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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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五十五.シャールネリア・ド・アイネヒルト2

 戦いを生業にする者くらいしか注目しない事だが、魔物は等級が低い――弱い魔物ほど大きな群れを作る傾向がある。

 違うな、弱い生物ほどと言った方が正しいか。だから人間は国と言う大きな群れを作るのだろう。


 森の民(エルフ)は魔力が、地の民(ドワーフ)は技術が、草原の民(ワービースト)は身体能力がズバ抜けている。それに比べて人種(ヒュームス)に目立つものはない。


 それが恐れとなり、劣等感を紛らわすために他の種族を捕らえて奴隷にする事で満足しているのだ。


 もし、他の種族が報復として本気で人種がしている事を同じようにし始めたら人の世などあっという間に終わりを告げるだろうに……それを理解している者はどれ程この世に居るのか。

 『調停者』なんてものがいると言うのなら是非ともその名に相応しく取り持ちをしてもらいたいものだ。


 なんて、無意味な事を考えている自覚はあった。深い溜息ばかりが口を突いて出る。


 幸い、と言ってもいいのか、未だ大森林の中で魔物とは遭遇していない。


 同じ景色が続く森の中で神経をすり減らしながら気配を殺して一晩、二晩と過ごす。


 何日経ったのか、今どの辺りにいるのかわからない。

 数日前に見つけた川で体を拭いたが鎧と下着に染み付いた汗臭さが鼻を突く。


 いくら訓練を重ね、戦いの心得を持っていてもそれは戦場での話だ。

 敵に追われて撤退戦をしながら帰投を目指しているわけでもなく、冒険者の時に培った知識に助けられながら森の恵みでその日を凌ぐ。


 限界だった。戦場でもないこの場所で無意味とも思える意味のわからない任務で死ぬ。


 ――ならば最後くらい、好き勝手してやろう。


 部下もいない静かな森の中、磨り減った精神状態だった私はそんな事を考えた。


 どうせ死んだら土に還るのだから鎧を着ていても仕方ないと、誰も見ていないのをいい事に汗臭い鎧を脱ぎ捨ててやろうと止め具を外しにかかったとき、ぶるりと体が震えた。


 何者かの気配を感じたからではない……生理的な問題だ。


 どうする?

 下だけ取るか?

 それとも全部脱いで開放的な気分で最後を迎えるか?

 様々な案が頭を駆け巡る。


 結局、最後の砦である王女殿下が頭を過ぎり少し勢いの付いた坂を前にして、普通に花を摘んだ。


 滴る水音。体から熱が抜けていく感覚。

 私の中で燻る抑圧された感情が雄大な自然の中で開放されるのを感じた。

 部下が居たら絶対出来ないであろう、なんとも言い知れぬ開放感と背徳感が頭を痺れさせた。


『至福だ……。これは、癖になりそうだな……』


 そんな事を言って体を震わせた時だった。


 ――ガサリ


 背後から茂みを揺らす音が聞こえた。


 完全に腑抜けていた私は下着を足に引っ掛けたまま立ち上がり、腰に差した剣を抜こうとしてバランスを崩した。


 ゴンッと頭に走る鈍い痛み。

 一瞬意識が飛び、踏み止まろうと足を半歩下げると私はそのまま坂を転がり落ちた。


 重い鎧は坂を転がり落ちる速度を加速させ、揉みくちゃにした。

 体をあちこちぶつけて霞み行く意識の中、最後に見たのは顔に傷のある筋肉の塊。あれは恐らく……オーガだったのだろう。


 しかし、私はそれを知ることはない。


 坂から落ちて死ぬか、それとも気を失っている間にオーガに食われて死ぬか。

 どちらにしても死ぬことに変わりはない。


 ディリエ王女殿下……申し訳ありません……


 そう、謝罪をしながら私の意識は闇の中に落ちて行った。





 てっきり二度と目が覚める事はないと思っていたが私は再び目覚めた。

 口には猿轡を噛まされ、手を後ろ手に縛られて足も椅子の足に固定されているため身動きが全く取れない状態にされているのだが。


 そして目の前には魔族……いや、魔物か……? の女と黒髪の男が何かを話していた。


 しかし、黒髪とは珍しい。

 王国で黒髪なんてのは見たことがない。


 森の民かとも考えたが、違うだろう。森の民は私でも見惚れるくらいの美男美女ばかりだ。それに比べてしまうと目の前の男はブサイクだし、何より魔物が人類と共存するとは考えにくい。


 となれば、人の成りをしているようにも見えるがこの男も魔物なのだろう。

 卑劣な……。人の姿をして私を油断させようとは。


 恐らくこの男の正体はオークに違いない。


 つまり、オークに私は……!


 女騎士なら誰もが夢見るそれに、胸は高鳴る一方だった。





 紆余曲折あってあの男がオークではなく、人間である事が判明した。

 その事に少しだけ落胆したがこれは希望だ。まだ確証は持てないが件の『調停者』なのだとしたら……。


 それに娘だ妹だと言い張る魔物を人質に取った瞬間のあの目だ。

 心臓を握り潰すかのような、人間を相手にしていると言うより……。いや、そうじゃないか。私が獣で、あの者が狩人だったのだ。私は一方的に狩られる側で、あの男は苦も無く一呼吸の間に私を狩る事が出来る存在だ。


 更には私の衣服を強引に剥ぎ取り全裸にした上、そのまま鋼鉄樹(アイアンウッド)に縛り付ける鬼畜っぷり。


 悪くない逸材どころか、私の心は既に持って行か(狩ら)れてしまっている。この、根っからの狩人ナチュラルボーンハンターめっ!

 騎士としてのプライドから来る悔しさと女としての喜びに、心と体がゾクゾクと打ち震えてしまうではないかっ。


 もうあの男が『調停者』だとか、素性が知れないだとかなんてどうでもいい。

 この好機、絶対に逃してなるものか……!


 私は戦いに関しては守りを得意としているが、こと恋愛に関しては守りの手で男を待つことの無常さはよく知っているので攻め手一方だ。


 男は女慣れしていないのかあまり私を見ようとしない。

 今にも壊れそうなボロい家畜小屋に住むような物好きでもあるようだし、慣れていなくても不思議はない。


 追われている身なのか、非常に警戒心と敵愾心を剥き出しにしている。


 情報を探ろうとしているのが見え見えな口ぶりでは知りたい事を引き出すのは難しいだろう。私も元貴族であるし、騎士団も一枚岩ではないので多少の心得はある。どんな事をされても今は口を割るつもりはなかった。


 が、可愛らしく初々しい反応はあの時の鋭い目との(ギャップ)も相まって私を更に燃え上がらせた。


 アプローチの甲斐もあってぴったりと横にくっ付いていた邪魔者は去った。


 貴族は女を囲うが心の奥底では誰もが自分が一番で在りたいのは当然だ。邪魔者は打ち倒し、寵愛を勝ち取るしかない。そして邪魔されればされるほど愛は燃え上がる。そこがわからぬ弱者はただ涙を流して去るしかないのが世の常だ。魔物とは言え、許せよ。





 暫くすると海で船乗りを襲うセイレーンと言う魔物によく似た魔物がやってきた。


 セイレーンは飛べはしないが魚の背ビレの役割を果たす一対の羽を生やしている。だがその魔物にはなかった。亜種か何かかとも思ったが、相当に知能が高いと思われるそいつは自分はセイレーンなどではないと否定した。流石は東の大森林。知らない魔物が二匹も居るとは、ここは一体どれほどの魔屈なのか……


 あの蜘蛛の魔物が走り去ってからと言うもの、機嫌が悪いことを隠しもしない男とは会話が成立していない。

 はてさてどうしたものかと頭を悩ませ、私は魚の魔物と共同戦線を張ることにした。

 

 そこで私は興味深い話を魚の魔物から聞く事ができた。

 それは、あの男が森の守護者だと言う話だ。


 意味するところはわからない。私の考えが間違っていなければ、あの男は探していた『調停者』である可能性が高い。


 先の舌戦ではそんな情報をチラとも見せなかったのに。

 どこまでも焦らしてくれる奴だ……!


 だが猛烈なアピールによって男は陥落寸前。既に私の旦那様と言っても差し支えないはずだ。

 現に、隊員くらいしか呼ばない愛称を素直に使っている。


 女の愛称は呼んでもいいと言われても普通は呼ばない。それは、私達はそういう関係ですよと周囲に知らしめる行為だからだ。つまり私たちは既に愛称で呼ぶ程の仲、と言う事になる。


 王に報告せねばなるまい。『調律者』と思わしき男と婚儀を結んだ、と。


 しかし言葉だけでは些か不安が残る。


 今この場に居たら適当な理由で動けない私に代わって呼びつけ、口付けの一つでも交わして既成事実を作ってしまいたいところだが、その旦那様は少し前に蜘蛛の魔物を追って森に入って行った。


 妻の前で他の女を追って行くなど嫉妬で気が狂いそうだがこれも旦那様の策略なのだろう。どこまでも私を満足させてくれるお人だ。


 魔族の動きは掴めなかったが勅命の収穫はあった。

 達成不可能な任務かと思ったが報告のためにも一時、帰国せねばなるまい。


 旦那様よ、早く帰って来てくれ――

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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