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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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四十八.兄は許さない1

 ルサルカの少女に取り合えず座って落ち着けと言われた俺は素直に従うことにした。


 と言うのも、立っているとどうしてもアネモネが心配でうろうろしてしまい、気晴らしに弓を引きたくなるからだ。


 元の世界では科学の力を駆使したちょっと威力の強いただの魔改造弓だったのだが、この世界に来てからと言うもの、家を吹き飛ばしたりと物理法則を無視したトンでも威力となってしまっている。


 魔法なんてのがある世界だからこの弓も少しおかしくなってしまったのだと思うが間違いなくそんなものを気が済むまで放ち続ければこの辺りは更地になってしまうと言う事を俺は家を吹き飛ばして学んだ。


 ……また一つ、賢くなってしまった。


 しかし、その賢さを生かす前に今の俺には大切な何かが欠けていた。


 そう……それは言うまでもなく、アネモネだ。


 胸の前で組んだ二の腕を、指でトントンと叩く俺に鬱陶しそうな視線を送るルサルカの少女。


「どうかしたか?」


「お兄さん、落ち着くの。アラクネは結構強い魔物なの」


「本当かぁ?」


 言葉だけで強いなんて言われても何の保障にもならないし、アネモネは体こそすぐに成長してしまったがまだ生まれて一ヶ月と少しの子供だ。


 一人でお使いが出来るのは五歳以上から。


 これは絶対の法則だと言ってもいい。


 それに今回はお使いじゃなくて家出だ。まだまだ小さな子供が家出して、それを心配しない人間はいない。


「何か言いたそうだな?」


「お兄さんはお姉ちゃんに森で食べ物を取って来て貰ってるのに、心配なの?」


「当たり前だ。あんなに俺のこと「だいしゅき!」って言ってた愛娘が大嫌いって言って森に入って言ったんだぞ?」


「……お姉ちゃんは恥ずかしがり屋さんだからそんな直接的な事言わないの」


「生まれたばかりの頃は言ってたんだよ……」


 ……言っていなかったような気もするが人間の記憶なんて当てにならない。思い出は美化されるものであるし、問題はない。


 それよりも今は嫌いと言われた声が頭の中で何度も繰り返されてしまう事の方が問題だ。


 小さなトラウマになりつつあるフラッシュバックに俺は頭を抱えた。


「辛い……なんでこんな事に……」


 塞ぎこんでいると、狩りの時に獲物が送ってくるような視線をどこからか感じた。


 なんだろうかと顔を上げ、その視線の元を追うとそこには木に括り付けられて糸製の猿轡を嵌めたシャーネが何か言いたそうに俺の事をじっと見つめていた。


 やっちゃった……目が合っちゃったよ……


 と少し嫌な気分になる。


 シャーネはこちらをじっと見つめ、しばらくすると満足したのか目元を緩ませ、こくんと頷いた。


 何か言いたいのだろう……そんな気配がビンビンと伝わってくる。


 だが俺からは声をかけない。かけたくない。ただでさえ頭が痛い状況なのにもっと悪化させる物好きはいない。


 そんな俺の様子に業を煮やしたのか、シャーネは首を振って猿轡を自力で外そうとし始めた。


「ん゛ー! ん゛ー!」


 携帯のバイブレーションの如く唸るシャーネ。


 五月蝿い奴だと思いながらも気が参っていた俺は血迷い、ついつい猿轡をずらしてしまった……


「ぷはっ」


「何か言いたいみたいだけど……なんだ?」


「その、なんだ。原因らしい私が言うのもなんだが、迎えに行けばいいのではないか? 気を荒立たせる旦那様もなかなか野生的で素敵だがな。流石にここまで落ち込んでいると……な?」


「探しに行ってもいいと思うか? 嫌がられないか?」


「旦那様は心配性だな。例えば、だ。実は私の隊は全員女でな。前に隊員から聞いた話では男に追われたいと言うのが大半だった。まぁ、私は追われるよりも追いたい方だからその気持ちはわからんが……いや、待てよ……? よく考えれば追われると言うのも悪くないのかも知れん。むしろそっちの方が激しムグッ!」


 聞いてもいないシャーネと隊員の恋愛観はまだ良いとして、油断した一瞬を突いて暴走し始めたので猿轡を元に戻した。


 シャーネは喋り足りないと足をバタつかせて抗議してきたが、俺が再び血迷うことはなかった。


「はぁ……」


 やはりこいつから何かを聞こうとしたのが間違いだった。


 アネモネ……頼むから帰ってきてくれ……


 ずっとそればかりを考えながら俺は川辺で空を眺めて抜け殻となった。





 ルサルカの少女やシャーネが居るから物理的に一人ではない。


 しかし、俺の心はどうしようもない孤独感に苛まれていた。


 どれくらいそうしていたのか、太陽の傾きを見るにアネモネが出て行ったのが九時だとすれば今は正午くらいにはなっているだろう。


 季節がわからないから時間の流れも正確ではないが、体感では既に結構経っている。


 孤独感に苛まれる心は寒く、体はブルブルと震えて禁断症状が出始めていた。


「アネモネ成分が足りない……アネモネ成分が足りない……アネモネ成分が足りない……」


 川辺に座り込んで頭を抱え、ぶつぶつと呪文のように独り言を繰り返す俺にルサルカの少女は呆れ気味に口を開いた。


「これは相当重症なの。呆れを通り越して怖いの。夢に見そうだからもうやめて欲しいの」


 そんな事を言われて「はい、やめます」なんて情緒不安定な方が怖い。


 だから俺はやめない。


「いい加減鬱陶しいの。私も寂しいけど、このままだと私まで気が滅入るの」


「じゃあ何か良い手はないか考えてくれ。お年頃の娘の気持ちがわからない」


「食べ物で釣るの。うん、それがいいの」


 目から鱗が落ちるとはこの事だ。


 そう、そうだったのだ。


 女の子は甘いものに目がないと本にも書いてあった。本に書いてあったのだから間違いはない。


 それにここは森だ。蜂の巣がある。であれば、ハチノコや蜂蜜が取れる。


「それだっ! ありがとう!」


 思い立ったが吉日。即行動が大切だ。


 今こうしている間にもアネモネが腹を空かせているかも知れない。それに他の生物に蜂の巣を確保されて見つからないなんて事になってからでは遅い。


「美味しいものが見つかったら私も食べたいの」


「なるべく残るように努力はする」


「努力だけじゃなくて成果も見せて欲しいの」


「……わかった。それじゃあ(シャーネ)の監視を頼むぞ」


「了解なの! 楽しみにしてるのっ」


「じゃあ行って来る」


 地上の美味しい食べ物を想像してか頬を緩ませるルサルカの少女と低い声で唸るシャーネに見送られて俺は森に入った。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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