五.アラクネ族その3
「そんなに怖がらなくてもいいだろ」
「そうですよ、お二人とも。兄さんは最初、もっと残忍な事をしようとしていましたから」
「人聞きの悪い事を言うなよ」
「矢を放つとか言ってましたけど、あの弓らしき何かは兵器ですよ? わかってます?」
「わかりません」
顔を青くするアラクネ二人とは異なり、俺の返事に気分を害したのかプリプリと顔を赤く染めて起こる姿に子供部分がちらほら。
へへっ。アネモネは可愛いな。
そんな他所事を考えている俺にアネモネの怒りの声は右から左へと抜けていく。
「聞いてるんですか?」
「聞いてる」
じっとりとした目を向けられても怖さを微塵も感じないのはやはり、親バカになってしまったからなのだろうか。目に入れても痛くないと言う人の気持ちが少し理解できる。
ついついアネモネとの穏やかな一時を味わってしまったがアラクネ達は少しばかり反応に困ると言うところだ。まして自分達が殺されるかも知れなかったのだからそれも当然か。
居心地は悪くなさそうだけど長く引きとめても良くない。用事が無いなら本人たちの好きにさせるべく口を開いた。
「それで、お二人さんはこれから?」
「特に問題がなかったみたいですし、帰ろうかなって」
「そうですねぇ」
一人はさっさと帰ると言っているがもう一人はチラチラと畑を見ている。
別嬪さんに耐性のない俺は実のところ腰砕け状態であり、テンパっていたため茶の一つもお出ししていない。
だからと言って茶葉があるのか? と聞かれれば俺は声を高く張り上げてこういうだろう。
そんな嗜好品があるなら自分達で楽しんでいる!
と。
この家にあるのは向日葵とトマトだ。
向日葵の種は量が取れるし食べれるのでいつも持ち歩いていた。トマトはこの世界に迷い込む前に齧った時に零れた種が服の内側に付着したようで、それを埋めて何とか育てている所だが基本はアネモネが取ってきてくれた森の恵みを食べている。
女に働かせて自分は動かない俺はまさに警備員の鑑。
そんなどうしようもない俺を慕ってくれるアネモネには感謝しかない。
ホントありがとう。
「悪いがまだあの畑は調整中。育ったら食べさせてあげるからたまに見においで」
「いいんですかっ?!」
「兄さん?!」
え? 何でアネモネが驚いてるんだ?
「ん?」
「他の人を呼んでもいいんですか?! 知らない人がこの辺りを荒らすかも知れないんですよ?!」
「え? 流石にそんなこと」
ないよな? と視線を二人に送るとそわそわとした様子を見せていた。
「そんなにここ気に入ったの?」
「あーえっとぉ……常に太陽が浴びれるのは羨ましいなぁ、なんて?」
「それになんだかここは他の魔物の気配が薄いみたいなのですが」
他の場所を知らないために何とも言えないが、確かに森の中は薄暗い。それこそアネモネ同様、力が弱ければ森の木々は引っこ抜けない可能性があるので太陽光が欲しいのはわかる。だが魔物が少ないってのはどう言う事なのだろうか。
「アネモネ心当たりある?」
「いえ、ひょっとするとですが、兄さんが威圧してるからでは?」
「いや、してないんだけど。風評被害出さないで」
「じゃあわかりませんっ」