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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
59/82

五十六.エピローグ 家族、ランクアップ

第一章完結。

エピローグと言う事もあって量が多めになっております。

 エルダートレントの幹にはぐるりとアネモネ謹製の廻しが締めてあった。


 そこに取り付くとエルダートレントに最後の確認を取った。


「本当に抜いてもいいんだな? 抜いたら死に(枯れ)ましたとかやめてくれよ?」


「いいからさっさとやらんかい!」


 心配を余所にエルダートレントからは厳しい叱責が飛ぶ。


 物言わぬただの木ならまだしも、人格をしっかりと持ち、言葉を交わした相手なのだからちょっとした手違いで命を落としたとなったら寝覚めが悪い。本人からしたら余計な心配かも知れないが慎重にもなる。


 だが心配無用と言うならこれ以上何かを言うつもりもなかった。


「後悔するなよ」


 捨て台詞とも思える言葉をエルダートレントに投げ掛けるが「かまわん」と余裕の態度で返されてしまう。


「なら、いくぞ……ドッセエエエエエエイ!」


 体の筋肉がミチリと悲鳴を上げる。

 頭に青筋を浮かべて力む俺の横ではアネモネが「残った残った」と掛け声を出していた。


 行司の真似事に深い意味はない。

 ただ、無言で見られているよりも気分がノって来る何かをしてもらって居た方が俺も力を出しやすいと思ったからしてもらったのだが、声を張って一生懸命応援してくれる天使から送られてくるエネルギーは馬鹿に出来ないものがあった。


 俺が単純なのか、それともアネモネはそういう魔法を使えるのか……。

 その判断は俺にはつかないが無様な姿は見せられないと思うだけで力が湧き上がるのだから人間とは不思議だ。


「うおおおおおおお!」


「オオオオオ! いいぞ、その調子じゃ!」


 ガッチリと地に根ざしたエルダートレントの幹がゆっくりと持ち上がり始めた。


「行け、行けえええええ!」


 行司が片一方に肩入れしちゃ駄目だろと思いつつも、横で応援してくれる天使の声に応えるべく一気に全身の筋肉を締め上げる。


 骨を伝って聞こえてくる筋肉の軋み。

 体の重心がエルダートレントよりも大地に深く突き刺さったような不思議な感覚。


 俺はこの感覚を知っていた。


 ベストコンディションで弓を引く時と同じだ。 

 空気の流れ、風の抵抗、標的との距離、全身の入り、その全てが嵌まり、獲物の動きすらも予測出来る集中状態。


 決めるならここなのだと本能が訴えかけてくる。


「フゥゥウウウッ!」


 肺に残った空気が空になっていく。


 体が軽い。

 呼気によって神経群の錐体路制御を開放されたシナプスは運動能力を最大限に発揮出来る状態となっている。


「オオオオ! 来ておる、来ておるぞ!」


「これで、仕舞いだああああ!」


「兄さん、行っけえええええっ!」 


 大木相手に相撲を取る姿は状況を知らない者が見たら奇怪に映っただろう。


 それでも、その場に居合わせた者達は時間を忘れて白熱していた。

 そして決まり手は


 ――居反り。


 根差していた大地から引き抜かれて背後に投げ飛ばされたエルダートレントは、ズンと空気を震わせた。





 エルダートレントに魔法で道を作ってもらいながら家の跡地に運び込んだ時にはすっかり日は落ちていた。


 (ナイトオウル)は俺がエルダートレントを引き抜いてすぐにどこかに飛び立って行ったのでいない。

 てっきり一緒に来るのだと思っていたがどうやらそのつもりはなかったみたいだ。野生の動物だから群れるのを嫌ったのか、それとも別の理由があったのか。


 アネモネは寂しそうな顔を浮かべて梟さんはそういう方ですと言って笑っていたが事情を知らない俺はなんて声をかけたらいいかわからず黙って横顔を眺めるくらいしか出来なかった。


 それでもアネモネは自分で別れに区切りを付けたのか、帰る頃には普段と変わらない程度には元気を取り戻していた。


 帰って来るとシャーネは縛られたままでも太太(ふてぶて)しく寝ており、ルサルカの少女は水の流れに逆らいながら背浮きをして夜空を眺めていた。


「ただいま」


「お帰りなさいなの。お姉ちゃんもおかえりなさいなのっ」


「はい、ただいまですっ」


 水で塗れた銀糸の髪を月光に反射させて川から半身を乗り出した。

 綺麗に整地した剥き出しの地面を髪を伝って落ちた雫が濡らすが魔法を使ったのか、髪が青く光ったと思うと髪は乾いていた。


 これで良いと満足げな顔をしたルサルカの少女は嬉しそうにアネモネに頭を差し出す。


 その頭をアネモネは慈母のような優しい笑みを浮かべて撫で始めた。


 こうして見ていると本当の姉妹に見えてくるがその半魚人の腹の中は真っ黒だ。

 アネモネよ……騙されてはいけない。


 余計な事をしたら三枚におろすとアネモネの背後からルサルカの少女に視線を送りつつ、エルダートレントを担ぎ直した。

 

 今は木片と成り果ててしまった家の跡地。そこをぐるりと取り囲んで輪を描いて巡る川。


 どこがいいのかと聞くと光が入る場所であればどこでも良いと返事が返って来る。

 どこでもいいが一番困るが玄関口だった場所には畑が作ってあるし、その近くの川辺には魚を捕るための網が仕掛けてあったりと選べる場所もそれほど多くはない。


 結局、家の裏手側だった場所に据える事にした。


 特にこれと言った理由はないが、なんとなく玄関口に木があると何かあったとき真っ先に折られてしまうのではないかと思ったからだ。


 後はエルダートレントが了承するかどうかだ。


「ここでいいか?」


「構わんよ」


「助かる」


 ゆっくりと地面に下ろすとエルダートレントは根を蛸の脚のようにうねらせて川の水に浸した。


「ふぅ……」


「疲れたな……」


 エルダートレントに凭れ掛かってアネモネとルサルカの少女に目を遣るとルサルカの少女がシャーネを指差して身振り手振りでアネモネに何か言っている。

 誤解はシャーネ自身に解かせると話していたがすぐに暴走する(シャーネ)は扱い辛いので自分で伝える事にでもしたのだろう。


 骨が折れるな、と他人事のように考えている間もエルダートレントは背後で風呂に入っている時のような蕩けた声を上げ続けていた。


「気色の悪い声を出さないでくれ。夢に出てきそうだ」


「そう言うな。これほど月光を浴びたのは久方ぶりなんじゃからの」


「いつぶりなんだ?」 


「数百年ぶりくらいかの?」


「長生きなんだな」


「魔物じゃからの」


 魔物だから長生き。

 俺はその言葉の意味を深く考えない事にした。


「……そうなのか」


 それを抜きにしても魔力や魔物と言った言葉は俺の中で物を落としたら地面に落ちる万有引力並のパワーワードになっているのも理由の一つではあったが……。


 今考えるべきではない事が頭から離れず呆けているとエルダートレントが話しかけてきた。


「光を浴びたおかげで魔力も回復して来ておる。どれ、そろそろ礼をしようかのう?」


「と言うと?」


「木に関係する事なら大抵出来るが、何かして欲しい事はないか?」


「木ねぇ……」


 単純な木材加工は自分で出来る。


 木で、なんて狭すぎる要望の中からして欲しい事などなかったが大体出来るならと試しに無茶を吹っかけた。


 自分でも嫌な奴だと思うが言ってみなければわからない事もある。

 言わないで後で後悔するくらいなら取り合えず言ってみるのがストレスフリーな生活の一歩だ。


 その結果、逆にストレスを溜める事になったり相手の恨みを買ったりするのは自己責任だが……。


「家が欲しいな。見ての通り、壊れてるからな」


「流石にそれは無理じゃな。そも、ワシは人の家なぞ知らん」


「……言ってみただけだ」


 最初から難しいだろうと予防線を張っていたからダメージは少なくて済んだ。ただ、やはりもしかしたらと期待もしていたのは事実。

 隠していたつもりだが出来ないなら大体の事はなんて大言壮語しないで欲しいものだと不満が滲み出てしまっていたのか、エルダートレントは所在無さげに「うぅむ……」と唸った。


「いや、出来ないと思ってはいたからそんなに気にする必要はないんだけどな」


「出来んわけじゃないわい!」


 言い方が癪に障ったのかエルダートレントは声を荒げた。


 確かに今のは意地の悪い言い方だった。あんな言い方をされれば誰だって腹を立てるだろう。


 だが他にどうやって言えばいいのか……。

 森に引き篭もって話術を磨いてこなかった経験の浅さが仇となっているのはわかっている。シャーネがもう少しまともな人間であれば口の回るあいつを相手に勉強させてもらおうとも思えるのだが……やっぱり会話が成立する未来が見えない。


「すまない。そんなつもりじゃなかったんだが言い方が悪かった」


「ぐぬぅ……。いや、これはワシの沽券に関わる問題じゃ。家は出来んが雨風を凌ぐには十分なものは用意できるぞ?」


「どんな?」


「それは見てからのお楽しみじゃ」


 先程の意趣返しのつもりか、エルダートレントの言葉にはとりあえず首を縦に振っておけと言ったニュアンスが含まれていた。


 家の他に欲しいものも特になく、雨風が凌げるものが用意できるなら他の選択肢はないと言われるがまま首を縦に振った。


「じゃあちょいとばかし畑の位置を動かすぞ」


 畑の位置を動かす?

 何を言っているのかと呆けていると畑の地面がうねりを伴って川の近くまで移動した。


 なるほど、そう来たか……。

 もう毎度の事になりつつあるが、何でもありだ。


「まだ驚くのはこれからじゃ! ふぬぬぬぬぅぅぅん!」


 この世界に来てから一生分の驚きを使い果たした気分が続くがまだ続きがあるのかと半分呆れていると家の残骸付近から緑の光がぽつぽつと灯り始めた。


 月と星々だけが照らしていた一角を緑の光が彩る。


 淡くふわふわと不規則に飛んでいる光は蛍のようで、その光景から目が離せなくなった。

 もちろんそれが虫じゃない事は理解している。何故ならその光は手を治してもらった時の光とそっくりだったからだ。


「魔法、か」


 家を直すのか?

 なんて安直な考えをしながら幻想的な光を見ていると背中にルサルカの少女を乗せたアネモネが寄ってきた。


「兄さん、これは?」


「エルダートレントが礼がどうのって言ってただろ?」


 アネモネは頬に指を当て、首を傾げて眉を寄せた。


 ……多分、忘れているのだろう。


「そんな事言ってましたっけ……?」


「言ってたよ。何をしてるかまでは知らないけど、雨風を凌げる場所を作ってくれてるらしい」


「それはいいですね」


「楽しみだな」


「はいっ」


 アネモネは胸の前で両手を握り、むんっと荒い鼻息を吐き出して目を輝かせた。

 その気持ちはよくわかる。

 どんな物が出来上がるのかが楽しみで仕方ないのだろう。


 子供らしい輝きを宿らせたアネモネの可愛らしさに思わず頬が緩むがそれだけでは終わらせるつもりはなかった。

 抜け目のない者ならこのベストポイントを逃す手はない。だろう?

 目の前に広がる幻想的な光景と可愛らしいアネモネの両方を欲張りにも頂く。


 そのために体を横にずらすと地面をぽんぽんと叩いた。


「完成も楽しみだが眺めもいいんだ。横にでも座ったらどうだ? 一緒に見よう」


「兄さん……んふっ! 失礼しますっ」


「スケコマシなの……」


「やかましい」


 ルサルカの少女の言葉を一蹴し、横に座って突き出されたアネモネの頭を撫でる。


 アネモネは抱きつくと言うよりもしがみ付いていると言った方が正しいくらいしっかりと腕を胸に抱いて頭を摺り寄せてくる。


 性格は犬みたいなのに動作は猫っぽい。

 やけに嫉妬深かったり所々粘着質な部分を見せるがそんなところも含めて可愛いのが我が家のお姫様なのだ。


 温かな団欒に癒されているとその横から俺とアネモネの間にズイと割って入る頭があった。


 半魚人――もとい、ルサルカの少女だ。


 肩口からサラサラと流れ落ちる銀糸。

 それが生えた土壌をグイッと押し退けた。


「邪魔をするな」


「お姉ちゃんばっかりズルイの。私にもして欲しいの!」


「ええい、鬱陶しい! 今、俺はアネモネを可愛がるので手一杯だ!」


「も、もうっ、兄さん! そんな……他の人も見ているのに恥ずかしいですっ!」


 恥ずかしいところあったか……?


 どこが恥ずかしい部分かわからなかったが満更でもない様子のアネモネ。

 やんややんやと恥ずかしがる姿にほっこりしていると、背後から恨みがましい低い声が響いた。


「のう、ワシの頑張りも少しは見てくれんか……?」


 その声にやっと本題を思い出した。


 急いで視線を戻したが周囲は月光だけが淡く照らしているだけだった。


 過ぎ去った時間は戻らず。

 既に緑の光は収まり家のあった場所には巨大な切り株が聳え立っていた――


「なんか、ごめんな」


「もう、勝手にやってくれい……」





 拗ねてしまったエルダートレントのぶっきらぼうな案内を受けて切り株に近づくと膝くらいの高さからぽっかりと大きな洞が開いていた。


 中に入るとむわっと木の香りが鼻腔を擽る。

 匂いが強いと言う訳ではない。どちらかと言えばヒノキ風呂に入った後のような爽やかな木香が薫っている。


 温度も木の中と言う事もあって蒸しているかと思えばそんな事もなく、暑くも寒くもないと実に快適そのもの。


 しかも驚く事に外に設置してあった風呂も室内に取り込まれていた。

 態々解体して中に運び込む必要はなくなったが内装含めて改造する余地はある。


 広さや高さも十分過ぎる程で、切り株なのにちょっとした豪邸と言っても差し支えない出来だった。


 そんな素敵な切り株はエルダートレント曰く、エルダートレントにしか作れない種類の木でその名もそのまま魔法の木(マジックウッド)と言うらしい。


 そのまま過ぎる。


「ネーミングはあれだが、なんか貰いすぎな気もするな」


「気にするでないわ」


「ありがとう。助かった」


「それじゃあワシはしばらく眠らせてもらうからの。世話と言っても魔物が来たら折られぬようにしてくれたらいいだけじゃからの」


「放っておけばいいって事か?」


「言い方は気になるが、まぁそういう事じゃ。それじゃあまた何年、何十年後にの」


「ああ、おやすみ」


 寝すぎだと思うが相手は木なのだから時間の流れが違うのだろう。

 今まで警戒して眠れなかったのだからぐっすり眠るとなればそれくらいは眠っても不思議ではないと、俺も順調にこの世界に順応し始めていた。





 せっせと水を運んで風呂に入った俺達は寝る体勢に入っていた。


 木で出来た室内で火を使うのは不味いかとも思ったが既に眠ってしまったエルダートレントを起こすのも気が引けた。そこで仕方なく試しに色々してみた結果、この魔法の木はその何恥じぬ魔法っぷりを発揮した。


 耐寒耐熱はもちろんの事、壁や床を削って見ると即座に新たな壁が床が作られ火を起こしても焦げる素振りも見せなかったのだ。


 ありがとう、エルダートレント。ありがとう、魔法の木。


 そうして諸々の心配もなくなった俺達は室内で爽やかな木香に包まれながら至福の一時を過ごした。


 ルサルカの少女は温かい風呂自体には入らなかったのだが寝る段階になって冷め始めた風呂が気に入ったのか、今日は浴槽の中で寝ると言いだしたので今のあいつは水槽の金魚みたいになっている。


 当然、今後も居座るつもりだったら叩き出すつもりだ。


 シャーネ?

 あいつは外に縛り付けたまま放置している。気持ち良さそうに眠っているのを起こすのも悪いしな。


 俺とアネモネは貧乏性が抜けずにいそいそと狭い場所(落ち着ける所)を見つけて壁際に移動すると身を寄せ合った。


「いいお家を貰っちゃいましたね」


「だな」


「もう壊さないで下さいね?」


「……気をつける」


 また人質に取られたらわからないと言いかけ、口を噤んだ。


 人質に取られると言ってしまう事はアネモネはか弱い足手まといだと言ってしまう事と同義だからだ。

 アネモネはエルダートレント達を守るために大変な道を選んだ。それは容易な事ではない。そんな選択を出来る彼女を一体誰が弱いと言えるだろうか。


 子供はいつの間にか大きくなるとよく聞くが、本当にその通りだと思う。

 それと同時にもう危険な真似はしないで欲しいとも思うが。


「どうしたんですか? 急に笑い出したりして」


「アネモネが日々成長してるのが嬉しくてつい、な」


「なんですか、それ」


 アネモネはぷくっと頬を膨らませて不満げな顔を作った。


 その膨らみをちょんと突く。


 「ぷぅー」と間抜けな音を鳴らして窄められていた口から空気が抜けるとアネモネは不満を漏らした。


「何するんですか」


「おいで」


「……はい」


 ツンと拗ね気味ではあるが、床に横になって呼ぶとアネモネは上に乗ってきた。


 前は遠慮がちに乗ってもいいか尋ねてからか、寝ている間にこっそりと乗っかって居たのだが今はその遠慮がなくなっている。


 本人も気付いていないのか、それとも意図的なのか。

 どちらにせよ無用な遠慮がなくなったのは俺としても歓迎すべき事だった。


「兄さん」


「ん?」


「私はまだ、子供ですか?」


 突然の質問に俺は瞬きを繰り返す。


 どういう意味なのだろうか?


 疑問を浮かべる俺の顔をアネモネの瞳が見据えている。

 その目は真剣そのものであり、一言一句聞き逃すまいと集中している事が窺えた。


 なんと答えるべきか……。


 単純な年齢で言えばまだ子供だ。しかし見た目で言えば子供とは言い辛い。

 精神的な面で言えば幼い面は多いが子供と言う訳ではない。むしろその逆で、俺よりも大人な部分が多いとすら感じているのは俺が子供すぎるからだろう。


 単純に「子供だ」で済ませていい話ではない事は顔を見ればわかる。


 子供か否かの判断なんてのは結局のところ判定者の主観に因る。

 だからアネモネを子供だと思いたい心と成長したと思う理解度の鬩ぎ合いだ。


 大人には否応なく決断を下さねばならない時と言う物が存在するが、俺には適切な言葉がわからなかった。


 だから……


「子供だ」


「え?」


 一瞬、アネモネの顔が歪む。


 しかしそれはすぐに驚きへと変わった。


「子供なのは俺だ」


「どういう事ですか?」


「人は……一人で生きる事が出来ると思うか?」


 何の話をしているのかわからないと言う気配が伝わってくる。


 だが律儀にもアネモネは悩み、質問に答えた。


「難しい……のでは、ないでしょうか?」


 おずおずと答えが返ってくる。


 俺はそれに「答えはない」と前置きをした。


「正確には、俺も答えを知らないと言った方が正しい。答えなんて人それぞれだからな」


「むっ……ズルいですね」


「そうむくれるな。だけど俺の答えはある。俺は一人でも生きられる」


「そう、ですよね……」


「でも、孤独じゃ生きられない」


 どういう事?

 とアネモネは首を傾げた。


 さらりと流れた黒髪に手櫛を通し、そのままそっと頬に触れる。


 アネモネ本来の高い体温と風呂で温まった体温は手の平を火傷しそうなくらい熱い。

 その熱はここに確かにアネモネが居るのだと、傍に居てくれる人が居るのだと実感させてくれる。


「望んで一人になっても世界のどこかには必ず知っている相手がいる。心が繋がっているんだ。でもな、そうじゃないとそれは凄く寂しい。誰も居ない世界になって、孤独になるってのは、いつかおかしくなる。アネモネは俺が永久に居なくなったらどうする?」


「……わかりません。なんで? なんでそんな事を言うんですか? 嫌です、そんな事言わないで……!」


 例えだと言ってもアネモネは声を押し殺して涙を流し始めた。

 まだ先の話になるだろうがその時は必ず来る。


 梟との別れも乗り切ったから大丈夫かと思ったが、まだ未来の話をするにはまだ早かったようだ。


 泣かせるつもりはなかったが今は何を言っても駄目だろうと背中を擦り、頭を撫でながら諭すように話を続けた。


「寂しいだろ? 一人になるってのはちょっと出かけてるのと一緒で、自分の殻から出れば誰かが居る。だけど孤独ってのは違うんだ。俺はここに来たとき孤独だった。そんな寂しいときに出会ったのがアネモネだったんだよ」


「ふぇ……?」


「寂しい寂しいって泣いてる俺を救ってくれたアネモネは、俺にとって十分に大人だって事だ」


「……?」


 言っている意味がわからないとアネモネはポロポロと涙を零しながら首を傾げている。

 

 ちゃんと聞こえなかったのだろうか?

 だとしたらそれはそれで良かった。


 何故かって?

 こんなこと、恥ずかしくてまともに言えた物じゃないからな……。


「何笑ってるんですか……」


「いや、ははっ」


「何笑ってるんですかーっ!」


「悪かったよ」


 態度がお気に召さなかったのか、胸をポカポカと叩いてくるアネモネを宥める。


 このままにしておいても可愛いが明日の朝が怖いのでご機嫌取りにをしておくべきだろう。


「今日一日頑張ったアネモネにご褒美をあげよう。何がいい?」


 結局のところ、そこに落ち着く。


 突然の提案にアネモネはポカンと呆けたかと思うと待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。


 いつもなら眉を寄せてうんうん唸りながら悩むのに今はその素振りを見せていない。

 もしかして悪いものでも拾って食べてしまったのかと思ったがそうではなかったようだ。


「実は兄さんが私を認めてくれたらお願いしようと思っていた事があるんです」


「ん?」


「先程の質問の答えですが、結局私は成長したんでしょうか?」

 

「……そうだな。そうだと俺は思ってるよ」


 アネモネが成長したのは確かだが、基準となる俺の精神年齢が下がったのも事実。


 それを言ってもややこしくなるだけなので言わないが……


「じゃあ、子供じゃないと思うなら娘じゃなくて……その、正式に妹として……」


「え?」


「娘から妹に進化(ランクアップ)をして欲しいなぁ……と」


進化(ランクアップ)……?」


 俺はアネモネが生まれてから人間社会で言うところの家族構成と言う物を教えた事がある。だからアネモネは俺の事を兄さんと呼ぶのだろう。


 だが前提が違う場合を除いて娘はどう頑張っても娘だし、妹はどう頑張っても妹だ。話を聞く限りアネモネは家族の構成と言う物の捉え方を少し間違えてしまっているようだが。


 それも仕方のない事だ。


 何せアネモネにあれこれ教えたのはまだまだ小さい……子アネモネの頃だったから記憶が定かではないのだろう。


 アラクネは人間の子供や赤ん坊とはまったく違っては卵の中である程度大きくなってから出てくるのか、今みたいにハッキリと喋れていた訳ではないが生まれてすぐだったのに言葉を理解し、自ら意思を発信出来た。

 

 家族を知らなくても問題はないと思ったが、きゃっきゃと無邪気にはしゃぎながらあれこれ聞いて来る無邪気なアネモネに、俺もつい楽しくなってしまい色々吹き込んだのだ。


 その中でアネモネが興味を持っていたのは主役世帯における四つの構図だった。

 女の娘、妹、姉、妻。それに対して男の息子、弟、兄、夫。


 この関係をしつこいくらいに聞かれたのを覚えている。


 そしてどうやらアネモネの中では妻が居ない俺は夫ではなく兄と言うポジションらしい。

 そうなれば兄の位置関係に置かれるのは娘ではなく妹になる。だから頑ななまでに俺を兄と呼んでいるのだろう事はなんとなくだが感じていた。


 だが俺はこうも教えた。


『生まれたての子供は大人からしたら息子や娘みたいなものだ』


 と。


 そこでアネモネは子供ではなくなったと俺の口から言わせて大義名分を得る事で堂々と妹を名乗ろうとしているのかも知れないが……そう言えば以前、魔物と言うのは成長すると進化する、みたいな話をオーク君を鍛えたときにポロッと言っていた。

 深く聞いたりはしなかったのでアネモネの言う進化(ランクアップ)の意味が指すところはよく知らないが、俺の知る進化(ランクアップ)の概念を当てはめて魔物的感性で家族構成を捉えると娘から妹に、そして姉になっていくものだと思っている可能性も捨てきれない。


 もう一度人間の考える家族と言う概念を教え直すべきだろうか……。いや、そんな事をしてどうする?

 関係は変わったりしない。


 俺はアネモネが大好きだ。


 娘だろうが妹だろうがそんな物は認識の問題で、アネモネは既に俺の娘であり妹なのだ。

 だったら迷う必要などない。


 もしそれで不都合が起きるならその都度直して行けば良い。

 ここは森の中で、俺達は家族だ。そしてその事を咎めてくる奴なんて居ないのだから……。


 答えの出ていた内容を延々と考えて止まっていた俺にアネモネが不安そうに声を出した。


「兄さん……?」


「すまない。ちょっと考え事をしてた」


「あの……それで……どう、でしょうか?」


「ご褒美じゃなくてもそう望んでくれるなら……俺は兄で、アネモネは妹だ。そして……アネモネは俺の大切な人だ」


「それって、どういう……!」


「もうこの話は終わり」


「兄さんっ」


「終わり終わりっ!」


 小っ恥ずかしくて続けられないと俺は目を閉じ、口を閉じた。


 アネモネは言われた事が気になって仕方がないのか瞼の向こうで騒いでいるがしばらくすると静かになった。


 戦いの疲れもあって徐々に薄れゆく意識。


 脳が眠りに入り始め、体を包む浮遊感がゆっくりと襲ってくる。


 トスンと命の重みが胸に圧し掛かると胸の上で小さな何かがモゾモゾと蠢いた。


「兄さん……私の大切な人……大好きな人……愛してます」


 霞みゆく意識の中、静かにアネモネが俺を呼んだ気がしたがそれに応えるだけの余力は残っていなかった。


 意識が闇に沈むその一瞬、細く柔らかい感触がふわりと頬を撫でると柔らかい何かが唇に触った。


 活動の鈍くなった脳は思考する事を拒否し、恐らくアネモネの髪が顔にかかっただけだろうと重く蓋を被せる瞼を開ける事なく、そのまま深い眠りへ落ちていった――

兄さんは自分の中で答えを見つけて正式に兄と名乗る事をアネモネちゃんと約束したところで一章完結です。

と申しましても基本的には変わりません。のんべんだらりと過ごしながら二人の仲が深まって行くのを楽しんでいただけたらと思います。やったねアネモネちゃん!


第二章からはシャーネさんが語っていた亜人種の登場がありますのでありきたりではありますがファンタジー色が濃くなって来ます。


以降もお楽しみ頂ければ幸いです。


つまらないだとか文章下手糞だとか読みにくいだとか意見、アドバイスなんでも構いませんので感想に一言頂けると飛び上がって喜びますのでお時間が御座いましたら是非とも。


それではまた次回!

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おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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