二十六.ルサルカは寂しい4
少女のキノコの食べ方にアネモネが混乱すると言うハプニングがあったが比較的無事に食事を終えた俺達はしばし休息を取る事にした。
アネモネと少女の仲は良いみたいで、今も川から上半身を出した少女と川辺に座って楽しそうに談笑している姿はなかなか華がある。
やはり年頃の娘はこうして元気に過ごしているのが一番だと思うと閉じた環境に身を置かせてしまっている事に申し訳なさが生まれてしまう……
そんな思いとは裏腹に、とても楽しそうに笑っているアネモネと少女の会話の内容が気になった。
年頃の女の子の会話を盗み聞くなど良くないと言う気持ちと、知りたいと言う気持ちのせめぎ合いに儚くも俺の弱い心は敗北を決し、ごろりと体を返して二人に背を向けると気付かれないように耳を欹てた。
「おほほ、お姉さま? 私もここに住んでも?」
「うふふ、寝言は寝ていいなさいな。小娘」
……訂正しよう。表面上は仲良くやっているように見えていただけだった。
一見、朗らかな日常に生まれた幸せな光景に見えるのにその実、全く違う事に俺は戦慄を隠せない。会話の内容さえ聞かなければ美少女の雑談風景なのに会話の内容を聞いてしまうとドロドロとした昼ドラに見えて来る。華やかな笑顔は般若と能面、狐と狸、犬と猫へと早代わりだ。
睨み合い、ギチギチと足を鳴らすアネモネと川に浸っている尾びれを水面に打ちつけて威嚇するルサルカの少女。
一進一退の攻防を繰り返し、達人の領域とも思える攻撃兆候への応酬。二人は乾いた笑顔を貼り付けたまま背筋がゾッとするような薄気味悪い笑いを森のさざめきに乗せ、少しでも隙を見せれば喉元に噛み付かんとしている。
男同士の暑苦しい戦いとは違って女の戦いは粘度が高く、精神へのダメージ効率を考えた戦いをすると本で読んだ事がある。そしてそれは間違いではないだろう。今も手を出す事無く相手の腹の中を探ろうと笑顔の下に鋭利なナイフを隠している。
下手に手を出せばこちらも捌かれてしまうだろう。だが俺は修羅の道を選ぶ。あまりに不穏な空気に負けたのではない。
「二人とも、何を話してるんだ?」
二人の会話内容を知りませんよ? ちょっと二人が気になるだけ、と気さくにアプローチ。
これならば矛先がこちらに向く可能性は低いだろう。それに会話の内容的にもどちら側に付くのかは明確であり、最も強大な発言力を持つ方に勝利の女神は微笑む。
如何に正当性を持つ言葉であろうとも社会とは多数と権力が物申す世界だ。既に三人。社会形成が成されたこの場では煩わしい事に雌雄を決さねばならない。世は無情である。
そんな事を考えているとも知らずに同意を先に求めたのはルサルカの少女だった。
「お兄さん! 私もここに住まわせて欲しいの! お願いなのっ」
話の脈絡も何もあったものではないが、目を潤ませて手を胸の前に組んだ見目麗しい女性にこうも懇願されて断れる男がどれ程いるだろうか。
凄まじい破壊力にグラリと崩れ落ちそうになる精神を現実に引きとめたのは鋭い視線を送ってくるアネモネだ。夜が怖い……
何とか気を持ち直した俺の反応を見ているのか、二人は緊張した面持ちでこちらを見ている。
元居た世界は断ることが出来ない人間が多かった。無論、俺も例外ではなかった。
だが会社は、社会はイエスマンを求める。やれと言われた事を盲目的に行う人間。それはとても不気味な存在に思えた。だからそんな社会と別れてたのだ。
俺は既に常道と離別している。
だから、こう言わせて貰おう……
「断る!」
▽
返答を聞き、水に溶けるように沈んでしまったルサルカの少女とは対象的にぴょんぴょんと体を跳ねさせてアネモネはガッツポーズをキメた。はしたないからやめなさい。
「そんなに嬉しい事か?」
「勿論ですよ! この家は私と兄さんの……」
「ん?」
「に、兄さんとの……あ、あい、の……す」
「愛の巣?」
「兄さんのバカッー!」
「えぇ……?」
自分で言い出した事なのに、アネモネは真っ赤に染めた顔を隠すように両手で覆うとそのまま家の中に走り去ってしまった。
確かに家族愛はあるし、半分蜘蛛のアネモネからしたら家は巣みたいなものだしな。
何が恥ずかしかったのかわからないが、ちょっとした事が恥ずかしい年頃なのかも知れないので今はそっとしておくことにした。




