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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
第二章 森に犇く者達
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五十七.匠オークの家改造1

 もぞり、と何かが蠢く気配に闇の中で微睡んでいた意識が浮上した。


 瞼を開けると昨晩一緒に寝ていたアネモネの姿がない。

 どこに行ったのかと顔を横に向ければ背中を向けて座り込んでいる姿が視界に映った。


 ここ数日は俺の方が早く目覚めていたが、流石に昨日の疲れと安心感からか少し寝坊してしまったようだ。


 寝起きで働かない頭。

 床で寝たこともあって体は硬直しており、もんどりを打つと軟骨の隙間に溜まった空気が抜けてコキンと小気味良い音を立てた。

 音は骨を伝ったからか、俺には結構大きな音に思えたがアネモネは聞こえていなかったようで未だ背中を向けている。


 何故かその背中からはそわそわと落ち着かない雰囲気が漂っていた。


「おはよう」


「っ!?」


 アネモネはビクリと肩を震わせた。


 何かを隠しているのかと正面を覗き込もうとすると俺の顔を見ないようにしているのか、アネモネはサッと身を躱して視線を明後日の方向へ向けてしまった。


 おかしい。

 直感がそう囁いた。


「何してたんだ?」


「な、なんでもありませんっ」


「そうか……?」


 上擦った声でなんでもないと言われてもそうは思えない。


 ひょっとして俺は寝ている間にスケベでもしてしまったのだろうかとも思ったが仮にそうだったとしたらアネモネはツンツンしながら俺を壁やら天井やらに簀巻きにして貼り付けているはずだ。


 そう考えると別の可能性が高い。


 まだ上手く回らない頭を無理矢理働かせてみるがこれと言った答えは出ない。


 唯一思い当たる事があるとすれば昨晩の話くらいだろう。

 それが原因なのだとしたらアネモネは恥かしがっているのかも知れない。照れ屋さんだからな。


 今や俺達の中だけではあるが正式に俺はアネモネにとっての兄で、俺にとってアネモネは妹なのだからな。

 そう思うと俺もちょっとばかし気恥ずかしい気がしない事もない。


 だが顔も合わせ辛い程だろうか?

 感じ方はそれぞれだからなんとも言えないが近くに居るのに顔もまともに合わせられない状況でひとつ屋根の下は中々に厳しいものがある。


 いや、待てよ……?

 俺はこのシチュエーションを知っている。そう、知っているのだ。


 あれはいつだったか……


 靄のかかる頭に手を当て記憶の引き出しを漁る。


 妹……兄……そうか。 


 ――見つけた。


 本で読んだ事がある。もちろん、妹物の本だ。

 俺の中で堂々の殿堂入りを果たしている『妹攻略の秘訣大全(ザ・IMOUTO)』ではない、別の書物だ。


 それが記すのは兄と妹のコミュニケーション編。


 ツンツンばかりして顔を合わせれば唾を吐きかけられそうなほど兄嫌いの妹が居る場合にどう接したらいいのかと言う内容だ。

 アネモネは唾を吐きかけてきたりはしないだろうが、顔を合わせない点においては同じ。


 そんな時の対処法は本にこう書いてあった。


『それは兄としての威厳が不足しているからだ。年上として、兄として妹を大切にするあまり大切な事を忘れているんじゃないか? 妹から目を逸らすな。欲望から目を逸らすな。時には男としての逞しさを見せてやれ』


 そうか、そう言う事だったか……。


 確かに俺はアネモネを溺愛している。

 それはもう喋らなくても場の雰囲気だけでアネモネが何を考え、何を言いたいかを察する事が出来る程だと自負している。


 そんな俺に足りなかったのは強引さだ。


 優しくするだけではいけないのだ。時には心の内に強引に攻め入る事も必要……!


 嫌われてしまうかも知れない?

 折檻が怖い?


 そんな臆病風が俺を頼りなく見せるのだろう。


 ありがとう(せんせい)。俺は、大事な事を思い出したよ。


 なけなしの勇気を振り絞り、そわそわとしているアネモネの横に立つとその肩にそっと手を置いた。


「アネモネ」


「な、なんですか?」


「何か隠してるな?」


「えっ!? い、いえ? 何も隠してませんよっ?」


 やはり声が上擦っている。


 それに、肩に置いた手が熱い。

 十中八九、何かを隠していると確信した。


 しかし何を隠しているのだろうか。たったの一晩で隠すような出来事があるか?


 ……ないな。


 だとしたらわかるのはアネモネの体の熱さだ。

 普段から手を繋いだり頭を撫でたりしているので体温は把握している。それに比べると今日は熱すぎるのだ。


 そこから導き出される答えは一つしかなかった。


「風邪か……? 診せてみろ」


「あ、あぁ……! やっ!」


 正面に回りこんで額に手を当てようと顔を近づけるとアネモネはまるでこの世の終わりだと言わんばかりに声を震わせて逃げようと脚を動かした。


 どうして逃げるのだろうか?

 やはり今日のアネモネは何かがおかしい。


 必ず原因を突き止めてやる!


 それに、狩人である俺から逃げようなど笑止千万。


 獣を狩ると言う事はどうしてそこを餌場にしようとしたのか、自分を狙う者から逃げるにはどうしたらいいのかなど、獣の習性や特性、考えを理解する必要がある。


 それはつまり獣に成り切るのと同義。


 アネモネを観察……もとい、愛でに愛でている俺が逃走の一手を許すわけがない。 


 俺の中に眠っていた獣性が目を覚ますのを感じた。


 アネモネが逃走のために走り出す一瞬を見極め、人の皮を脱ぎ捨て野生に還った俺は獲物の首筋を的確に狙って喰らい付く獣の如く、背を見せて壁際まで逃げようとしたアネモネの上半身に背後から飛びついた。


「やぁんっ!」


 アネモネが喘ぐ。


 長く艶やかな黒髪が目の前でふわりと舞い、髪からは馥郁(ふくいく)とした花の香りが鼻腔を掠めた。


 許せ。これも可愛い妹のためだ。

 俺は心を鬼にしなければならないんだ……!


 逃がさないとアネモネの背後から視界でうろつく手首を掴む。

 するとロデオマシーンの如く下半身がバッタンバッタンと激しく上下し暴れ始めた。


 その激しさ足るや、声を出そうと口を開けば自然に肺から空気が漏れ出し、何とか搾り出せたとしても震えてまともに喋れもしない程だ。


 暴れまわっているせいで声も届かない。


 手首を掴んでいない、空いている片腕をアネモネの腹に回して体をピタリと密着させると俺はアネモネの耳元で語りかける。


「おおお、おち、落ち着けっ」 


「ひぅうっ?!」


 下からの激しい突き上げを喰らいながらも何とか声を絞り出す。

 しかし半狂乱となっている今、効果はなかったどころか逆効果だったようだ。


 アネモネは広い家の中を床も壁も関係なく縦横無尽に走り回って激しい抵抗をし続ける。


「は、はふぅっ! なんで、逃げるんだ! と言うか落ち着けっ」


「に、兄さんっ、駄目ッ! まだ朝ですぅっ」


 何を言っているんだ?

 この世界は熱を診るのに朝とか夜とかあるのか?


 また知らない異世界の常識を知ってしまった。


 だからと言ってここで引くことは出来ない。


「何が駄目なんだ! 熱があるんだろう?!」


「あ、ありましぇんっ!」


「え? じゃあなんで逃げ――ゴッフッ!」


 熱はないと言われてホッと油断した一瞬、アネモネの激しい抵抗の末に繰り出された鋭い肘打ちが顎に直撃した。


 脳が揺れる。

 ぐらりとブレた視界。

 遠退くアネモネの背。


 そして――


「あっ……兄さぁぁぁん! 避けてええええ!」


 悲鳴が……聞こえる。

 悲痛な叫びだ……。


 理由はわかっている。


 壁を伝って天上付近まで逃げていたアネモネは、その背中から振り落とされた俺を掴もうとして同じように落ちてきていたのだ。


 このままでは俺は押し潰されてしまうだろう。


 ……それがどうした。


 空から降って来る女の子をキャッチ出来なくてどうして男が名乗れようか。


『妹から目を逸らすな』


 あの一文がフラッシュバックする。


 ああ、そうだな。その通りだ。


 だから俺は、逃げない……!


「来い、アネモネッ!」


 受身なんて取らない。

 今はただ、落ちてくるアネモネを全身で受け止めるだけだ。


 両手を広げて受け入れの態勢が整った直後、背中に激しい衝撃が伝わり息が漏れた。


「カハッ」


 そして間髪入れずに肋骨を軋ませ、腹を押し潰す衝撃のダブルパンチに俺の意識は再び眠りに就いたのだった。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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