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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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二十八.ルサルカは寂しい6

「おかえりなさい、兄さん」


「ただいま、アネモネ」


 普段、森に食べ物を取りに行ったアネモネを迎え入れておかえりと声を掛けるのは俺だ。だが今日は昼寝をしていたので逆の形となっている。


 こんな何気ない日常の会話なのに胸がグッと熱くなる。


 アネモネもこんな気持ちなのだろうか? おかえり、と言ってくれる人が居ると言うのはかくも安心するものなのかと感涙に震えていると、スッと頭を突き出してきた。


 これは撫でて欲しいときの合図だ。ルサルカの少女に時間を割き過ぎたので寂しかったのだろうか?


 甘えん坊なアネモネの頭を胸に抱いて柔らかく艶やかな黒髪を堪能する。相変わらず洗髪料を使っていないのに滑らかな髪は引っかかる事もなく手櫛を受け入れ、その度に花の香りがふわりと薫る。


 髪から覗く耳は熟したトマトのように染め上げられているが顔は下を向いてピクリとも動かないのでそれを窺い知る事は出来ない。


 そんな俺とアネモネの癒しの一時に耐えかねたのか、横槍を入れるルサルカの少女。


「あう……お姉さん……」


 撫でられている間、はぅ……と小さく声を漏らしていたアネモネは振り子時計のように頭を振り上げ俺の顎をかち上げた。ゴッと鈍い音が鳴り、脳の髄まで響く見事な一撃に意識が飛び掛ける。この不意打ちで倒れてしまえば死なば諸共。少女まで巻き添えに倒れてしまう。男の意地か、親の見栄か。倒れまいと半歩だけ仰け反ってしまったが歯を食いしばって何とか意識を保った。


 いつも喰らっている照れ隠しの一撃に比べれば顎への一撃は段違いの威力。俺はそこにアネモネの優しさを垣間見た。痛みと他者への気遣いが出来る優しさに、ほろりと落ちそうになる涙を堪える。


 いや、それより一撃をくれた頭は痛くないのかと跳ね上げられたままの視線を下ろすとアネモネは目を見開いて固まっていた。……今は痛みより羞恥の情が勝っているみたいだ。


 先程とは違い微妙にプルプル震えるアネモネも子犬のようで可愛いが、それを楽しむのは意地悪に過ぎるか。


「頭、大丈夫か?」


 良い言葉が思いつかなかった俺は当たり障りのない事しか聞けなかったがアネモネはそれどころではなかったようだ。


「みみみ、見られてしまいましたっ! と言うか、まだ居たんですか!? 何で居るんですか!」


 取り乱したアネモネの視線は俺が脇に抱えている少女へと向けられている。


 何気に酷い事をさらりと言ってのけるが俺が逆の立場だったら多分同じことを言っていると思うので強く言う事ができない……


 少女も何かに気付いたように腕の中でビクリと動いた。


「み、見ちゃった……なの」


「っ~! もうお嫁に行けませんっ」


 湯気でも上げそうなほど真っ赤な茹蛸(ゆでだこ)となったアネモネがそんな事を口走る。


 アネモネ恥ずかしコレクションにまた新たな一ページが増えた事で少しだけ意識を取り戻したのだが、再び頭上から振り下ろされる二段構えの強烈なハンマーは俺の脳を揺らした。


「お、嫁……だと……」


「あ、いえ、これは……違っ……!」


 しどろもどろになにやら説明をしているみたいだったが……俺はその後の記憶がない。





 娘との約束は決して破ってはならない。


 これは世の真理なのではないだろうか。


 比較対象がないのでなんとも言えないが男と言う生き物は格好付けたがりだ。


 息子であったなら、けっ! 親となんて恥ずかしくてそんな事できるかよ! と見栄を張られるかも知れないが彼女達の心理は非常に複雑で繊細。


 真っ赤な服に身を包み、空飛ぶ鹿と言う超生物に乗って夢が配達される季節の約束を破ろうものなら死ぬまでそれが許される事はない。


 それだと言うのに俺は……


「悪かった」


「ツーン!」


 アネモネがお冠なのは昨晩、お嫁さん発言の説明をしっかり聞かなかった事と寝る前に御伽噺を聞かせる約束を反故にしたからだと思われる。白馬の王子を夢見る淑女(レディ)は寝物語が大事なのだ。


 ちなみに、ルサルカの少女は「乾燥は女の天敵なのです」とよくわからない事を言って魚捕獲用のネットをベッド代わりにして寝たようだ。なので今は一人で簀巻きにされて天井に吊るされている。


 普段は首下から足の先までスッポリと包む楕円系の繭なのに今回は繭ではなく糸玉にされている事からアネモネの本気具合が見て取れる。


 力を入れようにも間接すらまともに動かないので引き千切る事も出来ない。こうなれば研鑽を重ねてきた成果を見せつけるしかないだろう。


「アネモネ」


「なんですか……?」


「ごめんな、お前の気持ちに気付いてやれなくて」


「っ! まさか……」


「あぁ。アネモネだっていつまでも子供じゃない」


「で、ではっ!」


「わかってる。白馬の王子がお前を迎えに来たら、迎撃する程度に留めよう。射殺すのはやめる」


 子供ってのは気が付かないうちに成長するものなんだな……生まれた時からそれなりに大きかったが、まだ一ヶ月も経っていないのにもうそんな事を言う年頃になってしまったか。


 効果の程を確かめるために、チラリと視線を移せばアネモネは肩を震わせて俯いている。


 最大の譲歩。これならばアネモネも否とは――


「っ~! 全然わかってないじゃないですかっ!


「何故だ……」





 アネモネの怒りを静める事に失敗してしまった俺は素直に謝罪を繰り返した。その結果、夜は手を握って眠る、風呂で背中を流し合う、アネモネの気が向くままに頭を撫でる、一緒に昼寝と言う可愛らしい提案によって陥落した。どちらが、などと野暮な事は聞くまい?


 ツンツンしていたアネモネも今は非常に上機嫌で、早速と言わんばかりに頭を投げ出している。俺はその頭を撫でながら今日の予定を話す。


「今日はあの少女を家に届けてくる」


「私も行きます」


「よし、じゃあ完全武装で行くぞ」


「なんでですかっ」


「可愛い娘に何かがあったら大変だからな」


「妹です。そ、そんな事言っても……やっぱりダメです。最低限の武器ならまだしも完全武装なんてしたら絶対に人間の冒険者と勘違いされて襲われますよ?」


「くっ……!」


「何悔しそうな顔してるんですか? 当然です」


「アネモネに格好いいところを見せれると思ったんだが、残念だ」


「に、兄さんはそんな事しなくても……って、何言わせるんですかっ!」


 撓垂れ《しだ》掛かっていたアネモネはポカポカと胸を叩いてくるが力は入っていないので照れ隠しなのは丸わかりだ。


「じゃあさっさと行って、今日は背中を流し合おうな」


「はい、兄さんっ」

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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