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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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五十一.老木の長話は聞かない1

 赤鬼の全体重が乗った威力は凄まじく、地面に叩き付けた時に起こった衝撃は立ち込めていた土煙を跡形も無く吹き飛ばした。


「フゥゥ……」


 肺に残っていた空気を吐き出し体を掴んでいた手を離すと赤鬼はゆっくりと体を傾けドサリと重々しい音を立てて地に臥した。

 ちゃんと息の根が止まっているのを確認するまでが戦いだと言う祖父の教えを思い出し、恐る恐る頭の方に回る。


 そこには投げ方が下手糞だったせいか、それとも身長差がありすぎたのが原因なのか、首から行ってしまったらしく体重に耐え切れずに体から切り離された首が少し離れた所に転がり、断面からピュッピュッと血が噴き出していた。


「うわ……」


 物は言いよう、狼や熊などの獣は狩っていたがそれは俺の中で生きるための『狩り』であり『殺し』と言う区分ではない。


 殺しに慣れるつもりはないが、今後はこうした人間っぽい何かを殺す事も出てくるかも知れない事を今回の件で知った。


 それはここが俺の培ってきた常識が通用しない異世界であると言う事を改めて実感させてくれた。


「慣れるつもりはないし、望むつもりもないが出来れば人型は今後遠慮願いたいものだな」


 一応狩りで血や臓物に慣れているおかげで吐く事こそなかったが、少しだけ胃のムカつきを覚えながらアネモネの方に振り返った。 


 アネモネの周囲には大小様々な大きさの木が刺さっていた。

 刺さっている位置から赤鬼はアネモネを甚振っていたであろう様子が窺えた。あのとき聞こえた声はやはり笑い声だったようだ。幸いと言うべきか、それらが直撃した様子はないのが救いだろう。


 そろそろうちのお姫様のところに行こうとしたとき、ふと右肩に違和感を覚えた。


 何事かと目を遣ると、肩が下がって垂れている。

 どうやらジャーマンスープレックスをキメた時の鈍い音は力の入れすぎで肩が外れた音だったらしい。


 人間、リミッターが外れると恐ろしいものだ、なんて他人事のように考えながら外れた肩をグリグリと弄くり、ゴキンッと入れると渋い痛みが全身を駆け抜けた。


 どうやら戦い終わって興奮が冷めてきた事で体が痛覚を取り戻しつつあるようだ。

 利き手である右側は損傷が激しく指も数本折れているか、間接が外れているみたいだが指なんて繊細な部分を骨折した事がないのでどうしたら良いかわからず怖くて触れなかった。


 指の骨折の事は帰ったら自称軍人のシャーネにでも聞けば何とかなるのではないかと楽観的に考えながら、じくりと染み込むような痛みに一息つくと下を向いて地面に座り込んでいるアネモネに歩み寄った。


「ふぅー……。無事か、アネモネ?」


「兄さんっ……!」


「お互いボロボロだな。でもよかった。本当に、よかった」


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


「いいんだ。よく頑張ったな、偉いぞ」


 ポロポロとアネモネの瞳から零れた雫が地面を濡らした。


 釣られて俺まで泣きそうになったが男の涙はそうそう簡単に見せるわけにはいかないと言い聞かせて涙をぐっと飲み込む。


「帰ろうか」 


「はいっ! あ、でも」


「どうした?」


「実は――」


 聞けば、アネモネはこの半日の間にナイトオウルとエルダートレントと言う方々のお世話になったらしい。


 他にも色々あったらしいがそれは後でゆっくり聞いて欲しいと涙を目に溜めながら言われてしまった。


 嬉しい事があったのだろう。辛い事もあったのだろう。

 それがどんな事であっても可愛い娘の、妹の話を聞きたくない奴なんていない。


 どこが、とは言えないが、何かが少し変わった様子のアネモネ。


 自分の事だとわからない事だが人はこれを成長と呼ぶのだろう。


 嬉しさが胸の奥から込み上げてくる。俺を突き動かすこの衝動は、愛おしさだ。


 気が付けばアネモネの頭を撫で回していた。


「ああ、聞かせてくれ。是非聞きたい。でもまずはそのエルダートレントとナイトオウルに挨拶に行こうな」


「その前に……」


「ん?」


「も、もうちょっとだけぎゅってしても……いいですか?」


 成長したと思ったが、まだまだ可愛い事を言ってくれるじゃないか。


 そんなの、聞くまでもないだろう?


「もちろんだ!」


 パァと笑顔を咲かせたアネモネにガバッと抱きつかれた俺は、嬉しさと肩の痛みのダブルパンチを食らいながらも決して涙は見せなかった。





 歩き出すとアネモネはひょこひょこと変な歩き方をしていた。

 さり気なくその原因を探ると右側の足の一本が動いていないどころか変な方角を向いている。


 どうやら俺は聞かなければいけない事があるようだ。


 歩き出したばかりだったが戦いで疲れたと言ってアネモネを座らせると俺はその正面に位置取り理由を問いただした。


「変な歩き方だけど、どうした?」


「えっと、実は脚の一本が折れていまして……」


「やっぱりか。なんでそんな大切な事を黙っていたんだ?」


「その、心配させたくなくて……」


 アネモネはどこか、俺と一線引いている()がある。それが何から来るものなのかは正直わからない。

 恐らく人間と魔物と言う種族的なものが関係しているのではないかと疑っているが異世界に迷い込む大事件でありながら、なんだかんだ順応している楽観的な俺とは違ってアネモネは慎重派で繊細で聡い子だ。アネモネの抱えるそれは俺が考えているよりも大きな比重を持った悩みなのだろう。


 この世界に無知な俺に少しでもその悩みを分けて欲しいとは思う。だが何でもかんでも共有すればいいと言う問題でもない事は理解しているつもりだ。


 いつか話してくれるのを願って今は納得するがそれとこれは別問題だ。


 心遣いは嬉しいがそう言う事はちゃんと言って欲しいと言い聞かせた。


「ごめんなさい……」


「謝る事じゃないだろ? これが逆だったらアネモネだったらどうする?」


 と、指が折れているのをアネモネに隠している俺が言えた義理ではないのだが自分の事を棚に上げるのは大人の得意技である。


 バレなければそれは嘘ではないのだと昔の誰かが言っていた。だからどれだけ指先から脳髄を震わす激痛が襲ってきても俺はポーカーフェイスを貫く。


 そんな汚い大人の裏技を使って指の事を隠している俺に、アネモネは口を噤み顎をツンと上げた。


「心配に決まってますっ!」


 未だバレてはいないらしい。


 その事に胸を撫で下ろしながら左手でアネモネの額を軽く押すとおすまし顔でキメた。


「そう言う事だ」


「うっ……はい……」


 怒ったわけではないのだが、しゅんとしてしまったアネモネを励ますつもりで頭を撫で繰り回していると、俺の手に小さくて温かな手が重ねられた。


「えへへ」


「どうした?」


「嬉しいなって……その、思いましてっ!」


「俺も嬉しいよ」


 アネモネは脚を折って座り込み、視線を落とした状態で頭を突き出して俺に撫でられている。

 垂れ下がった髪が邪魔をして顔こそ見えないが髪から覗く耳はいつもの事ながら真っ赤になっているため照れているのが丸わかりだった。


 アネモネは天使だな、なんて考えていると、横からもう一つの手がにゅっと飛び出し俺の手を抑え付けた。


「っ! は、恥ずかしい事言わないでくださいっ」


 言い出したのはそっちじゃないのか?

 素直じゃないがそんなところも可愛い。


 表情筋が緩むのを止めることが出来ない……!


 だらしない顔を見られたら嫌われてしまうかな、と思いつつもアネモネが下を向いてるのをいい事に、俺はデレデレしてしまうのだった。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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