三十四.女の事情と情事3
ある太陽神は悪戯に耐えかねその身を隠した。おかげで世界には闇が広がり、それに困った他の神々はどうにかして再び世界に光を戻そうと太陽神を表に出そうとする。
この話は、とても有名だ。
そしてある人は歴史は繰り返されると言った。
アネモネと言う太陽に隠されていた俺の光は女の裸踊りによって開かれ、再び世界を照らしつつある。
今回の立役者は根気強く自身の裸を見せたがった女だ。恥を知れ!
「やっと、見たな」
そうして再び光を得た俺の瞳は、白皙の肌を晒した女の姿を映し出していた。
「あぁ、見た。何か問題でもあるのか?」
問題があるか?
自分で言っておいてなんだが、普通なら大問題だ。
この女が結婚、或いはそれに順ずる何かしらの約束事を人様と結んでいたら結婚前の婦女子を辱めた事になる。相手は訴訟も辞さない覚悟で挑んでくるに違いない。
いや、良く考えればこれほど綺麗な女を人が放って置くか? 答えは否。
しかし今回に限って言えばその考えは免除してもいいのではないか……?
裸を見せてくれと俺が拝んだ訳ではない。女が見せたがったのだ。
現に、俺達は真剣な顔で向かい合っている。
恥ずかしいと思うから恥ずかしく思えて来る。そう、これは……トリックだ。
ここまで堂々としていれば恥ずかしいなんて思わない。そして羞恥心の欠片もない。故に、何も問題はない。
勝敗はこちらがアネモネを取り返した事で試合に一勝し、裸踊りに根気負けした事で勝負に一敗と一勝一敗の接戦だ。ここでリードして優位に立たなければこの先苦戦を強いられる事になるだろう。
それだけは避けなければならない。負けるわけには行かない。
だから内心、かなり動揺しながらもこうして表面上だけでもと平静を装っている。
なのに……女はそれを見透かしたかのように平然と言って返して来た。
「問題はないさ、何もな」
女はそう言って下唇をペロリと舐めて湿らせた。
肉食の獣が、ご馳走を目の前に舌なめずりをしている。そしてそう思わせるような強い力を宿した目でこちらを見ている……!
「じゃあ話を――」
「その前に!」
まるで、こちらの考えを読んでいたかの如く女は待ったをかけた。
出鼻を挫かれた俺の額から、ツゥ――と冷や汗が流れるのを感じる。
非常に嫌な予感がする。疾く、次の一手を打たなければ……食われるっ……!
その予感は見事的中し、女は仕上げと言わんばかりに畳みかけて来た。
「私を見てどう思った?」
裸を見て……どう思ったかだと?!
この質問の意味はなんだ?
よくわからない痴女であると認識しているが、アネモネを人質に取ったときの言動からすれば変態的な言動は演技の可能性もあると考えられなくもない。
しかし、こんな綺麗な女がするのか? そんな恥ずかしい演技を、裸体まで見せて?
……ありえない。だがこうして見せている、見せ付けてきている!
この女は危険すぎる。人間の中で眠れる野生の本能が、そう警鐘を鳴らしている。
木に縛り付けているがなんらかの方法で抜け出してまたしても凶行に走らないとも限らない。
その為、俺達は少し距離を取っているからわかり難くはあるが女は口角を少し持ち上げているように感じるのは気のせいだろうか?
いや、気のせいではない。この女は何か企んでいる。
じゃあ、やはりこの質問は何かの策略か……?
アネモネは色々あったからか俺の背にもたれ掛かってスゥスゥと寝息を立てている。
俺を信頼しているからこそアネモネは寝ているのだ。
だとしても無用心だとは思うが、アネモネはまだ幼い。だからこそ俺がしっかりする必要がある。
この局面、何があっても女を捻じ伏せ、乗り切らねばならない。
だが、どうしても女の考えている事がわからない。
考えれば考えるほど深みに嵌って行く。
ひょっとするとこれが狙いだったのか? だとしたら相当なキレ者だ。
この質問によって俺と初心なアネモネを分断すると言う作戦は、アネモネが眠っている事で意味をなさない。
ただ、それだけに読めない。
手詰まり……か?
まだだ。
間違いなくこれほど綺麗な女なら引く手数多だろう。綺麗だ、美しいだなんてのは言われ慣れているはず。
そもそも、だ。俺はアラクネやルサルカ、そしてアネモネの裸を除けば女性の裸なんて見た事がなかった。
そうした事に関しては結構厳しい教育を受けてきている。ましてや人の裸を自ら望んで見てみたいと思った事もないし、婚前交渉など以ての外だ。
そんな俺が、女の裸体を前にどう思ったか……? それになんと答えるのが正解だ? 流石にそのような本に目を通した事などありはしない。
だからと言って諦める訳にもいかない。
考えろ、思考を止めるな、裏の裏まで読み尽くせ!
「例える事が難しいくらいに綺麗だ。鍛えられた事に裏打ちされた無駄のない、それでいて女らしさを残した体の線は細く、染み一つない。滑らかで瑞々しい珠のような肌は触れたら壊れてしまいそうだとすら思えた」
決して俺は推理小説の主人公や探偵じゃないからわかるわけないと思考を放棄したのではない。
この女が変態だった場合、裏の裏とは本物のド変態だと言う事になる。間違いなくこの異常な状況を喜んでいる事だろう。
それとは逆に、実は演じていただけなら本当は尋常じゃないくらい恥ずかしいのにも関わらず俺達の油断を誘う為にこうして身を犠牲にしている事になる。
だからこそ、俺は正直な感想を叩き付けてやるのだ。
ただの変態であれば素直な感想を伝えたら俺の事を他と変わらないつまらない男だと思うだろうし、そうじゃなかったとしてもこう言っておけば悪い気はしないはず。
この考えが功を奏したのか、俺は読み合いに勝利したと確信した。
女は顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。勿論、揺れているのは体に付いた二つの程好い大きさと形をした女性の象徴もだ。
わざと揺らしているのだろうか?
だとしたらやめて欲しい。目の毒だ。
もしや、これが肉体言語と言うやつだろうか? 女の武器で語るとは卑劣な……口で語れ!
そんな事を考えていると、女は不気味に口元を歪めた。
「は、ははは恥ずかし……恥ずかしい事を言うな! 私も大好きだ! 旦那さまぁ!」
……あれ? どこで選択を間違えたのだろう?
性の獣とまともに言葉を交わそうとした俺が間違っていたのだろうか……?




