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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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六十七.初めては蜜の味1

 改装が終わってから数日経っているが未だにアネモネはご機嫌斜めだった。


 どうしてアネモネの将来の相手を考えた事がそこまで気に食わないのか……。お年頃は難しいな。


 アネモネの個人スペース(逃げ場)である二階(ロフト)が出来たのと、仲直りが依然として進んでいないこともあって寝るのすら俺が一階で、アネモネが二階に糸を張ってそこをベッド代わりとして別々になっている。寂しい限りだ。


 しかし、俺は知っていた。


 寝静まった頃になるとアネモネは二階から糸を伝い、スルスルと音を立てないようにして降りてくるとこっそり俺の上に乗っかって眠っている事を。そして朝方になると二階に上がり、何事も無かったようにツンと澄まして二階から降りてくる。


 これが何ともいじらしい……。


 バレたら怖いが可愛いので俺はこっそりと楽しんでいる。仲直りしたら見れなくなるかも知れない貴重なアネモネコレクションの一つなのである。角笛(オークコレクション)? あれは触りたくないので水洗いした後壁にかけて置いてある。


 そんなアネモネは今日も朝方にこっそり二階に戻っていき、今は何食わぬ顔で階段を使って降りてきていた。


「おはよ――」


「ツーン」


「そろそろ仲直りしないか?」


「兄さんは反省が足りませんっ」


「悪かったと思ってる……よ?」


「ツーン」


 どこが駄目だったか分からないままに謝罪を述べても効果はいまいち。


 今日も仲直りは難しいか……。


 時間が経つにつれて少しずつ態度は軟化してきているが、もう少し時間がかかりそうだ。


「じゃあ俺は顔を洗ったら畑仕事してる来るから」


「なら私は森に……っは! そ、そうですかっ」


 普段通りに返してしまった事に気が付き、取り繕うアネモネも乙なものだ。


 可愛いポイント十点満点の十点!


 可愛い態度に顔を綻ばせているのが見つかると何を笑っているのかと拗ねてしてしまうかも知れないので俺はサッと家から出ると顔を洗いに向かった。





 種を植えてから数ヶ月。


 この土地の土や気候で育つか心配だったが問題なく育っているようで、畑からは小さな芽が出始めている。


 腰を屈め、新たに芽吹き始めた小さな命の種に挨拶をする。


「おはようジュリエンヌ。ジェシーは葉の色が今日も鮮やかだ」


 名前を付けているのはオーク君のように特殊な趣向を持っているからではない。アネモネにツンツンされてあまり話せていない寂しさを紛らわすためのものだ。


 しっかりと認識して名付けているのではなく、なんとなく呼んでいるだけなので数時間後にはどれがどれだかわからなくなっていることだろう。我ながら、鳥頭なことだ。


 ホースやポンプなどの便利道具は当然ない。だから手製の木桶に水をこさえると掬っては撒いてを繰り返す。


 畑仕事なんて気取って言ったが実際、芽の出ている畑を穿り返す必要はないし、種もないので畑でやるのは水遣りくらいしかない。


 正直、暇だ。またしてもお前も働けと言われそうだが、こうして家を守るのが俺の本来の仕事だ……多分な。


 アネモネは水遣りを始めて少しすると家から出てきて言葉少なく「いってきます」と言うと森に食料を採りに行ってしまったので今は俺しかいない。


 鳶でもいるのか、どこからかピョロロロと鳥の鳴き声がした。


 空を見上げれば電線の張っていない高い蒼がどこまでも染み渡っている。


「平和だ……」


 これでサンドウィッチや甘味があれば……。


 耕されていない青草の広がる地面に寝転がりるとサワサワと音を鳴らして木々が揺れ、土と草、そして深い緑の香りが鼻を掠める。


 平和だ、なんて建前を口にしたが本心は暇なだけだ。


 矢か、それとも家具でも作るかで悩んでいると森の奥から「ブブブ」と背筋をゾクリとさせる羽音が聞こえてきた。


 甘味があればなんて因果律を求めた結果、早々に鴨が葱を背負ってやってきた。





 人の住処に入り込んでくる侵入者は問答無用で食べちゃおうオジさんと化した俺は弓……ではなく、矢だけを握っていた。


 理由は単純。謎の力を覚醒させてしまった俺が弓を引くと碌な事にならないからだ。


 訓練したら以前のようなまだ弓矢だと言い張れる強弓に戻って欲しいと言う願望があるが、威力が高すぎておちおち引けない。だから矢を刀代わりにするつもりで握っている。


 一応、武芸百般と言う事で弓の他にも刀術も習得している。


 まぁ、刀の捌きを矢で再現するのは不可能なのであくまで身のこなしくらいしか流用できないだろうけど……。武器を握っているってだけで気持ち強くなった気分になれるのだからそれはそれで良しとするべきか。


 そんなわけで貧相な矢を片手に潮合を読んでいた俺の目先には一匹の蜂が飛んでいた。


 姿は丸っこく、ふさふさとした蜂蜜色の産毛が生えている。スズメバチ系の極悪で凶悪なフォルムではなく、可愛らしいミツバチ系だ。


 ん……? ミツバチ系……?


「お前、ひょっとしてあの時の?」


 すると蜂は右の触覚をピクリと動かした。


 やっぱりあの時の死にかけ蜂だった。


 いやいや、忘れていたわけではない。


 助かればいいなとは思っていたが、現実的に見ればあの重症で助かる可能性は低いとも思っていた。だからてっきり死んでしまったと……。それほど日が経っていないのに忘れるほど鳥頭や若年性健忘症を患っては……いないはずだ。


 矢を地面にポイと放り投げ、おいでおいでと呼ぶと蜂はその場でぐるりと回ると胸に飛び込んできた。


 ぽすんと胸に飛び込んできた蜂の産毛は柔らかく、蜜の甘い香りが微かに匂う。


「うぅん……、良い香りだ……」


 まだ昼食には早いが腹を刺激する久々の甘い香りに、俺の腹はぎゅるりと鳴った。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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