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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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六十二.匠オークの家改造6

 あの後、転寝(うたたね)から目覚めたアネモネに解放してもらいルサルカの少女とオーク君に俺がキスされた事を口外するなと脅し、シャーネを森の外まで送り返す運びとなった。


 まだ日暮れと言う訳もないが時間は良い頃合だ。一泊して早朝出発にするかと確認してみたのだがシャーネは時間が惜しいと断り、アネモネはそれはまた別の話だとシャーネを泊めるのを拒否した。本当に和解したのか疑わしいが、雰囲気自体は良いので疑うべくもない。


 同時に家の改築の話を伝えたが、やはり当初はオークに来てもらう事に対して気乗りしなかったようで、俺一人で出来ないのかと聞かれたがそこは人手の問題だ。出来ない事もないが時間がかかる。やる事もないのでそれはそれでいいのだが、そうするとアネモネとの時間を取るのが難しくなると伝えると二つ返事で了承を得る事が出来た。


 道着の袖を掴んでそれは嫌ですと拗ねるアネモネが見れて俺は満足だ。


 そう言う事でオーク君には自分の住処に改築作業員を呼びに戻ってもらい、ルサルカの少女はお留守番、俺とアネモネはシャーネを連れて森の中を走っていた。


「脚は大丈夫か?」


「ツーン」


 アネモネが不機嫌なのは俺がシャーネを抱きかかえているからだろう。


 でもこればかりは許して欲しい。


 折れてしまった脚はどうやら俺が目覚める前に処置したらしいのだが、いくら健脚とは言えまだ好調ではないアネモネの背に成人女性を乗せるわけにもいかない。


 じゃあ森の中に食べ物を探しに行かせるなと半魚人に言われそうだがあくまで無理をするなと言う意味だ。


 痛いからと言ってそこを割れ物のように扱っていては良くなるものも悪くなる。何事も適度が大切だなのだ。森を歩くのはリハビリのような物だがそこにダンベルを握って普段通りに動けと言えば鬼畜の所業だろう。


 だから拗ねるアネモネは帰ってから目一杯ご機嫌を取るとして、唯一の救いはシャーネが借りてきたペットのように腕の中で大人しくしている事だ。


 こうして大人しくしている分にはシャーネも十分魅力的なんだが……。


 俺の首に両腕を掛けている運ばれているシャーネは流石に全裸に近い格好で送り出すのも可哀想だったのでアネモネに頼んで糸で作った簡素なワンピース着ている。どうにもそれがウエディングドレスっぽくて顔をまともに見られない。


 幸いな事にシャーネは先程から俯いているので顔は見なくて済んでいるが、それがまた何とも言えない気まずさを醸していた。


 そんな微妙な雰囲気漂う沈黙を破ったのはシャーネだった。


「まさかアラクネの糸をふんだんに使った服をもらえるとはな……」


「ふんだんに使ったと言うか、それしか使ってないけどな。アネモネに礼は言ったか?」


「む、すまん。ありがとう、アネモネ殿。迷惑をかけたのに良くして貰って……感謝する」


「へ? あ、いえ。お気になさらず」


 素っ気無くあしらわれた事でシャーネはきょとん、と目を瞬かせると俺を見上げた。


「私は……嫌われているのだろうか?」


「いや、あれは照れてるんだ。わかっていると思うが森の中だから俺以外との接触が少ないからな。どうだ? 可愛いだろ」


「なるほど……中々良いモノを持っているな」


「だろ?」


「な、なな、何をっ」


 アネモネの可愛さをシャーネにも布教し、照れ隠しに慌てふためく姿を堪能していると森の終わりが見え始めた。


「この至福の一時も、もう終わり……か」


 シャーネがぼそりと何かを囁いた。


 シャーネには苦戦させられたが今ではもう悪感情をそれほど持っていない。

 しかし、だからと言って森から出られない事などを教えるつもりもないので森の境界線に意識を割いていた俺は、彼女がなんと零したのかを聞き取ることは出来なかった。


 森の出口手前から見える外は広大の草原が広がっており、茜色に染まった長閑な風景は胸の内にしまいこんだ郷愁の念を揺り動かす。


 忘れたつもりでいたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。


「旦那様?」


「兄さん……?」


 涙は出なかったが、なかなかどうして夕暮れ時と言うのはこうも感情を揺さぶるのだろうか。


 そんな俺の異変を察したのか、アネモネは脇に立つとそっと手を握ってくれた。

 相変わらず体温の高いアネモネの熱が体に染み込んでくる。先程まで感じていたシャーネとは別の熱だ。


 夕暮れ時で少しだけ冷えた空気。


 温まる手とは別に、頭はスゥ――と冷えて行く。


「いや……なんでもない。気にしないでくれ」


「兄さん……」


 一層、握られた手に力が篭った。


 感傷を断ち切るべくゆっくりと瞼を閉じ、再び開けた先ではシャーネがワンピースを風に靡かせて静かに俺達を見ていた。


「……なぁ、旦那様」


「ん?」


「よかったら、私と……」


 俺はシャーネの言葉を最後まで待たずに頭を振る。


 アネモネからはホッと安堵の息が微かに漏れ出ていた。


 俺がアネモネを置いて行くと思われたのだろうか?

 だとしたら心外だ。


「気持ちはありがたいが、俺は今の生活が気に入っているんだ。悪いな」


「いいや、旦那様ならそう言うと思っていた」


「そうか」


「うむ……」


 わかっていたとしても伝えたのはきっと、シャーネ自身の気持ちに整理をつける為だろう。それがなんの意味を持つのか俺にはわからない。だけど、彼女に複雑な事情がある事くらい俺でも薄々感じている。


 そしてその事情は俺と交じらない。

 それでもシャーネは誘ってくれたのだ。しつこく言って嫌われる覚悟を推して。


 並大抵の胆力で出来るものじゃない。


 だからシャーネに称賛を贈ろう。掛け値なしの称賛を。


「お前は良い女だな」


 アネモネが握っていない、空いている手をシャーネの手に添わせた。


 騎士をと言うからにはゴツゴツした剣ダコがあるかと思ったが、女性らしい柔らかさと滑らかさを備え、予想よりも冷たかったその手は小さく震えていた。


「それでも俺は応えられないだろう」


 キツイ言い方だったかと思ったがシャーネは俯いたままくつくつと笑いを零し、肩を揺らし始める。


 ここに来て頭のネジが再び緩んだのを疑うがそうではなかった。


 だらりと下げられていたもう一方の手が、シャーネの手を握っていた俺の手を包み込んだ。

 止まっていた血流が流れ始め、息を吹き返したかの如く徐々に熱を帯び始めたシャーネの手は生命の息吹を感じる程に強く、俺の手を握り返してきている。


「ふ……ふふっ、私は良い女か! 仕方ない、今回はその言葉で良しとしよう。だが私は諦めるつもりはないから、旦那様もそのつもりでいろっ! ふふふっ」


「覚悟はしておく。それと、これを」


「これは?」


 言質を与えるわけにはいかないのでまた来いとは言わないが、俺の所持品を返しに来る名目くらいはあってもいいだろう。


 森を出た帰り道、武器がないと困るのも事実だ。


「愛用の鉈だ。武器がないと困るだろ? 返しに来いよ」


「あぁ……もちろんだっ」


 じゃあな、とシャーネを送り出し、その背中が薄闇の彼方へ消えるまでその場に留まった。


 漸く一件落着かと一息吐くと、


「兄さん……? 帰ったらお話がありますから……」


「はい……」


 シャーネに楽々攻略されてチョロインと化してしまった俺に、背後からゾッと背筋の凍る気配をさせたアネモネが詰め寄ってきたのだった……。

シャーネが常識人ルートに入ってしまったと思われたそこのお方!ご安心下さい。常識人化一時的な物です。

王国に戻って再び感情を抑圧された彼女の暴走をご期待下さい。(すぐに登場するとは言ってない)


ではまた次回!

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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