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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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四十六話.アネモネの小さくて大きな冒険7

 私は兄さんに貰ったこの名前と、そして兄さんの家族である事に特別な感情を持っている。だから困っていると言ってもエルダートレントをお爺ちゃんと呼ぶ事には少々抵抗があった。


(絶対に嫌と言うわけではありませんが、なんだか……モヤモヤします……)


 他に何か手はないものかと考えていると、そんな私の様子を見かねたのかナイトオウルがエルダートレントを突いた。


「ちょっと、アネモネちゃんは兄さんって人間が大好きだから横から入り込もうなんて図々しいわよ。私の可愛いアネモネちゃんが困ってるじゃないの」


「そんなつもりはなかったんじゃが……と言うかお前さんのでもあるまい」


「口答えしない! あんなつもりもそんなつもりもないわよ。まったく……そもそもあんた、さっき知ってる知ってるって言ってたくせに、アネモネちゃんの乙女心もわからなかったの?」


「無茶を言うでないわ。ワシも魔物じゃぞ? 森に入った人間達の話を聞いた木々の記憶から得た知識でイタズラしようとしただけで自分本位に生きる魔物がこれほど困るとは思ぬわ」


「アネモネちゃんは兄さんって人間に育てられたからか、普通の魔物じゃなくて人間だと思った方がいいわよ」


「そのようじゃな。うむ、なかなか面白い事じゃて。人間と魔物がそのように共存しておるとはの」


 エルダートレントはガサリと生い茂る葉を揺らして苔眉の片方を吊り上げると、何かを思いついた様子で「そうじゃ」と呟いた。


「ならば、お爺ちゃんと呼ぶ代わりにワシをお主等のところに住まわせると言うのはどうじゃ? ワシは色々と便利じゃぞ?」


「えっと……それは、どうしてでしょう?」


「どうして、とは?」


「何で私達のところに来たいのかな、と」


「ふむ……それはお主が首を縦に振らぬ限り答える事はできん。が、損もさせなければお主の邪魔もせんと約束しよう。ただ、そうさな……理由の一つとしては魔物と人間の共存を近くで見てみたい、と言うのはどうじゃ?」


 他にも理由はあるみたいですがどうやらエルダートレントは私達の事を近くで見たいようですね……エントの事であれば私の中の知識が教えてくれていますが、残念ながらエルダートレントの事は何も知りませんし、油断させたところで……なんて事がないとも言い切れません。


 ですが、私達を知っていた事や、先程木々から得た知識と言っていた事を考えるとエルダートレントは森の木を介して何かしらの情報を得る事が出来るのかも知れません。そうだとすればエルダートレントの言う通り、確かに便利です。


 それに私は兎も角、兄さんはエルダートレントと非常に相性がいい。もしもがあっても兄さんに優位性が確保できる相手ならばこの話は受けるべきでしょう。


 その前に兄さんにこの話をしないといけませんが兄さんなら嬉々として受け入れるような気がします。


 なんだかんだ言いながらですがルサルカちゃんも受け入れてますし、兄さんはお世話好きなのです。


「私は構いませんが……兄さんにも話してみないとなんとも言えません」


「うむ、それで構わん。ワシは気が長いからの。返事を待つ間など一瞬じゃて」


 エルダートレントは間延びした声で笑った。


「それじゃあ元に戻る方法じゃな。方法は二つ。魔力の通った水で体を洗うか、半日待つかじゃ」


「へっ?」


 半日待つだけで元に戻れた事になんだか肩透かしを食らった気分になり、思わずへたり込んでしまいました。


 私はどうやら、思ったよりも緊張していたようです。


 そしてそれはナイトオウルも同じだったようで、深く長い溜息を吐くとどこから出しているのか、聞いた事もない唸りのような低い声で何かを呟きました。


「あんたぁ……」


 羽を広げて宙を舞ったナイトオウルは一瞬にしてエルダートレントから距離を取ると、勢いをつけて飛び蹴りを放った。


「たったそれだけなのに無駄に引っ張るんじゃないわよー!」


 いつの間にか小鳥の囀りも聞こえなくなっていた湖畔に、ミシリと鈍い音が木霊した。





「痛くはないのじゃが……鳥よ、お主、少し乱暴すぎやしないか?」


「ほっといてちょうだい。それで、エルダートレントの爺様ともなれば魔力の通った水の心当たりくらいあるんでしょう?」


「もちろんじゃ。と言うかこの湖の水がそうじゃな」


 痛くはないと言いつつやっぱり何か思うところがあったのか、今度は焦らさず素直に喋ったエルダートレント。


 私には一見何の変哲もない湖にしか見えないのですが、エルダートレントはそうじゃないと言う。


 私達アラクネはあまり魔法を得意としない種族。だからか、こうして知識を受け継いでいるのだと思うのですが、こうも知らない事続きだと少し不安になってしまいます。


 こんな時、傍に兄さんが居てくれたら……


 そんな事ばかりを考えていた私の不安が伝わってしまったのか、エルダートレントが優しげな口調で諭すように話しかけてきました。


「なぁに、未知とはいつも怖いものじゃて。じゃが、怖いだけじゃない。楽しいこともいっぱいある。じゃろ?」


「あっ……」


 その言葉は私の不安に曇る心の靄をサッと晴らしました。エルダートレントの言う通り、私はその事に心当たりがありました。


 ――体が小さくなって見ていた世界が変わった時。

 ――野草のアーチを潜った時。

 ――韋駄天の蜘蛛やナイトオウルとの出会い。


 今、ここに到る全てが未知の連続でした。


「ふふっ、そうですね。エルダートレントさん、ありがとうござ――」


 います。


 そうお礼を伝えようとしたとき、湖畔の反対側からベキリ――と木が折れる音が響いた。





 鉄よりも硬く、ずっしりと幹の太いアイアンウッドを中程から圧し折り、ヌゥッと姿を見せたのはどこか見覚えのある体躯をした一匹の魔物。


 そう、似ているのです。汚い体液を撒き散らしながら私に求愛し、兄さんに心身ともに叩き直されたあの……


 ですが似ているのは岩のようにゴツゴツとした筋肉の体付きだけ。


 優に3メートルを越えるであろう身長と赤黒い体表。無造作に伸びた頭髪。口の端から上下に二組ずつ飛び出た長く鋭い牙に、頭髪を掻き分け額から顔を見せる二本の――角。


 その姿を見たとき、背筋を走る悪寒に肌がゾワリと粟立った。


 私の知る魔物に感じたものとは異質な悪寒。私の中にある生存するための知識が、魔物としての本能が、あの魔物は危険であると伝えてくる。


 何とか気を収めようと粟立った肌を擦っているとエルダートレントが焦ったような声を荒げた。


「あれは……オーガ……! 何故あんなのがこんなところにおるんじゃ!」


「あれが……本物のオーガ……」


「ちょ、ちょっと? まずいんじゃない?」


 ナイトオウルもオーガの放つ気配が尋常でない事を感じ取ったのか、ざわざわと羽を逆立てている。


「逃げるわよ。アネモネちゃん」


 ナイトオウルが飛行する速さは実際に経験しています。ですがオーガの戦闘能力を知らない以上、変に刺激をすべきでは……


「待ってください、ナイトオウルさん」


「どうしたの?」


「今、下手に動くのは危険です。何故あのオーガがアイアンウッドを折って暴れているのか理由はわかりませんが、その気になれば木片や石を投げてくる危険があります」


「そう言われると……そうかも知れないけど……」


 理由が頭でわかってもこの場に居たくないのでしょう。ナイトオウルは不承不承と言った様子です。


「うむ、アネモネちゃんの言うとおり動くのは危険じゃな。ところで、もしかせんでもワシを置いて逃げようとしてはおらんかったか?」


「何当たり前の事聞いているのよ。私はただの動物で、アネモネちゃんはまだ小さいままなのよ? それなのにあんな奴相手にどうしろって言うの?」


「薄情者めぇ……ワシは自力で動けんのじゃぞ……」


 エルダートレントが恨みがましく言い募りますがナイトオウルが言う事も尤もです。


 ただ静かに身を潜め、オーガが過ぎ去るのを待っていても対岸に居るオーガは暴れながら着実にこちらに向かってきている。


 エルダートレントが普通の木に擬態していたとしてもオーガの暴れっぷりを見るに、ここまで来たら間違いなくエルダートレントは折られてしまう事でしょう。


 私に大切な事をいっぱい教えてくれたナイトオウルを巻き込む事も、色々と良くしてくれたエルダートレントを置いて事も、いくら魔物の私と言えど気持ちの良いものではありません。


 わかっています。これが魔物として正しくない事くらい。ですが、それでもここで逃げ出したら私は兄さんの顔を正面から見られない。そんな気がするのです。


 ですから今、私に出来る事は……


「エルダートレントさん。湖に浸かれば私は元に戻れるんですよね?」


「そうじゃな。ワシの根が浸かっておる部分があるじゃろ? その当たりが一番魔力が高いはずじゃ」


「なんか汚いわね……」


「やかましいっ!」


 うーん……確かに、改めてそう言われると足をつけた部分の水が一番いいと言われているようであまりいい気はしないのですが、これも恩をお返しすると思えば……


「私がオーガを引き付けます」


「ダメよ! 危ないわ!」


「この鳥の言う通りじゃ。アラクネが速いのは知っておる。だとしても危険すぎる!」


 二人は私の事を気遣ってくれていますが駆けっこでは兄さんすらも越える私がオーガに追いつかれるとは到底思えない。


 それに、このまま待っていても運悪くオーガが私達の存在に気づけばその後どうなるかなんて事は簡単に予想できる。


「それでも、です」


 本当を言えば、怖い。


 こうしている今でも寒くないのに粟立った肌。

 恐怖で体はガクガクと震えている。


 そんな、頭の上で震える私をナイトオウルは優しく掬い上げると顔の前まで持ってきた。


「アネモネちゃん」


 大きな金眼。縦に割れた黒の瞳孔が私を射抜く。


「怖いなら、逃げてもいいの。いいえ……違うわね。逃げなきゃ、なのよ?」


 自分を奮い立たせようとしている私にナイトオウルは優しく語り掛けた。


「ナイトオウルさん……ありがとうございます」


「う、うぅ……あ、あり……ありがとう、ございまずっ」


 それが温かくて、嬉しくて、ポロリポロリと涙が零れた。

昨晩は筆が進んだぜぇ……!


本日中にもう一話投稿します。予約投稿は20時です。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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