三十四.女の事情と情事2
女は何故か全裸で森の近くに倒れていた。
あの一瞬で服を脱ぎ去る早業……筋金入りの変態ぶりには感銘すら受ける。
それにしても卑猥な事を聞かされている時はそれどころではなかったが、年の頃こそわからないがよく見ればこの女、とんでもない美女だ。
細く伸びる眉とキュッと結ばれた薄く瑞々しい唇は凛々しさと高貴さを漂わせ、透き通るような金髪は顔の輪郭に沿って内側に緩くカーブを描き太陽の輝きを反射してキラキラと輝いている。
重そうなドレスアーマーを着ていたから服の下は筋肉ダルマかと思ったがそんな事はまったくなく、陶器のように滑らかなスラリと伸びた手足に、柔らかそうな体は女性らしい丸みを帯びている。
黙っていれば絶世の美女と言っても差し支えないだけに残念でならない。
「これが残念美人って奴か……」
「兄さん?」
「ん?」
「何を……?」
「あぁ。あの女の事だが、黙って居れば本当に綺麗だと思って」
アネモネの背後に倒れている女を、ほら、と差す。
すると、振り返ったアネモネは肩をプルプルと震わせ始めた。
どうしたのかと様子を窺っていると
「見ちゃダメエエエエエ!」
そう大声を上げて再びこちらを向いたアネモネは顔を真っ赤に染め上げ両手を突き出した。
攻撃ではない。
わかっているさ……
裸体を見せまいと咄嗟の行動だったのだろう。
可愛い娘が見せた他人への優しい気遣いだ。甘んじて受け入れよう……しかし。
「ギャアアアアアア!」
瞼の上からグイグイと食い込んでくる指の圧に俺は悲鳴を禁じえなかった。
目に入れても痛くはない程アネモネは可愛い。
だが、あくまでそれは物の喩えであって流石に目に入ってくれば痛いのである……
▽
「ごめんなさい……」
「失敗は誰にでもある。俺も家を吹き飛ばしたばかりだしこれでお互い様って事にしよう」
俺の比重が重すぎる気がしないでもないが、ヒリヒリと痛む目に薬草の余りを塗りこみながら顔を暗くしたアネモネを慰める。
女と言えば、俺がダメージを負って地面を転げまわっている間にアネモネが裸体を見せまいと彼女を木に括り付けていた。
問題はその縛り方だ。
手を頭の上して木と手首を縛られたせいで脇が丸見え。他に大事な部分で隠されているのは胸だけで下腹部も丸出しになっている。
見ているこちらが恥ずかしいので出来ればその二箇所も隠して欲しい。
だがそれをするには糸を扱えるアネモネに何故そこを隠すのか詳しく話さなければならない。
言うのか? アネモネに?
――結論は出ている。まだ、それを伝えるにはアネモネは幼い。
「さて……残骸の片付けでもしようか」
「そうですね……ところで兄さん?」
「ん?」
「私は止めたと思うんですが、家がなくなってしまいましたよね?」
「……そうだな」
「どうしますか?」
「……お願いします」
「じゃあ、私のお願いも……いいですか?」
「家を建てる事以外なら……」
機能していない大黒柱としての尊厳をなくした俺は情けない声を出しながらいつものようにアネモネの提案を受け入れた。
そもそも俺はアネモネのお願いを断った事はない。
と言うのもアネモネの『お願い』はとても可愛らしく、どちらかと言えば俺にとっても嬉しい事が多い。それにいつまでこうして一緒に居てくれるかわからないのだから今だけでも堪能したいと言う欲望が溢れんばかりに滾っている。
これは親として仕方ない事だ。
今回はどんなお願いをされるのかと興味を沸かせていたのだが結局それは保留となる。
「ん……」
艶かしい声を出して女が目を覚まし始めた。
ぼんやりと開かれた瞼から覗く青い瞳は虚ろで、長い睫毛も合わさりどこか深窓の令嬢と言った儚げな印象を受ける。
だが俺達は知っている。この女はド級の獣なのだと……
▽
破壊してしまった家の残骸は後日、片付ける事にした。
襲われた事もあってか、アネモネは風呂から出るとすぐにおねむになってしまい糸で地面に敷くシートを作ってもらうと女の監視も兼ねて眠る準備を始める。
アネモネは木の間に巣を作る事が出来るので気にしなくてもいいと言ったのだが一緒に眠ると言って聞かなかったので寄り添って夜を明かした。
元々獣を追い掛け回して森の中で夜を明かす事もあり、火の番をしたり眠っていても獣の気配を察知してすぐに行動出来るなどと言う、凡そ現代人には似つかわしくない技術を持っていた俺はアネモネの安全を確保するため浅い眠りを繰り返し、森の入り口に縛りつけた気絶したままの女を見張りながら火の番をして一夜明けた。
まだ空が白み始めたばかりの早朝に、俺は鋭い視線を感じて目を開けた。
アネモネは脚を折りたたんで座った状態で背後から背中に凭れ掛かるようにして眠っており、涎を垂らしているのか肩口が薄っすらと湿り気を帯びているのを感じる。
まだ起きるには早すぎる時間な事もあって流石に起きる事はないと思ったのだが驚いた事にアネモネは起きていた。
やはりアネモネも野生に生きていると言う事か……。嬉しいやら申し訳ないやら、訳のわからない感慨に打ち震えながらまだ眠そうに目を擦るアネモネを連れて女の元に近寄る。
いや、そうじゃない。俺は、アネモネに案内されて女に近寄った。
何故か?
アネモネは女が殆ど裸である事を思い出し、微睡みから一気に目を覚ますと俺の目を背後から両手で塞いだからだ。
「何か用か?」
「こちらを見ろ」
「無理だ」
ぶしつけにそう言ってくる女に俺はすげなく言葉を返した。
「話をするときは目を見て話をしろ。常識だぞ?」
この女に常識を語られる事は非常に遺憾ではあるが、事これに関しては正論だ。
だがまず自分の格好から見直して欲しいと思うのは贅沢だろうか? 断じて否!
俺達に理由があるとは言っても森の中で全裸。しかも体を木に括り付けられた恥ずかしい格好で常識を語られても説得力はない。
「そういう正論はいいから、私を見ろ」
「お前こそ、俺を見てわからないか?」
この女は何をするかわからないから本当ならそうしたい。でもそう出来ない理由が俺の背後にある。
「貴女に兄さんの目は穢させません」
視界は背後に立ったアネモネの手によって遮られている。
理由はわからなくもない。
家族が知らない、それも自分を人質に取った相手を綺麗だ、格好良いだ、なんて言ったら俺だって驚く。
それに、子供が他の誰かに敵対的な行動を取るのは自分の守護者である親の気を引くためだと聞いた事がある。
つまり、アネモネは俺が取られると思っているのだろう。
娘の心中はなかなかに複雑なようだ……
アネモネの気持ちを考えると女には早く帰ってもらいたいと言う気持ちが強い。人質に取られたからつい攻撃的になって矢を射ったが相手は人だ。獣とは訳が違う。
二度目はないなんて格好付けたが、軍人でもない俺に人を殺せるか? と聞かれれば答えは「わからない」と言うのが本当のところだ。
だからなんとか穏便に済ましたくて交渉に漕ぎ着けようとしているのに、この女ときたら……
「私の裸を見ただろう? そうなんだろう? 一度見たら二度も変わらないさ。なぁ?」
やたら自分の裸を見せたがって来る。
何がしたいのかまったくわからない……。そんな、底知れない恐ろしさがあった。
「アネモネ……」
「はい、兄さん……」
「もう、いいんじゃないか?」
俺達は屈しかけていた。
「そうですね……。私もなんだか疲れてきました……」
はふぅ……と可愛らしい溜息を吐いたアネモネはそう言って俺の顔から静かに手を退けた。
見てやろうじゃないか。そんなに見せたいならな!
「お望み通り見てやるぞ!」
ゆっくりと瞼を持ち上げながら息巻いた。
「そうだ、見ろ!」
一度見たら二度も変わらない。
そうだ、その通りだ。恐れる事は何もない。
俺は今日、小さな冒険の旅に出る。




