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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
53/82

五十.兄は許さない3

はっちゃけました……反省しています……


後半残酷描写?あります。苦手な方はご注意ください。

 意思疎通は出来ているがそれでも巨大な虫はそれだけで怖い。ほぼエイリアンの領域だ。


 情けないと言われても怖いものは怖いので、素直に怖いから背中を掴んだまま失礼しますと伝えると、触覚がピクリと動いた。どうやらそれでいいらしい。

 

 なかなか話の通じる虫のようだ。


 そうは言っても相手は喋ることの出来ない虫。 質問の幅がかなり限られる上に、俺はこの蜂の巣を狙う、言わば侵略者(プレデター)だ。


 そんな奴が何を聞くと言うのだ……?


 質問に困った俺はイエスノーどころか普通に質問していた。


「えっと、なんで弱っているんだ?」


 シンと静まり返る森。


 それも当然だ。


 喋れるわけないだろう? この間抜け、と言わんばかりに手の中に納まる蜂は黒い複眼でこちらを見ている。


 この居た堪れなさ……初めて女性とデートに出かけてエスコートの仕方がわからず、パニックに陥った末に取り合えず思いついたことを適当に口に出してしまった時のような気まずさだ。


 攻撃を受けているわけでもないのに追い詰められていた。


「怪我か? それとも空腹? まさか、巣でも追い出されたか? ははは……なんてな」


 昆虫相手に俺は一体何をしているんだろうかと冷静になって考える。


 もう蜂の巣探しなんてやめて水辺にでも連れ行ったらアネモネを探しに行こうかと考えていると、三回、右の触覚がピクリと動いた。


 えぇ……? 嘘でしょ……?


「え? 本当に怪我して腹減らして本当に巣を追い出されたのか?」


 右の触覚がピクリと動く。


 冗談のつもりが、どうやら俺は蜂の傷をかなり抉り込んだらしい。


 言われた事に腹が立ったのか、一度だけギチリと力なく顎を鳴らす。


 その姿はなんだか哀愁を漂わせていた。


「なんて言うか……ごめん」


 悪気はなかったが、悪気がなければ言ってもいいと言う問題ではない。


 幸いな事に食料には当てがある。


 アネモネが腹を減らしているといけないと思って森に入る前にルサルカの少女と話している時にイジけながら作った魚肉団子だ。アネモネの為に捏ねた物だが致し方なし。


 謝罪代わりに少しだけ世話をする事にした。


 蜂の大きさ的に数個で十分だろうと道着の内から取り出すと、大きな顎の前に差し出した。


 普通の蜂は魚肉なんて食べないはずだがここは異世界。既に常識が通用しない事は経験済みだ。


 案の定、蜂は魚肉団子を前脚で受け取り、中脚と合わせた四本でコロコロと捏ねるとぺろりと食べてしまった。


 食べている最中から何も聞いていないのにピコピコと二つの触覚を動かしている。


 俺は母性に目覚めてしまったのだろうか……? サイズ的にも、まるで赤ん坊を抱いている気分になってきてしまった。


 心なしか巨大な蜂が可愛く見える……!

 落ち着け、俺。それは錯覚だ。相手はエイリアン級の昆虫。心を奪われるな……!


 平常心を保とうと必死で自分に言い聞かせるが、食べ終わった後にご馳走様と言っているのか、ピョコンと左右の触覚を倒した姿に俺の理性は崩壊した。







 巨大蜂に母性を芽生えさせられた俺は少しだけお世話をする事にした。


「後は怪我か」


 パッと見、怪我は見当たらない。


 どこを怪我しているのかと見回していると、それが鬱陶しかったのか蜂は器用に後脚を動かして毛に覆われた腹の部分を掻き分けた。


「うわぁ……」


 産毛の奥に見える腹部には深い切り傷がざっくりと入っていた。よく死ななかったものだと感心したくなる程の深い傷。


 体液で少しぬめっているが量は少ない。ひょっとしたら蜂の尻尾のような腹部は内臓が入っていないのだろう。これが大事な臓器のある部分だったら間違いなく致命傷になっているはずだと納得した。


 この蜂はどうやら家を追い出されたらしいので、もしかしたらその時の争いで付いた傷なのかも知れない。


 それにしても困った。哺乳類であれば怪我に対してある程度どうしたらいいかくらいの予想はつく。だが虫の治療法などわからない。


 気休め程度の事だが、道着の袖を千切ると蜂の腹に巻きつけた。これで内臓()が漏れる心配はないだろう。


 今してやれるのはこれくらいだ。後はこの蜂の生命力に賭けるしかない。


「悪いな、たいしたこと出来なくて。水場に行くか?」


 蜂はピクリと右の触覚を動かした。





 家の周りに引いた川の本流が近くに流れている事を蜂を探している時に見つけていたので迷う事無く川に辿り着いた。


 川辺の茂みに蜂を隠すと追加で魚肉団子をいくつか置くと蜂は顎をキチチと鳴らした。


 きっと礼でも言っているのだろう。


 少しばかり、置いていく事に罪悪感を覚える。


 やれる事があるならまだしも、そうでないならアネモネを探す方も大切だ。


「悪いが俺は人を探している途中なんだ。元気になれたらうちに来いよ。後は……あっ! おい!」


 再び蜂蜜探しで森に入ったとき、生き残った蜂を自分の手で仕留めてしまったなんてのは笑い話にもならない。


 そのための目印を付けておこうと髪を数本引き抜いて足に撒きつけようとしたのだが、蜂は髪をむしゃむしゃと食べてしまった。


「雑食かよ……もっと食うものは選んだほうがいいぞ?」


 もう一度髪を抜く気はなかった。


 別れの挨拶にすべすべとした蜂の頭を撫でる。


 蜂は元気がないのか、それとも少しは気を許してくれたのか、静かに撫でられていた。


「簡単に死んでくれるなよ?」


 別れの挨拶を済ました時だった。


 ――ズシン


 と、森が震えた。





 森を震わした異変に、再び木の上に移動したすると振動の発生源を探すべく飛び回った。


「アネモネー! どこだ、アネモネーッ!」


 声を張るがそれに帰ってくるのはズシン、ズシンとどこからともなく響く轟音と振動。


 それは徐々に激しさを増していた。 


「なんだ一体!」


 妙な胸騒ぎにボヤきが零れた。


 そこでふと、森がおかしい事に気がついた。


 まるで誰かに誘導されているような、そんな違和感がある。


 周りを見回すが目に付く生き物はいない。


 森の中にあって生物が居なさ過ぎると言うのもおかしいが、目を閉じて意識を集中すれば動物の気配は僅かに感じる。


 恐らく、今も耳朶を震わす森の異変に怯えて姿を隠しているのだろう。


「じゃあなんだ……何がおかしい……?」


 違和感は動物がいない事ではない。


 だとすると俺が狙われている?


 いや、感じはしない。


 もし他の動物を怯えさせている相手に狙われていたなら視線などの気配を感じるはずだ。森の暮らしの中でも人間からもこれまで散々感じてきた気配を見逃す事は無い。


 精神を集中するがわかるのは息を潜める動物の僅かな気配だけ。


「……わからないな」


 呼吸を整え、集中するために閉じていた目を開ける。


 違和感の元は結局わからなかった。


 だが、自分の経験を信じるならここは素直に従うべきだと第六感が訴えていた。


「なるようになれ!」





 移動していると違和感の理由はすぐにわかった。


 森が生きている。そう言う以外にない。


 個体群の如く意思を持ち、俺をどこかに連れて行きたいのか飛び渡り易い位置に木々がうねり、巧みに道を作っていた。


 高い位置に居たからこそわからなかったが、中身がみっちり詰まった硬い木が中ほどからくにゃりと腰を曲げて樹冠の位置を変えている姿はとてつもない光景だ。


「ますますもって、ファンタジーだな」


 吹き付ける風の影響で長い時間をかけて木が不思議な形に変形した地域がある事は知っていたが、リアルタイムで木々が蠢くのはなんとも言えない気味悪さがある。


 だとしても進むことをやめるつもりはなかった。


 何故だか森は俺を音の発生源に向かわせていたからだ。


「願ったり叶ったりだが……なんだ、この胸騒ぎは?」


 そして、こう言う時の嫌な予感はよく当たる。


 森に導かれるまま少し進んだときだった。


「きゃあああああ!」


 少し高い、ここ一月で聞き慣れた声。


 その声の主が悲鳴を上げていた。


「アネモネッ?!」


 瞬間、俺の頭は真っ白になった。





 悲鳴を聞いた瞬間、周囲を警戒することをやめた。一刻も早く声の主の元へと急ぐ。


 視認できる距離まで来ると、そこは大量の土煙が上がっていた。


「アネモネはあの土煙の中か?」


 先ほどは悲鳴。


 今は「ぐすっ」と泣き声が聞こえてくる。


 泣き声に混じって「ガッガッガッ」としゃがれた笑い声が耳に届いた。


 可愛い娘を泣かした奴が笑っている。


 そんな不届き者を生かしておく理由はない。


「ぶっ殺してやる……」


 殺意が全身を滾らせる。


 土煙に紛れて見つけられない相手を探していると、土煙の一部がブワッと捌けた。


「えっ?!」


 土煙を切り裂いて現れたのは大きな(アイアンウッド)。それは投槍のように鋭く風を切って飛んでいる。


 もしや、アネモネは先ほどからあれを……?


 泣き声ではあるが、声が聞こえていると言う事は生きている。


 だが……あれが直撃すればただではすまない。


「間に合えええええええ!」


 木肌を蹴る。


 何をしたいか、その意思を正確に汲み取ってくれたのだろう。木はくにゃりと曲がり俺をアネモネの元へと弾き飛ばした。


 射出された俺は木々が避けてくれた事もあって凄まじい速度で飛行し、数秒で宙を舞う木に辿り着く。


 空中。それも強い抵抗を受けて思うように体が動かない中、最悪体当たりをして弾き飛ばすつもりで体を回転させると宙を舞う木に踵落とし見舞った。


――パァン


 風船を割ったような、それでいて少しだけ重厚感のある破裂音が木霊した。






 飛んで来た時に一瞬だったがアネモネが見えた。


 その姿は傷だらけで、至る所から血を流していた。


――カチリ。


 頭の中で何かが入った気がした。


 不思議だ。妙に頭の中がスッキリしている。


 弱弱しい声で背後から声が聞こえる。


 俺を呼ぶ声だ。


「にい……さん……」


 呼んでいる。俺を。


 何度か言葉を交わしたが、内容は正直覚えていない。


 守ってやれなかった申し訳なさと、怒りでどうにかなってしまいそうだった。


 そう。怒りだ。


 アネモネをこんな目にあわせた奴に対しての怒りもある。だが本当に怒っているのはそいつにではない。

 

 誰に向けたわけの物ではない。自分に対してだ。


 大切な子を辛い目に合わせてしまった不甲斐ない……俺に対しての怒り。


 さっき、何かが嵌まったのはなんでもない。ただ、ブチ切れただけ。


 限界だった。


 噛み締めた奥歯がバキリと音を立てた。


 狂おしい程に、どうにかなってしまいそうだ。


 八つ当たりでもなんでもいい。もうこんな事が出来ないようにお仕置きしなければ気がすまない。


 アネモネの話もろくに聞かず、「行って来る」と伝えると「いってらっしゃい」と背中に返事が戻ってきた。





 人間の脳は自壊を防ぐためにリミッターをかけていて、普段は数十%しか使っていないと言われているらしい。


 本当のところはわからない。


 だが、先ほど回し蹴りをしてからジンジンと痺れていた足はアネモネを見た瞬間から痛みを感じなくなっていた。


 痛みは生命維持に必要なストッパーだ。痛みがあるから危険なのだと知ることが出来る。


 それがないと言う事は、俺の脳は現在リミッターが壊れてしまっているのかも知れない。


「はぁー……」


 吐く息が熱い。唇が火傷しそうだ。


 それが錯角なのはわかっている。しかし、そう思えるほど(はらわた)が煮えくり返っていた。


 ストレッチに倒した首がゴキンッと鳴った。


「もう、おかしくなりそうだ」


 今までなんだかんだで事なかれと穏便に過ごしてきた。だからこんなにも精神が昂ぶっているのは初めての事だ。


 目の前に頭から角を生やした巨躯の赤鬼が笑っていると言うのに、怪物に対する恐怖よりも苛立ちが勝っている。


 赤鬼に声をかけるつもりはない。


 黙って近づくと改めて赤鬼の大きさがわかる。


 頭は見上げるほど高くにある。体は巨大な筋肉の塊だ。見れば構造は人間と殆ど変わりない。それどころか重い上半身を支えるために発達する下半身が貧弱だ。これでは如何に発達した筋肉があっても色々と不都合が出るだろう。


 じっと観察していると、赤鬼は俺を蟻か何かだとでも思ったのだろう。顔に笑みを貼り付けながら拳を引いた。


 発達しすぎた筋肉がググッと風を吸い込む。小手調べのつもりか、腰の入っていないテレフォンパンチ。それは素早い獣を生え並ぶ木々の合間を縫って射掛ける俺からしたら殆ど止まっているのと変わらなかった。


 どんな相手でも油断すべきではない。窮鼠猫を噛むし、小さな油断が命を奪う。


「馬鹿にしすぎだろ」


 話しかけるわけでもなく、一人呟いた。


 その間にゆっくりと迫る赤鬼の右の拳。半歩踏み込まれた右足。


 轟ッ! と音を立てて頭二つ分はあるだろう巨大な拳が眼前に迫る。


 拳が一つの命を肉塊に変えようと押し潰しにかかった瞬間、


「ハッ!」


 俺は上半身を反らすと同時に赤鬼が踏み出していた右足の膝を蹴り抜いた。


――ゴキリ


 足の裏に鈍い感触と音が響く。


「ガッ……!」


 赤鬼は痛みと困惑の混じった声を上げた。


 しかし、それは一瞬だけに留まった。


 すぐさま顔面擦れ擦れを通り過ぎた腕にしがみ付くと曲がらない方向へひん曲げる。


――バキンッ


 抱きしめた胸に鈍い振動が響く。


 それが実に心地良かった。


「ガアアアアアッ!」


 本来曲がらない方向に曲がり、力なくぶらんと垂れ下がった腕先。さぞ全身に言いも知れない激痛が駆け巡っている事だろう。


 体は痛みに正直だ。


 赤鬼は折れた痛みで反射的に腕を引こうとするが、俺は肘関節に抱きついたまま力いっぱい体重をかけて体を捻る。


 すると赤鬼の筋力が強いだけに引く力と違う方向にかかる力が強すぎて……


――ブチィ!


 瑞々しい音を立てて右腕の間接から先が千切れた。


「ウギャアアアアア!」


 赤鬼は絶叫しながら腕から噴水のように血を噴き出して悶えた。


 普通、腕なんて簡単に千切れたりはしない。だがそれは鍛えられた筋肉がある部分を引っ張るからだ。


 人体にはいくつも急所がある。急所は鍛えられないから急所足りえる。


 角や牙が生えている以外、構造自体は人間と殆ど変わりない赤鬼。急所への攻撃が通用するかは見ればすぐにわかった。


 上手い事肘から先を圧し折り、腕を引こうと張力を働かせる上腕二等筋とは違う力を肘先にそれなりの力でかけてやれば後は赤鬼自身の筋力によって自壊しただけの事。万力に固定された指を引くほうと反対に引っ張ればそりゃあ千切れるだろう。俺は万力程怪力ではないつもりだが、全体重が乗っていればそれくらいはできる。


 これが熊などの毛皮を着た相手だったら難しかっただろうが……


 血を噴き出す腕を押さえながらヒイヒイと唸って蹲る赤鬼に最初の威勢はない。


 俺にいつもの理性が残っていたら腕一本で許していただろう。


 しかし、


「俺はやめないッ!」


 死人に鞭打つ行為?


 知ったことか!


 情け無用の戦いだ。こいつがそうした!


「うちの子をあれだけ傷つけておいて腕一本で済む訳ないだろうがーッ! お前も弱肉強食の世界に生きる魔物なら死んで償え!」


 頭を抱えて蹲る赤鬼の背中にガッと抱きつく。


 巨大な赤鬼の体は両手を広げても脇腹までしか届かない。


「ガァ! ガアァッ!」



「嫌だ嫌だじゃねぇんだよ! 駄々捏ねんな!」


 もうやめてくれと言わんばかりに赤鬼は体を振って剥がそうとする。


 その情けない姿は怒りに油を注いだ。


「ふんんんんんッ!」


 脇腹を掴んだ指がゴキリと音を立てる。


 俺の指が折れた音か、それとも赤鬼の肋骨が折れた音かなんて瑣末事だ。


「うおおおおおお!」


 更にゴキッと耳元で音がする。


 体に違和感を感じるが頭の血管が切れそうな程の興奮(ハッスル)


 顔は茹蛸ののようになっている事だろう。


 もう何がなんだかわからなかった。


「アァアアアアア!」


 獣の如き咆哮を上げる。


 ゆっくりと赤鬼の巨躯が持ち上がる。


 自分が自分じゃないふわふわとした感覚。


 今の俺は、過去最高にキレていた。


「これがァ……! 怒りのォ……ジャーマン、スゥープレックスだあああああ!」


 赤鬼を持ち上げ勢いのまま海老反りに打ち付ける。


 赤鬼はとてつもなく重い。その全体重が、赤鬼自身を殺す。


 ドガンッと爆発のような音が木霊し、衝撃が森を駆け抜ける。


 それに続いて


 ――グチャリ


 トマトが潰れたような、湿った音が鳴った。

次からはアネモネちゃんとのラブラブ?ストーリーに戻る予定です。


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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
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