三.アラクネ族その1
「取り合えず、遅くなってしまったがアラクネ族の集落を探そう」
「本当に遅いですね。一緒に暮らし始めて既に一ヶ月は経ってますよ?」
「そうだね。返す言葉も御座いません」
「探して……どうするのですか?」
「先ずは話し合い。相手が話を聞かなかったら脅す。それでもダメなら逃げる」
「順序がおかしくないですか?」
「えっ」
「え? 本当にそれでいいと?」
「あ、はい」
「まず悪い事をしたら?」
「謝ります……」
「次に?」
「話し合います」
「最後に?」
「皆ハッピー」
「はい、良く出来ました」
「えへっ」
「兄さん、可愛く無いです」
可愛い娘は反抗期のようだ。
▽
「ところで、アネモネはアラクネの居場所とかわからないの?」
「それよりもその重武装は?」
「襲われたら怖いじゃん」
「アラクネの鋼糸、それも何重にも巻いたものを素手で千切る兄さんの方が怖いです」
「何言ってるんだよ。可愛いアネモネが手を抜いてくれてるから出来ることだぞ」
「……」
「それで、出来そう?」
「多分、出来ると思いますが……」
おんやぁ? ちょっと浮かない顔だな。やっぱり親元に返されるのが心配なのだろうか。
「心配か?」
「……はい」
「なんの為の重武装だと思ってるんだ! これはお前を無理矢理連れて行こうとしたときの戦闘用だぞ!」
「……兄さんに期待した私がバカでした」
「え?」
「もういいです。糸を飛ばすので後ろ向いてて下さい」
はいはい、と後ろを向いているとシュルシュル衣擦れのような音が聞こえてくる。
アネモネは何故か糸を吐き出している所を見られるのを嫌がる。
天井に貼り付けたり蜘蛛の巣を張ったりするのは決まって寝ているときで、起きている間は殆ど糸を出してくれない。
鶴の恩返しならぬ、蜘蛛の恩返しなのだろうか?うっかり見てしまってどこかに行かれたら寂しいので今度ちゃんと話す必要がありそうだ。
「兄さん」
「ん?」
「相手からこちらに向かっている……と言うよりも、私の糸を辿られちゃいました。ごめんなさい」
テストで良い点数を取れなかった子供のようにしょんぼりと肩を落としたアネモネの頭をそっと撫でる。うるうると滲んだ瞳に見つめられ、どうしたものかと頭を捻るが浮かんでくるのは…
「よし、戦闘準備だ。俺が矢でこの辺りを吹き飛ばして威嚇するから、アネモネは隠れてな」
「なんでそうなるんですかっ!」
「いや、だって俺自宅警備員だし……怖いじゃん?」
今度はアネモネに叱られてしまい肩を落とした俺の頭をアネモネが撫でる。
上半身の人間部分は肌が白く、手も人間なのでほっそりとした指は少しばかり冷たくて気持ちがいい。
「よし、元気出た。罠くらいにしておくか」
「そうですね。それくらいにしておきましょう」
▽
「ちょっと気合入れすぎたな」
「そうですね」
作ったのは紐を切ると丸太が数十本一斉に落ちてくる罠と木を削り出した槍が飛来する罠だ。
住んでいる森の木はアイアンウッドと言われるらしく、鉄のように固い。
それでも鉄よりは固くないので素手で圧し折れる。
アラクネはそれ程力が強い種族じゃないのか、そんな俺を見たアネモネに私より魔物してますとギャグを飛ばされてしまう始末だ。
「そろそろ来る頃合か?」
「そうですね。それよりも、その弓らしき何かを引くのをやめてください。ギチギチ言ってて怖いです」
「失礼な。これは全体に特殊合金を使った特製の弓で、弦はワイヤー、下弭にはアンカーを取り付けてあり地面に打ち込んで全力で矢をいる事でドラゴンすらも打ち落とせるであろう代物だぞ。と言うかドラゴンっているのかな?」
「居ます」
「アネモネって生まれて一ヶ月ちょっとだよね? なんでそんな事知ってるんだ? って言うか大人すぎじゃない?」
「多分ですが、魔物は親から色々な情報を受け継いで生まれるみたいです。生きるための進化って奴ですね。ちなみに、私の成長が早いのも早く大人になって身を守るためだと思います」
生まれて一ヶ月程度なのにも関わらずアネモネの対応は大人っぽい。と言うよりも背伸びした、お姉ちゃんぶる子供。つまりおませさんだ。可愛い奴め。
「なんですか? その顔」
「いいや、可愛いなと思って」
「っ!」
「お、来た見たいだな」
「いい所で!」