシーはあって然るべきだ。


 そんなわけで謎の花粉で作られた蜜玉はサクラの花で作られたように柔らかいが非常に芳醇な蜜で、上品。喉の奥がツンとしたりイガイガしたりしない。

 口に入れても溶け出すことなく、くにゃりくにゃりと形を変えて口の中で溶けていく蜜玉はアネモネが言っていた通り極上だった。


 しかし美味しいからと言っても甘味なので消費量は少ない。なのに巣と同じく花粉を使うと言う事で、急ピッチで作られて行く巣と共に増えた蜜玉は家の中に山のように積み上げられており食べきれないほどである。


 そこで、今度来客があったときに茶請けとして出そうと思ったのだがそのときが来るまで入れておく箱が無い事に気がついた俺は外で木を削っていた。


「なんか、木を削ってばっかりだな……」


「兄さん、あーん」


「……あーん」


「美味しいですか?」


「おいひい」


「んふふ」


 森の食材もこれから冬を越すのかと言うくらい貯蔵が出来てしまっているためしばらくはアネモネもやる事がなくなっていた。なのでこうして隣に座って木を削るのを見ていたのだが、飽きてくると蜜玉を俺の口に運ぶのがここ二、三日の過ごし方だ。


「兄さん……わ、私にも……」


「欲しがりさんだな」


「っ! 意地悪言わないでくださいっ」


「冗談だ。ほら、口開けて」


「あーん……」


 アネモネは自分から強請るが、いざやるとなると恥ずかしいのか、目を閉じて神にでも祈るように手を組み合わせて口を開ける。ぎゅっと目を閉じるので目の前で手を振っても気付かないほどだ。


 しかも蜜玉を入れずにいると早く寄越せと艶かしく舌をチロチロと出して動かす。はしたないと思う反面、その様子が可愛くて仕方ない俺はいい加減にしないと臍を曲げられそうだとわかっていてもやめる事が出来ない。


「ひ、ひいはん……はやふ……」


「っふ」


はに()はらってるんでふは(笑ってるんですか)ー!」


「悪かったよ。はい、あーん」


「はーん……。んんっー!」


 口の中にポイと蜜玉を放り入れ、ダメ押しに頬をぷにっと押した。


 アネモネは無防備に口を開けていた事と頬を押された恥ずかしさ、そして蜜玉の極上の甘味に、両手を顔に添えてやんのやんのと体を捩った。


 ……守りたい、この笑顔。





 子供だったら隠れることが出来そうなサイズの木箱をいくつか作り、働くことの喜びを思い出した俺はショートボウを作っていた。


「アイアンウッドって言ったか。この木は本当に弓に向かないな……」


 製鉄できない今、矢のバランスを取る役割を果たす鏃がない。そういう意味では硬く、重みのあるアイアンウッドは矢の構造材としては優秀だ。


 普通の弓だと矢の()が重いと飛び難くくなると言う難点があるが、科学と小さいものを作るのが大好きな国民性を持ったままで居てくれた知人のおかげで俺の使っている機械和弓(コンパウンドボウ)は弓の弦を巻く上弭と下弭の内部に自動調節用の小さな歯車がいくつも仕込まれている。

 下弭に取り付いているアンカーもそうした内部機構の一部で、戦国時代に極少数が使ったと言われる弭槍としても使うことができる優れものだ。


 弓を引くのに必要な力が二十五から三十キログラムになると強弓と言われるようになる。


 正確な話ではないが、二十キログラムの弓を引いた場合、矢の速度は三十キロ前後。弓の作りや矢の重さなど様々な要因が加わるので当てにはならないが。


 しかしあの時、シャーネに向かって射った矢は消えたようにしか見えなかった。元の世界で射っていたときは慣れていたのもあって矢を目で追えていた。だと言うのにこの世界に来てから不思議な力で強化されてしまった矢は目で追えなくなっていた。なのでどれくらいの速度が出ているか予想も付かない。

 少なくともソニックブームが起きるのはマッハだったはず。元の世界で普通に矢を放てたときの速度は三百から四百キロくらい、今は千三百キロくらいは出ているのではないだろうか。自分で言っておいてなんだが、どちらにしても恐ろしい速度だと思う。


 機械和弓は素の状態で引くと二百キログラムはかかっていると思われる。

 何故思われる、なんて半端な言い方かと言うと機械的、力学的な科学技術に支えられた機構(ギミック)の恩恵を受けている機械和弓の弦の重さは体感的には四十キログラム前後まで落ちているからだ。


 威力は二百キログラムの物なのに引くのに必要な力が四十キログラムで良いと言うのは破格も破格。

 なんて言っていても、四十キログラムの弓を引くなんて我ながら人間業ではないと思う。どうして三十キログラムオーバーの化け物弓を引くことが事が可能なのかと前の世界でもよく聞かれたが、それは鍛えたからだとしか言い様がない。そこはこの世界でも同じだ。


 兎も角、俺の引く弓であれば矢がいくら重たくても問題にはならないので構造材として向いているのだが、今作っているものは半月状に削りだした木の両端にアネモネの糸を巻いたなんちゃってショートボウだ。あの機械和弓じゃない。だから重い矢は向いていないと言うわけだ。


 しかも愛用の機械和弓と比べたらサイズも吸盤の矢を飛ばす玩具みたいな小ささで、引けばミチミチと音を立てる。武器として使えるか不安この上ない仕上がりだ。

 俺は専ら弓を射る弓士であって、弓を作る弓師ではないので畑が違うのだから仕上がりが残念なのは当然なのだが……。


 弓の理屈はなんであれ、元がおかしな性能の弓だからこそあれほどの威力が出るのだとすれば残念な弓を作ればそれなりの威力に落ち着くのでは? と考えた末にこうして弓作りを始めたのだが……


「あまりに酷すぎる完成度だ……」


 俺は自宅の警備を一手に引き受ける敏腕警備員を自称している男だが、やはり狩人として弓矢を放ちたい衝動には逆らえない。


 でもこの弓は引きたくない。


 俺はジレンマに震えた。


 そして、そんな禁断症状を発症した俺を癒すのはいつだって我が家のお姫様だ。


「兄さん、何をしてるんですか?」


「あぁ……弓を……作ってたんだぁ……」


「に、兄さん? 大丈夫ですか?」


「……大丈夫」


「には見えませんが」


 勢いで強がってはみたが、アネモネの言う通りまったく大丈夫などではなかった。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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