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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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四十九.兄は許さない2

四十九.兄は許さないは3で終わる予定。

本日中に更新致します。

 この森に自生しているアイアンウッドと呼ばれる樹木は高木だ。それが結構な密度で生え並んでいるためここは森と言うよりは密林と言った方が感覚的に近い。


 そんな森の地面は樹冠に遮られて木陰ばかりで、落ちた枝葉が良い具合に腐葉土になっている。


 おかげでアネモネが付けたと思われる丸い連続した足跡は所々荒れてしまってはいるが、慣れた者が見ればわかる程度には痕跡を残していた。


 俺はその足跡を見逃さないために木に上ると枝を飛び伝いながら痕跡を追った。


 もちろん甘いものを探すのを忘れてはいない。


 アネモネの足跡を追いながら蜂の巣を探してキョロキョロと周囲を見回したとき、ふとした疑問が頭を過ぎる。


「……高木に蜂って巣を作るのか? いや、そもそもこの世界に蜂はいるのか?」


 彼の物理学者は言った。


 『常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう』と。


 なるほど。魔法、異世界、魔物と既に常識を疑うどころか通用しない世界だ。間違いなく俺の持つ常識を覆してくるだろう。


 それに加えて何度も蜂の巣を見つけた経験はあっても詳しい知識はない。


「シャーネか半魚人に聞いてくるんだったな……」


 現代の風に馴染めなかった俺を鍛えてくれた祖父の言葉を思い出す。


「もうちょっと思慮深く行動しろ、か」


 本当にその通りだ。


 アネモネも蜂の巣も見つからず、滅入るばかりの憂鬱な気分に溜息を吐いた時だった。


 どこからか「ブブッ」と羽音らしき音が耳に届いた。


「ん?」


 枝に留まり耳を澄ませるとそれはやはり何かの羽音のようで、不規則に鳴っていた。


 背筋をゾクリとさせる生理的嫌悪感を誘うその音は、()とは違う、(ハエ)か――


(ハチ)……?」


 それにしては音が大きすぎるだろと思いつつも、どこか力無く感じる羽音に俺は少しだけ警戒を緩めた。


「とりあえず行ってみるか」


 考えて行動しろと言われた事を思い出したばかりだが考えすぎて動けなくなっては元も子もないと祖父の言をねじ伏せた。





 音の発信源は良い意味と悪い意味で裏切られた。


「いやぁ……やっぱり常識覆して来たかぁ」


 しみじみと呟く。


 良い意味は音を出していたのは蜂だったと言う事。それも弱っている様子でふらふらと飛んでいる。


 悪い意味は蜂の大きさが二リットルペットボトルもあると言う事だ。


 見た目はミツバチに似て全体的に丸みがあり、まばらに産毛が生えていて可愛らしい。これがスズメバチやアシナガバチみたいな凶悪な見た目(フォルム)をしていたら近づこうとは微塵も思わなかっただろう。


 だが問題はそこじゃない。


 常識(サイズ)が通用しなかったと言う事は未知の毒やパイルバンカーかと突っ込みたくなる程大きな針を持っている可能性がある。


 元の世界の毒であれば俺は森で生きるために毒を少量ずつ喰らったり、わざと毒を持つ生物に体を攻撃させたりして慣らしている。しかしこの世界の毒物が同じものであると言う保障はない。だから下手をするわけにはいかない。


 傷は致命傷でなければ何とかなる事もあるが毒は見えない分、恐ろしい事を俺は元の世界で森で暮らし始めた頃にキノコを拾い食いして思い知った。


 針もそうだ。


 見えこそしていないが体内に格納しているのか、それとも針を持っていないだけで口から毒を分泌するのか……考えるだけで恐ろしい。


 そんな怖いところが目立つ蜂だが、蜂の作るものは無駄になる物がない。


 蜂の巣は食べても美味しいし加工してもいい。ハチノコは栄養満点だし蜂自体もカラッと揚げれば美味しくいただける。


 ただ、蜂を揚げるとなると問題は鍋と油が必要になる。捕らぬ狸の皮算用とはこの事か。現状では色々と難しい話だ。


 蒸しは別の手段で代用できるが……流石に柔らかい蜂を食べるのはなぁ……。


「惜しい。でも流石にあのサイズは……」


 蜂に関するものは手に入れたいところではある。


 が、いかにアネモネから実は人間じゃないのではないか? などと疑われていても俺は人間だ。刺されれば痛いし、毒を流し込まれたら死ぬ。


 そんな事を考えながら手出しするしないに関わらず、あわよくば巣までは案内してもらおうと思っていた矢先の出来事だ。


 遠目から様子を見ていると木の足元をふらふら飛んでいた蜂は予想以上に弱っていのか、ポテッと地面に落ちた。


「死なれると困る!」


 困ると言っても出来る事など何もないのだが考えなしに木から飛び降りると蜂に近づいた。


 蜂は顎をキチキチと鳴らしてはいるが針を出しても来なければ毒液を出している様子もない。蛇のように噛み付いて注入するタイプの危険を考慮して背中から拾い上げるとふわふわの綿毛に手が沈んだ。


「おぉ……」


 綿毛の下にある甲殻自体は硬いが、毛は柔らかく、思わず感嘆が漏れた。


 本来はどれくらいの力を有しているかは不明だが、抵抗する力自体はないのか顎を鳴らす程度に留めている。


 ガッチリ背中から掴まれていて警戒を解けと言う方が難しいがいつまでも顎を鳴らして威嚇してくる蜂を見ていると、俺の頭に警戒を解く名台詞が過ぎった。


 そう。腐海に暮らす博愛精神に溢れた、風使いの少女の台詞だ。


 彼女は師が連れてきた非常に警戒心の強い動物をも愛によって懐柔した。


 俺もそれにあやかりたい。


「こわくない、こわくない……」


 正直、怖いのは俺の方です。


 そんな事を思いながらも頑張って優しい声音を出すと、キチキチ鳴っている顎の前に指を差し出した。


 ――ガチン!


 一瞬、指のあった部分を蜂の大きな顎が交差した。


 いやいや、無理だ。音がおかしい。


 指を引いていなかったら五本が四本になっていた事だろう。


 小さい獣なら噛み付かれて痛い程度で済むかも知れないが、もしその小さい獣に地上最強のアリゲーター並の咬合力があったら? 鮫のような牙があったら?


 博愛精神だけではどうもならない事もある。


 目こそ赤くなってはいないがどうにもご立腹な蜂を眺めながら溜息を吐いた。





 植物に音楽を聞かせたら蜜の味が変わっただとか、枯れかかっていたのに元気になりましたとかそんなロックロールな内容の本を見たことがある。


 その真実はわからないが心を病みかけながらも何とか社会に馴染もうとまだ社会に身を置いていたときは部屋の窓際に置いたサボテンによく話しかけたものだ。


 そこで思いついた。花に通じるなら虫にも言葉が通じるのではないか?


 弱っているのに一向に落ち着けを見せない蜂に、俺は別の手段(アプローチ)を取る事にした。


「お名前は?」


――キチチ


「怒ってる?」


――ギチッ


「そんなカッカしてもいい事ないぞ?」


――キチ……


 これは意思疎通が出来ているのではないだろうか?


 俺は更に質問をする。


「そうなら右の触覚を、違うなら左の触覚を動かしてくれるか?」


 大きな複眼がじっとこちらを見つめている。その上に付いている短い触角が忙しなくピコピコと動き回り、ピタリと止まった。


――右の触覚がピクリと動く。


「言葉が通じてるって事か……?」


 蜂は顎を鳴らすのをやめるた。


 するとまたしても右の触覚を動かした。


「常識壊れる!」


 どこまでも常識を破壊してくる異世界に驚きながら、俺は蜂に質問を始めた――

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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