五十四.シャールネリア・ド・アイネヒルト1
世界のあらましとか情勢の説明回。
語りはシャーネさん視点でお送り致します。
――ドスン。
――ドスン。
体を縛られ、身動きの取れない私の胎を刺激する音がどこからか響いた。
未だ穢れを知らない大事な部分が疼く。
この疼きは私が王国の東に位置するイトの森と呼ばれる大森林で、ある男と出会った時から始まった。
▽
私の名はシャールネリア・ド・アイネヒルト。
女騎士だけで構成されたワイスタリア王国第二騎士団の団長を務めている。
実家はワイスタリア東部の辺境を賜り、その守護を任されたアイネヒルト侯爵家だが既に実家を捨てて宮仕えとなっている私には無用の肩書きだろう。
貴族の世界に嫌気が差し、家を出奔したのは今よりも九年程前になる。
侯爵家は敵国、或いはそれに順ずる者共が蔓延る地が隣接した領地を任される。
そこはいつ敵が攻めてくるとも限らない前線だ。
侵略者共から民を守る。当然、私もその教えを受け継ぎ、そのような家に生まれたのだからと両親から剣を教わって育った。
十五歳で成人を迎えれば剣を片手に戦場へ赴き民の守護者としてその責務を全うするつもりで修練に励んできた。
そんな私の未来が変わったのは十三歳の頃だっただろうか。
貴族には社交界と言う物が存在する。
爵位を持つ当主達はお家存続や家督の相続を賭けて少しでも爵位の高い者や財産を持つ家に血族や知人を増やそうと息子や娘をお披露目するパーティーを開く。
社交界は自分の財力や権力を誇示するためであったり、有事の際に助力を求める事が出来るくらいには信用できる相手を見極める場でもあるので大抵の貴族は出席する。
そんな中で侯爵家とは王族を除けば上から二番目に位置する大貴族だ。ともなれば侯爵家に取り入ろうとする者は後を絶たない。それは仕方がない。国が、世界が、そうやって回っている事くらい私でも理解している。
しかし、だ。
辺境を守護する侯爵家は他の貴族とは気色が違って強くなければならない。見た目はどうだっていい。いや……出来れば良いに越したことはないのだが、それは内面との差によりけりだ。
願望としては一見優男に見えても一度内なる野獣を剥き出しにしてみれば私を組み敷ける程の力と屈服させる程の野生的な荒々しさを持っているのがいい。それくらいでなければ私を扱う事など出来ない。
望みすぎなのはわかっている。
だが、侯爵家とは、女騎士の夫とはそうでなければならないのだ。
いつ押し込められるとも限らない辺境の領地。兵が疲れ果て、民の希望が薄く消えかけようとも屈する事無く引っ張って行く事の出来る力強さと強靭な精神が必要だ。
そんな逸材がぶくぶくと肥え太った貴族達の中にいるか?
答えは否。
貴族が受ける教育は基本的に帝王学だ。そして殆どの貴族は侯爵家のように敵地に隣接していないので戦いと言う物を知らない。だからか、上に立つ者としてのプライドばかりが膨張して行く。
尊大な振る舞いは貴族、つまり上に立つ者として公私を分け、威光を示すと言う意味では確かに有用だ。しかし、それで民の気持ちを掴む事が出来なければ兵達の士気に影響を及ぼし戦いにどれ程の悪影響を齎すかを奴等は知らない。
故に先頭に立ち、引っ張るような魅力がなければならない。
場合によっては腕っ節が強くなくてもいい。
だが、そんな貴族は存在しなかった。
そんな儚い私の希望を最終的に打ち砕いたのは公爵家の者だった。奴の名は……興味が無さ過ぎて忘れた。
公爵家は侯爵家よりも上の立場にある。その縁談を断れない事もないが、それなりに大きな理由がなければ難しい。
力も野性味の欠片もないただの豚野郎の家畜となる。奴から逃げ切れない。そんなものは……絶望だ。
悲嘆に暮れ、むしゃくしゃして庭の木を相手に打ち込みを始めてその全てを圧し折った時、私は気がついた。
民を守る手段は何も貴族でなければならない理由はない。
そして私は家を捨てる事にした。
上には兄が二人居る。
二人が死んだら話は変わったのだろうが、相続権が一番低い私は特に家督問題が発生して連れ戻される事もなく、無事に家を出る事が出来た。
今では騎士団長と言う立場上、兄二人の話は聞きたくなくとも耳に入って来る。
両親共に健在だが今は長兄は既に家を継ぎ、次兄はその補佐をしていると聞いた。二人とも既に結婚しており夫婦仲は良好だと聞く。
悔しくはない。全ッ然、悔しくないっ!
だって、私には兄達よりも剣の才能があったのだから。
十三の半ばで公爵のデブなボンボンが私に興味を持っている事を知り、十四で出奔して剣の道に励み、一年間冒険者となって知識と経験を積んだ。
そして十五の成人と共に騎士団の試験を一発で通り、五年の歳月をかけて更に腕を磨き上げ……もとい、私を差し置いて幸せになろうとする者共を扱きあげていたらいつの間にか騎士団長になっていた。
この時、既に十九と女盛り。ますます旺盛になる欲求を剥き出しにする事も出来ずに悶々と過ごす日々。
縁談は多く来たが全て一刀の元に切り捨てた。
良縁があれば受けてもよかったがそんな者はいなかったからだ。どいつもこいつも侯爵家の血と容貌ばかりに目を取られる。私を装飾品か何かとでも思っているのだろう。
見た目が良いと言われて悪い気はしないが、私は騎士だ。女騎士なのだ。
女騎士を落としたくば屈服させて無理矢理従わせる他に道はない。
そして他の誰でもなく、私にこう言わせるのだ――
『くっ、殺せっ!』
とな。
ふふっ、考えるだけで疼くではないか。
何も屈服させるのは力押しだけではない。口責めであったり、時には荒々しく私を足蹴にしてもいい。美しいとなんだと持て囃された私を縛りつけ、この美貌をまるでゴミでも見るような蔑んだ目をされながら罵倒されるのもまた一興。
立場があって部下を失望させるわけにも行かないので難しいとは思うが、裸にひん剥いて晒し者にされた日にはもう……。んんっ!
とにかく、私すら持て余している私自身を満足させろと言う事だ。
抑圧された女の部分を持て余し、修練に励む私のところにある日、任務が下った。
それは御歳四歳となられたワイスタリア王国の至宝、ディリエ・ソフ・ワイスタリア第一王女殿下の守護。
貴族と言うものは得てして裏から手を回してコソコソするのが大好きな連中だ。
王女殿下には三歳年上の王子がいる。そのため、王子を次期王に推す者達と王女を推す者達が愚かにも引き起こしかねない暗殺合戦を危惧した現国王が同じ女の方がやり易かろうと第二騎士団を設立され、私は第二騎士団へと移籍した。
そして殿下を見たとき、私は雷撃に穿たれた。
くりくりとした大きな瞳。その奥で輝く光は王族として民を抱く蒼穹を映し、天から注ぐ太陽の如き美しい金髪。スッキリと通った鼻筋と、よくやんちゃをされるため程よく締まった体。小さなお口から発せられる声は天上の調べ。
――物が違う。
私はこのお方がご立派に成長される時まで命に換えてもお守りしよう。
そう、誓った。
そうしてあっという間に五年もの月日が経ち、御歳九歳と日々ご立派になられて行く王女殿下は今尚色褪せる事無く私の天使だ。
就任当時は王位相続問題からの守護だったが一年程前からは違うものへと変わった。
魔王が生まれた。
そうは言っても情報の真偽の程はわからない。
と言うのも、魔族が住む魔国は東の大森林を抜けた先より更に東にあり、ドラゴンが住むとまで言われる険しい山脈を越えなければ辿り着けない場所にあるため裏づけが至難を極めているからだ。故に、どこからそんな情報が流れてきたのかも怪しいものだ。
そも、王国には古い伝承が残っており東の大森林は神代の大戦で流れた血を憂いた神が人々に争いを起こさせぬようにと人間と魔族を隔てたものだと謂れている。
験を担ぐような信心深い騎士や教会の者と言った者は別だが今の時代、神話を信じている者は少なく、日々の生活と武勇を求める冒険者は東の大森林が辺境の地にあることも相まって森に入る者もいる。
冒険者達が持ち込む情報は馬鹿に出来ない。情報は冒険者にとっても命綱だからだ。
それに情報は金になる。精度や内容に問題があればすぐに知れ渡る事になってしまい、誰も買わなくなるため、彼等は命懸けで情報を集め、少ない断片から真実を集める嗅覚に優れている。
そんな冒険者達からも魔王の話はあまり聞こえてこないのだ。
東の大森林は中級から上級までの魔物が跋扈する地で入る者が少ないため主だった情報自体は未だ無いが、魔王の情報が流れて来た辺りから魔物の活動が活発になったと言う報告は少しだけ上がってきている。
時期が偶然重なっただけなのか、それとも……。
かくして魔王の情報を集めつつ、貴族だけでなく魔の者を警戒して王女殿下を守護する私のところに勅命が下りたのは今より一月と少し前の事だ。
調べではどうやら王国の遥か西に位置する教国の総本山から王都にある教会に通達があり、それを教会から受け取った国王が勅命を下したと言う流れらしい。
如何に国境を隔てる事無く普及している教会だからと言っても一国の王を動かす程の力はないはずだが、動いたと言う事はそれなりに大きな理由があるのだろう。
内容は気になるが、団長とは言っても一騎士である私はそれを知る立場にない。
任務の詳しい内容は伏せられたまま、東の大森林に赴き『調停者』と呼ばれる者を王国に連れてくるか、それが難しければ友好関係を築けと言う漠然とした内容を言い渡された。
つまり、国王はこう言ったのだ。
『王女の護衛任務を外れ、魔物が跋扈する広大な森の中で存在するかもわからない相手を見つけ出して来い』
人間の国で諜報活動をするのとは訳が違う。
魔物は凶暴だ。見つかれば即時戦闘となる。
それも中級の魔物となれば訓練した騎士が数人掛り、上級ともなれば小隊が必要になる。私一人でも精々中級中位を相手取れる程度。そんな魔物が溢れ返る森に一人で行け?
死刑宣告も良いところだ。
それでも私は断る事が出来ない。
そのつもりはないが騎士を辞めて冒険者になったとして、冒険者ギルドは永世中立を謳っていてもそれはギルドと言う存在に対しての脅威に中立の立場で対応するのであって、冒険者個人にではない。厄介事を抱えたまま冒険者になってもギルドは助けてくれないのだ。まったく、世知辛い世の中だ。
勅命を受けてから一月程準備と殿下護衛の者の選定を理由に引き伸ばしたがそれも限界になり、観念した私は嫌々王女護衛の任を離れて東の大森林へと赴いた。
途中、久しぶりに領地を見たが民の顔は明るく私も一安心だ。これで心置きなく土に還れる。
そんな事を考えながら私は一人寂しく徒歩で森に向かった。
普通、諜報活動以外で単独行動をする事などありはしないのだがこの任務は密命。
尚且つ友好関係を結ぼうと言う相手を威圧しないための私と言う人選からの単独行動。
自ら望んで女であると言う事を武器にする事に反発はないが、政治的に利用されるのだと思うと気分は最悪だとしか言い様がない。
尚深まる憂鬱。
一人だと、そんな事ばかり考えてしまう。
体を動かして忘れようにも道中現れるのはゴブリンやスライムと言った下級の雑魚ばかりで相手にならない。
だが街で暮らす者にとってはそうではない。何故だか森に住む魔物は東の大森林から外に出ようとしないがたまたま出てこないだけで中級の魔物が現れたら一たまりもないので好き好んで森に向かう物好きな馬車はなく、只管歩くしかなかった。
最も近い街から歩いて二日。ようやく森の入り口に辿り着く事が出来た。
水は貴重なので体を拭く事も殆ど出来ていない。
着慣れた鎧に熱が篭り、汗でべた付いて気持ちが悪い。こんな状態で人と会うなど考えたくもなかった。
東の大森林固有種である鉄鋼樹。鉄よりも硬く、伐採が難しいために開拓されない不可侵の地。
生い茂る枝葉に遮られて薄暗い森は魔物の口の如く。駆け抜ける風の音は唸り声に聞こえる。
ああ……私は純潔を散らされることなく死ぬんだ、と種の本能が悲鳴を上げていた。
そこでふと、森に来る途中に寄った街の冒険者ギルドで耳にした話を思い出した。
王国にも森の民や山の民に草原の民と言った亜人種はちらほら見かけるが彼等は世界に散って生活しており人種に見つからないように隠れ住んでいる。
王国はそれほどでもないが奴隷として彼等は売られている。奴隷産業が盛んな北の帝国では人種を含んだ全ての種族を奴隷狩りしているとも聞くので彼等が人種を避けるのは仕方のない事だろう。
そんな彼等の里がこの東の大森林にあるらしい。
もしそれが本当ならば彼等と接触したい。
運良く調停者とやらの情報も手に入れる事が出来れば上々。
私は生きて再び王女殿下の元へ馳せ参じる事が出来る。
僅かではある。
だが、確かに差し込んだ希望を胸に、両手で頬を叩いて気合を入れると私は魔の口へと足を踏み入れた――




