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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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六十八.初めては蜜の味2

 もふもふ産毛を堪能しすると蜂を地面に下ろした。


 どこか残念そうな雰囲気を出しながらも蜂は目先の位置に移動するとくるりと振り返る。そして尻尾でバランスを取りながら棹立ちになると残りの四本をわちゃわちゃと動かし始めた。


「何してるんだ? って聞いても駄目だったな……」


 にしても、超巨大な蜂が二本足で立っている姿はシュールだ……。


 なんて現実逃避をしている場合じゃない。


 蜂は何かを伝えようとしているのはわかるのだが、それが何かわからない。


 産毛を堪能しながらも傷を負っていた部分を確かめておいたが傷跡は綺麗に消えていたし、こうしてのほほんと久闊を温めているからには危機が迫っていると言うわけでもなさそうだ。


 心当たりがあるとすれば活力を取り戻させるためにうちに来いと言った事くらいだが……まさか蜂に犬並みの嗅覚があるわけじゃあるまいし、俺を追ってやってきたと考えるのは難しい。


 だとするとそこから導き出される答えは一つ――!


「お前さん、道に迷ったのか!」


 渾身の名推理。


 ……のつもりだったのだが、蜂は四本の脚を器用に曲げて肩を竦めると言うシュールな反応で返し、やれやれと首を振ったのだった。





 結局難解な謎掛けに苦しめられた俺は手当たり次第に質問をぶつけ、知恵熱が出そうなくらいヒートアップしたところで正解を得る事に成功した。


 蜂に「俺を追ってきのか?」と聞くと、右の触覚を動かして肯定した見せた。

 驚きだ。真っ先に無いと切り捨てたものが正解だとは……俺も耄碌したものだ……。老いとは辛いな。


 蜂はフェロモンを出すことで飛行した経路を辿れると聞いたことがある。ひょっとして俺は蜂を可愛がりすぎていつの間にか蜂に進化していて、男の色気を振りまいてしまっていたのかと慄いたが、そうではなかった。


 何故俺の居場所がわかったのかを素直に質問すると、蜂は俺の頭の上に移動し髪をクイッと引っ張った。


 そう。蜂は俺の髪の味か、それとも毛根から滲み出るフェロモンを追ってきたらしい。当たらずも遠からずと言ったところだ。


「そうか。お前さん凄いんだな……何にせよ生きててよかった。茶葉が無いからお茶は出せないけどアネモネが拾ってきてくれた無花果(クリミア)を干した干しクリミアがあるんだが……。これが中々イケてな。お前さんもどうだ?」


 塩がないので魚は干せないが果物は食べきれない分は干すことで甘みや旨みを凝縮し、更に日持ちさせる事が出来る革新的技術だ。


 玄関先にはアネモネが拾ってきてくれるキノコや果物が吊るしてある。そこからクリミアを二つ取ると大きな顎の前に差し出した。


 魚肉団子を食った蜂なら果物だってイケるに違いない。


 案の定蜂はガッチリと干しクリミアをホールドした。俺は蜂を背中から抱き上げると胡坐をかく。スッポリと足の間に納まった蜂は咀嚼を始め、俺も倣って干しクリミアを齧った。


 干されたクリミアは干されていない物よりも甘みが増していて鼻を抜けるクリミアの香りが心地良い。ただ食感に関して言えばレーズンのようにねっちょりしているので、俺は干しクリミアより瑞々しくてジューシーな生クリミアの方が好きだったりする。


 好きな人は好きだが、苦手な人は苦手と好き嫌いが大きく分かれる食感だ。


 しぼんで小さくなったクリミアは美味しいが到底満腹感を得るための食べ物ではない。勝手に食べてはいけないと事前に話し合っていたわけではない。

 だがマナーやモラルの範囲内で考えれば可愛い妹が働いてるのに自分はのほほんと果物を食べていたなんてのは噴飯物だ。なのにアネモネの帰りも待たずに腹を満たしたとなれば間違いなく怒髪天を衝く。


 中途半端に物を口に入れたせいで無用な空腹感に襲われつつも、今はこれだけだと何とか己を律した。


「悪いが、一個までだ。俺もまだ食べたいが、今は我慢のときだ……」


 そう言うと蜂は胡坐の上から飛び降り渋々と水を飲みに川辺に向かって行く。


 残念そうにチラチラと干しクリミアに何度も視線を送っているが勝手に食べたりしない辺り、本当に物分りの良い蜂だと感心しっぱなしだ。





 蜂と並んで川の水で腹を満たしていると、正面の藪がガサリと揺れた。


 しかし俺は動じるどころか顔を上げすらしない。


 こんな場所に来る相手は一人しかいないし、敵性のある獣などの生物ももいきなり飛び出してくる程愚かじゃない。

 だから驚く必要もないと言う事だ。


 顔も上げずに川の水をがぶがぶと飲む俺の後頭部に鈴の音がリンと鳴った。


「戻りました」


「おかえり。怪我はないか?」


「ありません。もう……兄さんはいつまでも私を子供扱いしてっ」


 ぷりぷりと文句を言っているが、可愛いことで拗ねてしまう子を愛でたくなるのは当然だ。


「ぼぶが」


「……。流石に話をするときは顔を上げてください」


「ぷはぁ。すまない。そうか、怪我がないならよかった」


「まったく……なんだか、私だけ怒っているのが馬鹿みたいじゃないですか……」


 おや……?

 どうやら俺があまりに普段通りに接しすぎて毒気を抜かれてしまったようだ。


 ちゃんとアネモネの気持ちを理解した上で和解したかったのだが、こんなときはどんな顔をすればいいのか……。


 そう言えば前に困ったときは笑ったらいいと言われたことがあったか。


 なら……、


「そんな事はない。怒ったアネモネも可愛いからな!」


 親指をぐっと立てて茶化した。


「っ~! な、何をいきなり……そ、そそそ、そんな事をい、言っているのですかっ!」


 笑うべき場面ではなかったらしい。


 まぁ、ツンケンした気配は消えているのでこれはこれでよかったのだろうが……。


 どうしたものかな、と顎を扱いた。


「いや、前に困ったときは笑ったらいいってアネモネが……。まぁ可愛いってのはずっと思ってるけどな」


 アネモネの見た目は美人系なのだが、仕草がいちいち可愛いせいで見た目に反して幼く見える。それが美人の部分を削ることなく可愛い印象を持たせてくる。美人は何をしても様になると言うが、それを差し引いてもアネモネなら何をしても様になると思うのは俺がアネモネを溺愛しているからだろうか……。


 自分のシスコンっぷりに若干呆れつつも、アネモネの目を見て軽く笑うと、アネモネは顔を真っ赤にしていた。


「あーもうっ! 兄さんのバカバカ、おバカ! わた、私はそんな表情一つ、言葉一つでコロッと気持ちを返せる程単純なレディではないんですからぁっ」


 と言いつつもチラチラと視線を送ってくる。


 わかっているさ……。俺を誰だと思っているんだ? まったく、アネモネは欲しがりさんだな。


 俺は間髪入れずにアネモネが欲している言葉を紡ぐ。


「わかってる。アネモネは立派なレディだ」


「本当にそう思ってますか……?」


 俺はアネモネの疑った視線と声音に少しばかり逡巡する。


 何を以ってして立派な淑女とするのかはそれぞれだ。しかし淑女の嗜みとして武芸に励む時代もあったのだから、一人で森に入ってその日の糧を獲て来るアネモネは立派な淑女と言っても問題ない……と思う。


 逆に淑女ではないところを強いて挙げるなら、将来を誓い合った相手じゃない相手()と同衾してしまっていることくらいか……?

 いやいや。馬鹿な。俺達は兄と妹。同じ腹から生まれたわけでもなく、同じ種族でもないがそんなものは些細なことだ。そう言うスタンスなのだからこれは同衾ではなく寂しいとぐずる子供を慰めているのと変わらない。


 まぁ、少しばかり人見知りな部分もあるし頑固なところもあるがそれは俺に似てしまったのだと諦めてもらえばよっぽどな事をしない限り物腰は丁寧で相手を思い遣れる優しい心根の持ち主なのでアネモネはしっかりと淑女している。


 ならば迷うことは何もない。


「勿論だ」


 目を見据えた迷い無き一言。


 アネモネはピクリと肩を小さく振るわせると口の端をヒクつかせた。


「そ、そうですか……ふふっ。もう、兄さんは仕方ないですねっ。もうもう! えいえいっ!」


 チョロい……ッ! しかしこのチョロさがクセになる。


 俺の何が仕方ないのかは刺激したくないので置いておくとして。


 今まで見てきた中で一番と言っても良いくらい上機嫌になったアネモネは俺の頬を突く。


 これがシャーネや半魚人だったら川に沈め、地に埋めていただろうがアネモネなら許せてしまう。不思議だ……。


「もうもう、兄さんったらっ。うふふっ。あ、ところで、ずっと気になってはいたのですが」


「ん……?」


「その頭の上に乗っているのは一体……」


 アネモネはいつの間にか俺の頭の上に移動していた蜂を指差した。


 すっかり珍客のことを忘れて久々の団欒を楽しんでしまったことを反省し、頭から蜂を抱き外した。


「この子はな……蜂だ」


「知っています」


 素気(すげ)無く返された俺は、それ以外なんと言えばわからず頭をボリボリと掻くしかなかった。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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