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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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三十六.女の事情と情事5

 長く辛いシャーネとの舌戦に俺は心身ともに疲れ果て、もうダメかもしれないと思い始めた頃にアネモネは目を覚ました。

 ゆっくりと離れていく背中の温かさはこの混沌とした世界を明るく照らす唯一の光であり、それが失われた事でついに俺も闇の住人(ダークサイド)へと堕ちようとしていた。


「俺はアネモネの……義父(ちち)だ」


「……兄さん?」


 ぽけっと呆けた顔をしながら頭を傾げ、まだ少し眠たそうな瞳は何を言っているのですか? と語りかけてくる。


「兄さんは、兄です……ふぁ……」


 眠たそうにそう零したアネモネの言葉は俺に目覚めの一撃を決めた。


 ――救いはここにあったのだ。


 いや、俺はいつもアネモネに救われている。それだと言うのにアネモネが寝ている間に決着を付ける事が出来なかった自分の不甲斐なさが嫌になる。


 まだ、闇の住人へ堕ちるには早い。


 アネモネが立派な淑女(レディ)を目指すように、俺も立派な義父(ダディ)を目指さなければならい時が来た、と言う事なのだろう。


 カッと胸に宿った熱は、見事なまでにシャーネが植えつけた暗黒を払った。


「そうだな……俺も、アネモネに見合う男にならないとな」


「ふぇっ?!」


「キィー!」


「黙ってろ、この猿ぅ!」


 私も混ぜろとキーキーと喚き立てる似非人類(エテ公)を黙らせ、よくわからない声を上げたアネモネの頭を撫でた。


 長い黒髪は寝汗でもかいたのか少しだけ艶めき、太陽の光を吸い込んでアネモネを輝かせていた。

 いつもやっているような感謝の印と言うわけではない。ただ、とても愛おしいアネモネの熱を今は感じたかったのだ。


 疲れた心に大事な燃料を補充していたから、普段より長く頭を撫でてしまったがアネモネはそれを嫌がる事もなく受け入れると顔の輪郭に添えていた手に両手を添えると頬ずりを始めた。


「どうしたんだ?」


「えへ、えへへ」


「アネモネ?」


「……っは! に、兄さん! さささ、さっきのは、どういう意味ですかっ!」


「さっき?」


 ひょっとしてシャーネを猿と口汚く罵った言葉の意味を聞いているのだろうか? 

 だとしたら不味い。

 アネモネがそんな言葉を覚えて使っているところを目撃してしまったら、間違いなく不良娘街道を直進していと言う事だろう。


 そうなれば俺は俺を許せない……!

 

「あ、あれは……」


「あれは……!?」


 うっ……眩しいっ!


 黒曜石のようにキラキラと輝く瞳の前で嘘を付く事など出来ない!


 答えに窮し、額からは大粒の汗が滝のように流れ落ちている。


「兄さんどうしたんですか? 凄い汗ですよ?!」


「大丈夫だ……大丈夫。それよりさっきの……さっきのは、だな……」


「さっきのは……!?」


「シャ、シャーネに……」


 するとアネモネは、シャーネって誰です?と頭を傾げた。

 そう言えばアネモネはあの時眠っていて目の前で騒いでいる女の名前がシャーネである事を知らない。


「あぁ、シャーネってのはあの女の事で――」


「妻だ。ちなみにシャーネと言うのは私と親しい者が呼ぶ愛称だ。本名はシャールネリアだから間違えるなよ」


「会話に割り込むな。そして認めた覚えは無い。それで……アネモネ?」


 シャーネを黙らせアネモネに向き直るとアネモネは白目を剥いて口から煙のような何かを吐いていた。


「シャーネ……愛称……妻……奥さん……兄さんの……嫁……」


「違う、違うぞアネモネ。あれはあいつが勝手に言っているだけで――」


「一体何時の間に親しそうにあいつ、だとかシャーネ、なんて愛称で呼ぶ間柄に?」


「さっき……だけ、ど……? ぶべっ!」


 くるりと身を翻したアネモネの蜘蛛足が、その心を代弁するかの如く置き土産に頬を張り飛ばした。

 いつものような手加減を感じない一撃はアネモネの手とは比べるまでもなく硬質で、鉄の如き肌触り。


 何とか自分から飛ぶ事で衝撃を和らげたものの、凄まじい力の一撃に首が吹き飛びかけ体ごと吹き飛んだ俺は地面にめり込んだ。


 尻が嵌って動けない俺に背中を見せたアネモネは今、どんな顔をしているのかはわからない。


「兄さんなんか嫌いですっ! このすけこまし!」


「待ってくれ、待ってくれアネモネ!」


 黒髪を靡かせ、ドドドッと土煙を巻き上げて姿を消すその一瞬、アネモネからキラキラと輝く雫が宙を舞ったのを見逃さなかった。


「行かないでくれ、アネモネェー!」


 何とか走り去るその手を掴もうとするが、すっぽりと嵌った尻は地面から抜けず、土煙が晴れた時にはもうアネモネの姿はなくなっていた。

 帰ってこないかも知れないと言う不安と、嫌いと言われたショックで自然と顔は上を向いていた。


 見上げた先では雲が悠々と蒼空を泳ぎ、列成す雲海は分厚く広い。


「ちょっと、疲れた……」


 守らなければいけないと張っていた気が切れた事で俺は意識を失った。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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