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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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四十三話.アネモネの小さくて大きな冒険4

 経験豊富なナイトオウルの話術。


 どこから仕入れたのか、人間に対する誘惑の仕方から自身の過去の経験と方法までを詳しく話してくれましたが、残念ながら動物であるナイトオウル同士の事に関してはあまり約に立つとは思えませんでした。


 ですが、だからと言って耳を傾ける必要がないかと言われればそうではありません。随所に散りばめられた雄の情欲を掻き立てる所作、言動、その全てが私にとっては未知の世界。試してみるかは別として、知っておいてに損はないでしょう。


 自然と顔が熱くなりますが……ふふふ……私も一歩、大人になった気がします!


「私も昔はイケイケだったのよぉ?」


「苦労されたんですね」


「あの頃は私も純粋でねぇ。『君の為に最高の鳴き声をプレゼントするよ』なんて甘い言葉を囁かれてすっかり騙されちゃったわ……女はね、追うのではなく追われるくらいが丁度いいの」


「な、なるほど……ですが、そのお相手は別の雌と逃げたんですよね?」


「ま、そうね。私もあの時はまだ若かったから未熟だったのよ……」


「お相手を食べてしまおうとは思わなかったんですか?」


「食べる? なんで?」


「私達アラクネは(つがい)(オス)が他の(メス)に手を出したら食べてしまいます。自分で言うのもなんですが、独占欲が強いので盗られてしまうくらいなら自分の血肉にするんです」


「あらヤだ、過激ッ! だけど私達は食べたりはしないわね。それ以前にいつの間にか他の雌とトンズラしてたしね。……でも、思い出したらだんだん腹が立って来たわ……キィー!」


 当時を思い出したのか、羽を啄ばみブチッと一本だけ引き抜き怒りを顕にしたナイトオウルは「でもね」と溜息を吐きました。


 その仕草はどこか気だるげで憂いげを帯びていながらも艶がある。こういうのを『大人の女』と言うのかも知れません……


「アネモネちゃん、やっぱり私は思うの。魔物だからって諦めちゃ駄目。魔物である前に私達は雌なのよ。その為にはまず、兄さんって人間に雌として見て貰うのよ? いいわね?」


「は、はい! 頑張りますっ」


 今までは自分の心だけに閉じ込めて口にする事も躊躇われた言葉。それが音になるだけで顔は熱くなってしまいます。恥ずかしいですが、ここには兄さんがいませんし、恥ずかしがっていたら前には進めないと言う事をナイトオウルから教わりました。


 むん、と意気込むと、ナイトオウルは忙しなく顔をくるくる回転させて笑っています。


「それじゃ、まずは元に戻る方法を聞きに行きましょうか」


「戻る方法を知っている方がいるのですか?!」


 雌としての自信を貰っただけでなく、ナイトオウルは元に戻る方法まで探してくれると言う。


 つい、嬉しくなってクリーム色をしたふかふかの羽毛に顔を摺り寄せ、すりすりと頬ずりをしてしまいました。羽毛からは仄かに苔むした緑と太陽の香りが漂い、兄さんとは違いますがそれに似た安心感があります。


「くすぐったいわ。でも、アネモネちゃんを見てるとその兄さんって人間が自分の娘だと言い張る気分もわかるわぁ……」


「妹です……今は……」


「その調子よっ」


 バチコンッとウインクをしたナイトオウルはそのままくつくつと喉を鳴らし、ふわりと暖かな翼で頭を撫でてくれます。


 やっぱり形や感触は違いますが太陽の匂いとその翼の暖かさは、いつも頭を撫でてくれている大きな手によく似ています。


「兄さんに会いたいです……」


「そうね、そうよね……じゃあ、行きましょうか。しっかり掴まっておくのよ!」


 細かい羽毛の海に掬い上げられ頭へと運ばれると、ナイトオウルは大きな翼を広げて羽ばたいた。


「行くわよー!」





 ナイトオウルはその大きさにも関わらず生え並ぶ木々を物ともせずにスイスイと縫うように飛び、迷いなく進んでいます。


 その事が少し不思議でした。


「ナイトオウルさん」


「何かしらー」


「目的地が決まっているのですか?」


「うふっ。湖よ」


「湖があるのですか?」


「えぇ。そこの近くでエルダートレントを前に見かけた事があるの。あの魔物ならわかるんじゃないかしら?」


「えっ!」


「ひょっとして魔物同士だと縄張り争いになっちゃうかしら? 私は襲われなかったから大丈夫だと思ったんだけど」


 エルダートレントは非常に知能が高く気性は穏やかだと引き継いだ知識は教えてくれています。ですが、知識と経験は別物。たまたま知識にある固体が穏やかな性格なだけの可能性もあるし、もし戦いになればエルダーエントに勝つにはアラクネが数体は必要になるくらいにその能力には開きがあるようです。


 ですから、怖くないと言えば嘘になります。


 弱肉強食が常の魔物の世界で考えれば話し合いで解決なんてのは腑抜けた考えかも知れません。兄さんだったら罠を張り巡らせ、あの凶悪な武器をチラつかせながら話し合いとも言えない一方的な会話をする事でしょう。


 正直、魔物の私よりも魔物寄りな思考をしている兄さん。だからこそ、そのバランスを取るのが私の役目。隠れ里とも言える集落を作って身を寄せ合って暮らしているくらいにアラクネは元々戦闘を好む種族ではないのです。つまり、兄さんには私が必要なのです。


 ともすれば、私は相手と話し合いの余地があるならそれを行うべきなのでしょう。


「どうでしょう……いきなり襲ってくる事はないと思いますが、とりあえずは話してみるしかないと思います」


「安心してちょうだい。私、逃げ飛び(にげあし)は自身があるの」


「ふふ。その時も宜しくお願いします」


「任せなさいな。あ、そろそろ湖が見えてくるわよ!」


 ナイトオウルがそう言うと、鋭い風切り音と体に吹き付けていた風がふわりと和らぐ。


 ゆっくりと滑空し始めると目の前には僅かに差し込む木漏れ日を反射してキラキラと輝く大きな湖が姿を見せた。湖畔には水を求めて多くの動物が集まり、小鳥達が気持ち良さそうに水浴びをしては静かな森をコーラスで彩っています。


「ここはいつ来ても綺麗ねぇ」


 うっとりと声を出したナイトオウルが小鳥の鳴き声を邪魔しないように木に留まる。


「ふわぁ……」


 魚でもいるのかピチャリと音を立てては時折揺らぐ湖面の輝きは、体調が良い時に出せた渾身の糸に負けない程美しく、思わず溜息が漏れた。


「ずっと聴いていたいけど、今日は歌を聴きに来た訳じゃないものね。確か前はあの辺りの木に擬態していたような……」


 スッと眇められた眼は先ほどまで見せていた優しい眼差しではなく獲物を狙うそれでした。


 ナイトオウルは顔をあちこちに向けては「ムムム……」と唸っていましたが、しばらくすると目当てのエルダートレントを見つけたようです。


「居たわっ! しっかり捕まってるのよ!」


 そう言うとナイトオウルはバサリと羽ばたき凄まじい速度で一本の木に向かって飛ぶと、その勢いを利用して鋭い蹴りを見舞った。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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