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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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六十四.匠オークの家改造8

 家の改築と言えば親方の怒号が飛び、トンテンカンとトンカチが小気味良く音を響かせているのが醍醐味だ。少なくとも俺はそう思っていた。


 だが、ここ異世界では一味も二味も違う。


 オーク君が伐採してきた木の枝打ちの手を止めてドルイド達を見る。


 綺麗な丸太になった木材にドルイド達が両手を掲げれば、木材(彼女)達は自ら樹皮(薄衣)をペラリと脱いで木肌(柔肌)を晒して科を作っていく。


 スケベな木だ……。


 ではなく。

 彼等(ドルイド)達が(彼女達)を魔法で操ってそうさせていた。


 自然と時間が作り出す神秘と言える木の造形をドルイド達は一瞬で思うがままにする。


 魔法と言うのはどうしてこうも便利なのだろうか……。


「大旦那。先程から一人でブツブツと何を仰っているんで?」


「ちょっと不気味でござんす」


「なんでもない」


「そうですかい? ならいいんですが」


 考えていた事が口から漏れてしまっていたらしい。


 二人の魔法が便利すぎて羨ましかったなどとは口が裂けても言えなかった俺は、問題ないと片手をヒラヒラと振る。


 それを見たドルイド達は訝しげな視線を送りつつも後頭部を掻くと作業に戻っていく。


「あ、待って。ちょっと聞きたいんだけど、俺……要る?」


 見ている限り、鉈で木組みを作るよりも魔法の方が作業は段違いに早い。

 枝打ちが終われば内装を手伝うつもりと二人には話してあったが、魔法が使えない俺が加わると却って彼等の邪魔になってしまうだろうと思い立ち、ドルイドに聞くと二人は如何にも言い辛そうに頬を掻いた。


「あー……うん。わかった」


「すんませんね、大旦那。変な気ぃ遣わせちまって」


「適材適所って奴でござんす。気持ちだけで十分でございやす」


「そうか。じゃあ、この一本で終わりだから後は頼むな?」


「お任せくだせぇ。あっと言う間に仕上げて見せまさぁ!」


 人に働かせておいて自分は何もしない事に若干の気持ち悪さはあるが、二人の人柄に助けられた。


 もしかしたら今言ったのは建前で、本心では働けと思っている可能性も無いとは言いきれない。だが、彼等の上司に当たるオーク君とは懇意にさせてもらっているが損得勘定の発生する何かしらを行っているわけでもないので俺におべっかを使う意味はないのでそんな事を疑うのは俺の心が汚れている証拠だろう。


 自分の穢れた心に気落ちしながらも最後の枝を払い、丸太をドルイド達の足元に転がした。


「ありがとう。後は頼んだ」


「「合点!」」


 二人は丸太を担ぎ、今度こそ作業に戻っていく。


 その背が家の中に入るのを見届けると俺は顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。


 腹が痛かったからだとか、疲れたからだとか柔な理由ではない。自分自身の嫌な部分を見つけてしまった為の現実逃避だった。


「俺の心はなんて汚いんだっ……!」





 テンションがガタ落ちした俺は川の水と共に穢れた心も流れて行ってくれないだろうか、なんて事を考えながら顔を洗いに川辺まで来ていた。


 ルサルカの少女は今日、オークが来ることを知っていたからかいつの間にか姿を消していた。


 居なければ居ないで少しだけ物足りなく感じる川は、それでも静々と流れていく。両手でピリリと冷えた川水を掬い。顔にかけると少しだけ気分が良くなった気がした。


 川を渡り、手近な木の根元に腰を預けて空を眺めているとアネモネがそろりそろりと近寄ってきた。


「どうした?」


「ん……その……」


 アネモネは言い辛そうに口ごもったが、視線は俺と家を往復している。


 それだけで何を言いたいのかは筒抜けだった。


 ちょいちょいと手招きし、隣にアネモネを座らせる。ちょこんと横に座ったアネモネは頭を俺の肩に乗せた。


 いつもの事ながら、こうした小さな仕草が俺の心を掴んで離さない。


 働いているドルイド達が見たら噴飯物だろうが二人は家の中で作業しているので見られる心配はない。オーク君も俺と入れ替わりで中に入って行ったので、今は二人の監督をしているのだと思われる。


「オーク達が自分のテリトリーに入るのが気になるか?」


「え? あぅ……」


「隠さなくてもいいぞ? 良く知りもしない相手に住んでいる場所を荒らされるのは気になるだろ」


「うっ……。その、はい……。豚臭さが家に染み付かないか気になって……」


 結構酷い事を言っている……。


 俺も自宅の警備員を自称する男なので彼等が良い奴等だと頭でわかっていても家に他人が出入りしているとどこか落ち着かない。

 だが彼等は家を良くする為に来てくれているのだ。それをありがたく思うことはあっても疎ましく思うのは流石に失礼な話だろう。


 だからと言って無理にでも、と言うつもりはないがこれを期に少しでもオーク君達に歩み寄ってくれたら俺としては嬉しい話ではある。


「だけど、オーク君達が善意から来てくれているのはアネモネもわかってるだろ?」


「それは……、はい……」


「話して見るとオーク君達は意外と面白い奴等だ。過去の事はなかったことにして無理に仲良くしろとは言わないがアネモネが多くの人と仲良くしてくれたら嬉しいよ」


 そう言うと、アネモネは倒していた頭を上げて俺を見た。


「嬉しい、ですか?」


「ええっと……」


「私が他の人と仲良くすると、兄さんは嬉しいですか?」


「え? ああ、まぁ……な?」


 いや、しかし出来れば男とは仲良くして欲しくない。

 アネモネを他の男に取られたくない独占欲が無いとは言いきれない。だがそれよりも気懸かりなのはアネモネが突然「この人が私の将来の旦那様です」なんて言って男を連れてきたらと思うと……。今の俺では耐えられそうにない。


「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ、頑張ってみます」


 いやいや、待て待て。

 それが真にアネモネが幸せになる為なら俺も涙を飲んでアネモネの家族として相手を認めなければならないのだろうが……ッ!


 駄目だ! 認めることなんて今はまだ出来そうもない!


「くぅぅっ……やっぱり認められん……ッ! え? 今、何か言ったか?」


「っ――! もう知りませんっ!」


 まだ見ぬ将来のお相手を想像していた俺はアネモネが喋った内容を聞き逃した。


 それは結構大事な内容だったらしく、ちゃんと聞いていなかった事に腹を据えかねたのかアネモネはプイッと顔を背けてしまった。


 こうなったアネモネ――否、女性には拝み倒すしかない。下手に言い訳をしようものなら状況は更に悪化の一歩を辿るとは先達の知恵である。女性関係のあれこれが書いてある本には必ずと言っていいほど書いてあるので信憑性は高い。


 もちろん、俺は隠遁者だったので実戦経験はない。つまり、これが初の試みとなる。


 前提となる関係が違うので失敗しても散って行った多くの先達と違ってアネモネとの関係が壊れたりはしないだろうが……。


「絶対に言いませんからっ」


 最善の一手を打つべく思考に耽っていた俺に、アネモネは念押しをした。


 くっ、なんてプレッシャーだ! 本に載っていた偉人達は人生の左右を賭けてこんな綱渡りをしてきたと言うのか?!


 やはり、俺なんかとは物が違う……ッ!


 いけない。こうして思考していても状況は動き続けている。既にアネモネに先手を打たれているので俺は後手に回っている。これ以上黙っているのは更なる悪化を招くだけだ。


 なんとか……なんとかせねば!


「プイッ」


「すまない!」


「許しません」


「本当にすまなかった!」


「じゃあ私は皆さんのご飯の支度がありますからっ」


「あぁ! 待って!」


「待ちません!」


「悪かった! この通りだ!」


「兄さんはしばらくそこで反省していてください」


「くぅぅ……アネモネの将来の相手を考えていただけなのに……」


「もっと悪いですっ! 兄さんは働いていないのでご飯抜きです!」


「そんな無体な……」


「それではっ!」


 言い残してアネモネは去って行った。


 どうやら俺は失敗したようだ。数多の男達が涙の海に沈んできた綱渡りを一発で成功させるなんてのは土台無理な話だったんだ。

 しかもただ失敗しただけでなく、アネモネを更に怒らせてしまったらしい。女の子の心はなんて難しいのだろうか……。


「何がいけなかったんだ……」


 その場に一人寂しく取り残された俺は地面に全身を放り出すと指で地面を穿(ほじ)って拗ねることしか出来なかった。

本日もう一話更新します。15~16時頃を予定しています。次回で長かった回想ならぬ、改装話も終わりとなりますのでご容赦を……。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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