四.アラクネ族その2
「へい、らっしゃい」
「兄さん、初対面の相手にふざけるのはどうかと思います」
「ごめん。こういう時どういう顔をしたら良いかわからなくて……」
「笑えばいいと思います」
ヒクッ
アネモネを除き人前で笑うのなんていつぶりか。思わず口角が引きつり、ピクピクと痙攣を起こしてしまう。
そんな醜態を晒した俺にアネモネは目を覆い隠し、こんな身内恥ずかしいと言わんばかりに頭を振った。
「兄さん……」
「ごめん」
そんな和やかな雰囲気を醸す俺達を見兼ねたのか、それとも輪に入りたかったのかアラクネが声をあげた。
「あ、あの……」
「あ、すいません。アラクネ族の人ですよね。いらっしゃいませ、さささ。こちらへずぃーっと」
「は、はぁ。ではお言葉に甘えて」
「し、失礼します」
女性のアラクネが二人。
我が家は天井から壁、床に至るまで全てに穴が開いており正真正銘のボロ家。倒壊の危険もあるので会談は外で行うとアネモネとの作戦会議で決めていた。
家の前に作った簡素な会場に案内する。
見た目は原始人、気分は貴族だ。
畑を作るために木を抜きに抜いたためボロ家の周囲は結構開けているため森と違って光が入ってくるので暖かい。ちなみに、住んでいるボロ家は元から建っていた物を無断使用している。前の住人がイチャモンを付けてきたら力ずくで追い返すつもりだ。
土地の権利書を持ち出された場合のみ退去します。権力と法に弱いのは国民性だ。
そんな解放感溢れる広場に案内すると、二人は全身で光を浴びるように両手を広げ、恍惚とした声を出した。
「ほぁぁ」
「ふぉぉ」
一つ気になっていた事がある。
アネモネは自分で出した糸で胸を巻く衣類を作ったのに目の前に居る若いアラクネは胸を曝け出しているのだ。痴女なのだろうか?
「なぁ、アネモネ。アラクネってさ」
「……知りません」
顔を真っ赤に染めてそっぽを向いてしまったが自慢だが動体視力はいい方だ。だから隠しても無駄だ。理由を知っているな? このおませさんめっ!
だが、いくら可愛いからって構いすぎると鎧のような外骨格の足で串刺しにされる危険があるので深くは聞くまい。難しいお年頃ってやつだろうからな。
「そっか」
「でも、この状況どうしましょう」
「今の内に、殺っちゃう?」
「なんで兄さんはそう思考回路が物騒なんですか?」
「他人より身内だからね」
「も、もう! そんな事言っても嬉しくありませんっ」
「いや、別に喜ばそうと思って言ったわけじゃないんだけど」
「……」
▽
「お二人さん。そろそろ満足したかね」
「あ、はい……恥ずかしいところを見られてしまいました……」
「きゃっ」
恥ずかしいところ丸出しは恥ずかしくなくて、太陽光を浴びている所は恥ずかしいのか? 恥じるポイントがちょっとおかしくないか?
「い、いえ。お二人ともお綺麗でしたよ」
「何照れてるんですか」
「しょうがないだろ。アラクネはアネモネと同じ種族な事あって肌は白くて滑らかそうだし、綺麗なんだから……」
ただ、下半身の蜘蛛の部分は動くたびに間接がキチキチカサカサ言ってて結構怖い。だからと言って顔には出さないように気をつけているし、人の部分が綺麗な女性であるのは事実だ。
思っている事の一つを素直に口にしただけだったが、二人は照れくさそうにはにかんだ。
「あらっ」
「うふっ」
嬉しそうに笑った二人に少しばかり機嫌が悪い様子のアネモネが本題を切り出した。
「お二人も簡単に煽てられないで下さい。それで、お二人は何故ここに?」
「あら、そうでした。えっと、どうしよっか」
「どうしましょう。仲間の糸が飛んできたから来たんだけど、救難じゃなかったみたいだし」
「へ?」
呆けた声を出したアネモネは、どういうこと?と二人の顔を見比べていた。
ついでに俺の顔も見てきたが、知るわけないだろう?
驚きで中々喋り出せないようなので、俺が代わって聞く事になった。やはりなんだかんだ言ってもまだまだ子供。こう言うのは大人の務めと言う事なのだろう。
「お二人はアネモネを連れ帰りに来たわけではないと?」
「え? はい、そうですが」
「助けを求めるときに使う糸が飛んでいたのでそれを辿ってきただけですよ」
「なるほどなるほど。ちなみに、俺はアラクネと言う種族の生態に詳しく無いんだけど、アラクネは寄り合って生きてるのか?」
「いいえ? 集まりたい子が集まってるって感じですね」
「子供もそこら辺に産みっ放しですし、魔物の本能である程度は理解してますから。困ったら今回のように糸を出しますし、それを年長者が辿って引き取りに行くって感じでしょうか」
「つまり今回はアネモネが俺の話に困り、出した糸が救難用だったと」
「流れはよくわかりませんが、恐らく」
俺は二人にざっと事のあらましを話した。
二人は太陽光がよっぽど気持ち良いのか話をちゃんと聞いているのか怪しいがそれならそれでリラックスできているという証左なので放っておくことにした。
「はぁ、魔物に挨拶ですか。律儀ですね」
「食べられるとか思わなかったんですか?」
どうやらしっかり聞いていたようだ。
「本当言うと、二人を殺すための準備はしてあるんですが、もう要りませんね」
ブツッと紐を切ると座っている場所以外を埋め尽くす木の槍が雨の様に降り注ぎ、大地を針山へと変え、アネモネの糸で吊るした大量の丸太がそれを砕いて転がった。