二十.欲しいものは?2
「ところで、アネモネは何か欲しいものってないのか?」
「欲しいものですか?」
「欲しいものだ」
「そうですね……こ、子供……とか?」
もにょもにょと小さく何か言っていたが俺の耳に常備されている遮音シャッターが危険反応を感知し、言葉は耳に入って来なかった。
入っていたら間違いなく俺はその相手をこの世から存在ごと抹消するために弓を取らねばならない。
そして昭和の頑固親父宜しく、ちゃぶ台を引っ繰り返して娘はやらん!と言う代わりに俺はこう言う。
野郎ぉ……ぶっ殺してやるっ!
てな。
「欲しいものは……?」
「な、なんで泣いてるんですかっ。しかも赤い?! 血涙?!」
「これは、父親が通る通過……儀礼だ……」
「えぇ……?」
ちょっと困り顔をしたアネモネを見れば見るほど先ほどの言葉が三半規管を揺らし、脳を刺激する。
頭の中では法被を来た江戸っ子火消しが鐘を叩き、纏を持って火事だと叫びながら脳内に起こった致命的なエラーの鎮火に奔走している。
原因はまだ見ぬアネモネの伴侶の存在だ。それを記憶から叩き出して正常化するべく走り回っている。
「わた、私は兄さんと……」
ただでさえ処理しきれなくなった俺の脳は白煙を上げ、オーバーヒートを起こしたためアネモネの追撃はまったく聞こえていなかった。
ガクガクと体を揺さぶられている感覚はあれど、遮音兼防火シャッターは今度は仕事しますぜと言わんばかりにアネモネの言葉を見事にシャットアウトし、俺の意識はそこで途絶えた。
▽
「はっ! なんだ、夢だったのか。驚かせるなよ……」
気が付くと俺はベッドで眠っていた。
どうやら子供が欲しい発言はアネモネの将来を思うあまり見せた夢幻だったようだ。
「兄さん?」
「おはよう」
「何を言っているのですか?」
「ん?」
「いきなり気を失うから驚きましたよ」
「夢じゃない……だと……? あ、アネモネ」
「なんですか? まだどこか気分が?」
「欲しいものは……?」
「んー特に思い当たるものはないですね。私は兄さんと一緒に暮らせていれば満足です。……子供は……追い追いですね」
ほっ……やはりあれは夢だったようだ。最後に何か言っていた気もするが、一緒に暮らせれば満足だとは嬉しい事を言ってくれる。
二人しかいないから寂しい思いをさせてしまっているのではないかと心配だったが存外、健やかに育ってくれているようで何よりだ。
「アネモネは無欲だな」
「に、兄さんと暮らせる事はとっても贅沢な事ですっ! っ~! は、恥ずかしい事を言わせないで下さい!」
バシッ! と照れ隠しの張り手が飛ぶと胸に紅葉型の跡が付く。
そこはジワリと染み込むような熱を持ち、体の奥深くにまで届いた。
「おいで」
「兄さん……」
手招きをして呼ぶと、もじもじしながらではあったがスッと胸に飛び込んできた頭を撫でる。
なんとも幸せそうな顔をして頭を摺り寄せるアネモネだが、鼻を鳴らして臭いを嗅ぐのはやめなさい。
「やっぱり、兄さんの匂いは落ち着きます」
「アネモネも良い匂いがするな。好きな匂いだ」
「も、もうっ……」
このあと滅茶苦茶ゆっくり過ごした。
▽
家族愛を一層深めた後、木の実を齧ると俺は畑を弄りに、アネモネは森に食料を取りに行った。
「しかし、欲しいものがない、か。友達の一人でも作ればまた何か変わるとは思うんだけどな」
残念ながらオーク君は論外なようだし見ていて面白い奴だが俺も彼と友達にはなれそうにない。
アラクネのお姉さん方も友達と言うよりは近所の面倒見がいいお姉さん枠で収まっているようなので友達関係に発展する可能性は低そうだ。
「んー……何か良い手はないものか」
ザクッと鍬で地面を掘り返しながら思考を巡らせるがこの閉鎖的で変化の少ない環境では難しいだろうな。
ああ言ってくれてはいたが、俺が引き篭りなせいでアネモネにも窮屈な思いをさせているのではないかと思うと、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
「いかんな。こんな卑屈な考えをしているようでは。せめて埋めた向日葵が咲けば少しは気が紛れるだろ」
そのためにも今は畑を耕す事に集中する。
決して現実逃避をしているわけではない。
「だけど……布、欲しいな」
燦々と照りつける太陽に肌を焼かれ、額から滴り落ちる汗を泥の付いた腕で擦りながらそう独りごちた。




