六十六.閑話、吾輩は覇者である
かなり短いです。
吾輩は覇者である。
生まれは記憶にない。ただ、腹を鳴らす肉と血が漂う場所だったと記憶している。
親は居らず。ひょっとしたらあの美味そうな匂いは人間共に狩られてしまった親だったのだろう。
恨んでいるかと問われれば、全く恨んではいない。恨めしいとすればそれは、強靭な脚力を持ち、鋭い爪牙を備え、鱗の如く硬い自慢の鬣がありながら特に突出した能力のない人間如きに狩られてしまった生みの親に対してである。
吾輩はそんな愚者にならない。
孤高にして至高、力こそ全てである。吾輩が覇道へと踏み出したその第一歩はいつの頃だったか、なんだったか、記憶にはない。
ただ只管に狩りに明け暮れ、強者を求めて彷徨い、気がつけば群れ成す魔物や人間共の集落をいくつも潰した今尚、負けを知らず。
強者を求めて放浪の末、大きな森に踏み入ってから長い事経つ。
草原を駆けて居た時よりは手応えのある者も居たが、それでも吾輩を追い詰める程の強者には未だ出会わず森を彷徨っていた。
ある日の事だ。
吾輩の鬣がピリッと逆立った。
静かな森に轟音が轟く。
直感した。これは、強者の咆哮である。
しかし音の先は遠い。吾輩でなければ聞き逃してしまうだろう。だから音の近くの者や、吾輩程に耳の良い者でもなければならないが、もし音を立てた者が強者でなくともこの静かな森でこれほど大きな音を立てたのだから何者かが音の元へと向かうだろう。
闘争の匂いである。皮を切り裂き、鮮血を舞わせ、血肉沸き踊る闘争だ。
吾輩はベロリと舌なめずりするのを止める事が出来なかった。
戦いだ。願わくば吾輩を満足させるほどの強者であって欲しいものだ。
『ゆくか……。闘争が、吾輩を呼んでいるのである』




