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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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四十二話.アネモネの小さくて大きな冒険3

 ピュー、と吹き飛んでいく韋駄天はあっと言う間に森の彼方へとその姿を消した。


「韋駄天の蜘蛛さん……」


 言葉が通じると言っても魔物と動物……世は弱肉強食。厳しいようですがこれも世の常でしょう。


「ありがとうございました、韋駄天さん。貴方の事は少しだけ覚えておきます」


 それより問題は韋駄天の蜘蛛を吹き飛ばした風の方にありました。


 イトの森は魔物が闊歩する薄暗い森ですが鳥などの動物が居ないと言うわけではありません。むしろ魔物同士の戦いによって落ちるお零れを貰おうとする者から狩りを行う者まで様々な野生動物が身を潜めています。


 つまり、韋駄天を吹き飛ばした風はその鳥獣によって引き起こされた悲劇だったのです……


 頭上からバサリ、バサリと聞こえる羽音に、地面に叩きつけるように襲ってくる強風。


 見上げると鳥の落とす影は黒く、羽ばたきによって巻き起こる風と忙しなく上空を飛びまわっているせいで鳥の正体は定かではありません。ただ、何かを探すしているのか頭上を飛びまわっている事だけはわかりました。


「一体何をしているんでしょうか……?」


 未だにこちらに気が付いた様子はありません。


 静かにこの場から立ち去れば問題ないのかも知れませんが、それでも頭上を飛び回られているといつ襲ってくるのかと非常に気持ちが悪いのです。


「ですが、攻撃するわけにも行きませんし……」


 私達アラクネにとってハーピーなど上空から攻めて来る魔物は基本的に難敵でと言えます。


 以前二人のアラクネが家に来たとき日光を喜んだのはそもそもアイアンウッドが生え連なるこの森を拓く事自体が困難と言うのもありますが、上空から攻め込んでくる魔物を減らすため日光に餓えていたと言うのもあるのでしょう。たった少しの間とは言え、この薄暗く肌寒い森の空気を直に感じると日光のありがたみが良くわかります。


 それに加えて相手は自分が小さくなってしまっていたとしてもそれなりに大きい鳥。凶暴な相手であったら堪った物ではありません。


 気づかれないように慎重に行動しなくては……


「あっ……」


 慎重に行動つもりでしたが風で揺れる草を触った際、カサリと音を鳴らしてしまいました。自分の不用意さに思わず声が漏れ、すぐに口を閉じましたが上空を飛んでいた鳥は耳もいいのか急降下してきました。


「この辺りで音が……あ、見つけたわよ」


 頭上から大きな頭をズイと寄せて来た者の正体は動物と魔物の中間に位置するナイトオウルと呼ばれる存在。


 動物と言うには高い知能を持ち、魔物と呼ぶには能力は普通の鳥程度しかなく魔力も低い。長く生きれば魔物に変化する可能性もあるが生粋の魔物からしたら殆ど動物と遜色ないため通常の状態であれば恐れる必要のない相手。


 でもそれは普段の話であって今の状態ではありません。 


 突かれでもしたら大怪我をする可能性は高い。しかし見つけたと言う言葉が聞こえてきた事から話が通じる相手であるならまずは話し合いを試みるべきでしょう。


「こ、こんにちは」


「あら、こんにちは。……じゃなくて、折角気持ちよく眠っていたのに五月蝿くて目が覚めちゃったじゃないの」


 どうやらナイトオウルは韋駄天の蜘蛛との会話が五月蝿かった文句を言うためにこちらを探していただけだったようです。

 

 なるべく刺激しないように必死に頭を下げることにします。


「それはその……ごめんなさいっ!」


 ナイトオウルは怒ったような顔をジッと向けていたが突然、顔をぐるりと反転させる。その顔は先程までの怖い印象がある顔ではなく、まるでにっこりと微笑んでいるかのように穏やかな顔になった。


「あら、素直な良い子ね。起きちゃったものは仕方ないから今回は許してあげるわ」


 ナイトオウルは「ふぅ」と息を吐くと足を投げ出してぺたんと尻を地面に着けて座り込んだ。寝起きだからか、それとも私が脅威ではないとわかったからか、翼を広げて羽づくろいを始めたので私も少しだけ毒気を抜かれてしまいました。


「それで、こんなところで何をしているのかしら?」


「えっと、かくかくしかじか……」


「かくかくしかじか、でわかる訳ないじゃない。ちゃんと言いなさいな」


 調子に乗って兄さんの真似をしてみましたが、やはり伝わりませんでした……





 私が魔物である事や人間である兄さんと喧嘩して家を飛び出してきた事、そして帰り道がわからなくなってしまった事を一から説明するとナイトオウルは羽づくろいの為に広げていた羽で顔を隠しながら鳴声か笑い声かわからない声を上げ始めました。


「ホゥホゥ、ホッホゥ……ホッホッホゥ……」


「あの……?」


「ご、ごめんなさいね。面白くて、つい」


 どうやらあれは笑い声だったみたいです。


「私にとっては笑い事じゃないんですがっ」


「そうね、そうよね。本当にごめんなさいね。ホゥホゥ」


「まだ笑ってます!」


「だって、ねぇ? 貴女本当にその人間の事が好きなのねぇ」


 その言葉に、体から顔までがカッと熱くなる。怒っているわけではありません。ちょっと、その……恥ずかしかっただけです。


「それは……その、そう……ですが。か、家族として……」


「魔物と人間がぁ? 家族ぅ?」


 ナイトオウルの、魔物と人間がそのような繋がりを作る事など可笑しいと言わんばかりな言い方。なんで良く知りもしないのにそんな言われ方をしなければならないのか?


 私は少しばかり、カチンと来ました。


 確かに、人間は人間同士で(つがい)を作るのでしょう。ですが人間と獣人のような亜人も番を作るのだから、人間と魔物が番になってはいけないなんて事はない……はずです。


 アラクネは他の魔物のように多くの子を残す為に番を増やしたりはしません。生涯にこの人在りと決めた一匹の雄とのみ添い遂げる魔物であり、その結果が数が少ないと言われる所以(ゆえん)だったりします。ですが、その番である雄がもし他の雌に手を出そうものならその日の食事はその雄を使った肉で賄われる程嫉妬深いと言う事はあまり知られていません。


 その習性も含めて人間とは上手くいかない、なんて事は魔物である私が一番わかっています。()でわかっているからこそ、そこを突かれれば認めたくないと言う気持ち(・・・)が浮き彫りになってしまう。


 駄目なのだろうとわかっているからこそ、内に秘めた気持ちだけは到底、誰にも譲る事が出来るものではないのです。


 考えれば考えるほど兄さんへの想いは滾り、認めたくないそれを否定されればされるほど私は冷静ではいられなくなってしまいます。


「それが! いけない事なんですかっ!」


 投げ出された足元に上るとピョンピョン飛び跳ねて抗議する。


 そんな体を冷ます様にナイトオウルは鋭い嘴からホゥと息を吐くと、思わぬ言葉を口にした。


「いけなくなんかないわよ」


「へ?」


「大体よ? ゴブリンだって人を攫うしオークだって攫うわ。私達も、そして貴女達も皆、子を残す為に(つがい)を作るのだからおかしい事なんてないわ」


「オークやゴブリンと一緒にしないでください!」


「一緒よ。子が作られたら、それは家族よ。認めたくなくても、ね?」


 どこか含みのある言葉に少し引っかかりを覚えますが、それが意味するところはあまりしっくりは来ません。


「……何が言いたいんですか?」


「にぶちんねぇ……わかって言ってるのかしらぁ?」


「……?」


「作っちゃいなさいって事よ」


「作る? 何を……?」


 ナイトオウルは顔をくるくると回転させながらホゥホゥと笑っている。


 つまり、そういう事なのでそう。


「あ、ああ、あか……あかっ」


「そっ! 貴女は家族ぅなんて言葉で誤魔化しているみたいだけれど……駄目よ、そんなんじゃ」


「ななな、何がっ」


「私達ナイトオウルは群れない。それはつまり私の巣には私の番しか入れないって事」


「それが……?」


「欲しい雄はどんな方法を使ってでも物にしなければ手遅れになるって事よ! 使える物は全て使う。わかるわねっ!?」


「えぇっ?!」


「確かに今は群れとして居心地がいいかも知れないわ……でもね、駄目よ。そんな風に諦めちゃ。作るのよ、押し倒してでも!」


 そして、翼を器用に曲げてグッと握り拳を作ったナイトオウルは雌……いえ、女としての矜持を語り始めたのです。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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