二十五.ルサルカは寂しい3
少女は川に下半身を浸し、上半身を川辺に乗り上げて楽しそうに鼻歌を歌って俺達の様子を見ている。
少女が上機嫌なのには理由がある。
ルサルカと言う種族は基本的に食事をしないそうだ。
では何を食べているのかと言うと、綺麗な水と魔力と言う謎の成分を取り込む事で生命維持を行っているとの事で、食事と言える食事は今回が初めて。更に驚いた事に、彼女達は火を使った調理をしないそうだ。
初めて見る調理の様子に、目新しい刺激の数々が彼女の好奇心を存分に刺激している。
「火って面白そうなの」
「面白くないし、危ないから指を近づけるな」
指を近づけて確かめようとする手を掴んで注意を促がすがアネモネはそれが面白くないと言う目で見ていた。
可愛い娘はアネモネ一人であるが、半魚人の少女はどちらかと言えば子猫を思わせる。
間違いなく失礼に当たるので直接言ったりはしないが、謂わばペット感覚だ。
伸ばされた手を叩き落とす度にアネモネの視線が突き刺さる。三人居れば社会が出来るとは誰の言であったか。アネモネと俺の二人しかいなかった世界に新たな風が舞い込み、世は混迷を極め始めている。
板ばさみに困り果てた俺は最後の手段に出る。
「アネモネ、頼めるか?」
「任せてください。兄さんが誰の物か、しっかりと泥棒猫に教え込みますからっ」
保護者を名乗っておきながら情けないのでやりたくはなかったが本人から厳しい目が飛んでくるので仕方がないんだ……!
俺は誰の物でもないと言いたくなる衝動を飲み込み、お礼代わりに軽く頭を撫でるとアネモネは飛び切りの笑顔をして少女の相手を始めた。
「いいですか? 兄さんは、私の兄さんです。それに、兄さんは忙しいので、邪魔してはいけません」
「なの? でも、お兄さんは私のお兄さんにもなって欲しいの!」
「ダメです。叩き出しますよ」
もう外に居ると言うのに叩き出すとはどこに追い出すのであろうか。それに私の兄になって欲しいとは……? 数多の疑問が頭を埋めていく。
「くぅぅ……なら我慢するの……今は」
ぼそっと何か言っていた気もするがアネモネの時は意外と聞き訳が良いじゃないか。それにしても叩き出すとは乱暴だ。俺も似たような事を良く言っているからか? だとしたら俺に似てしまったのだろうか。嬉しい反面、少し複雑だ。今後はなるべく控えよう……
自分の悪い部分を見てしまい、がっくりと肩が落ちてしまう。
それにしても存外、二人は仲良くしている。
心配が事が一つ減り、おかげで火入れに集中することができた。
魚はこんがりと焼かれてぷりっと太った身からはさっぱりとした香りの油が流れ出し、キノコは表面を軽く炙っただけで十分に焼き目が付いていた。
「二人とも、焼けたぞ。熱いから気を付けろよ」
串を渡して自分の魚に齧り付くと、バリッと焼かれた皮は薄く容易に歯を通す。身はほくほくと口の中でほぐれ、肉厚で泥臭さはないが味は淡白。だが海の魚とは違う味わいは個人的に好みでた。何度食べても飽きることがないが、出来れば塩くらいは欲しいものだ。
そんな食べ慣れ始めた魚の分析をしていると、隣から大声が上がった。
「これ美味しいのー!」
「よかったな。キノコもあるぞ」
「貰うの!」
「アネモネも、ほら」
「ありがとうございます、兄さん」
表面を軽く焼いたアミノコは焼かれたことで傘はパリパリとした食感になっている。ハニカムの見た目と相まってキノコを食べていると言うよりも蜂の巣を食べているような感覚に近いが、口の中にふわりと広がる香気は間違いなくキノコのそれ。
しかし……焼いたにも関わらず口の中に入れると粘液が溶け出しているのか、にゅるりと何とも言えない舌触りがした。
「美味しいけど、不思議な食感だな」
「ですね」
向かい合って座るアネモネと互いの顔を見合わせて二人でくすりと笑っていると、隣からぴちゃぴちゃと川の水音とは違う、少し粘り気を帯びた音が耳に響いた。
なんだろうかと顔を向けると味わっているのか遊んでいるのか。少女はキノコの傘に舌を這わせて官能的に堪能していた。
「んぁ……ねばねば……んちゅ……」
「なんて食べ方してんだ……」
「は、ハレンチです!」




