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魔物な娘と過ごす異世界生活  作者: 世見人白洲
本編.第一章 異質な兄妹
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十五.オークはモテたい4

「お兄様、私はついに女性を愛すると言う気持ちを知りました」


「今、俺の事お兄様って言った? お前に兄と呼ばれる筋合いはない!」


「申し訳御座いません! 神!」


 そう言って頭を下げたのはオーク君だ。

 ゴツゴツした体は余計な筋肉と脂肪が落ちて服を着ていれば体のフォルムだけは人間のようになった。

 適度に鍛えられており、中々素敵だと言える風体のオーク君は、開口一番ふざけた事を抜かした。


 アネモネを嫁にやるつもりも、婿を取るつもりもない。あの子が、あの子がもし、素敵な人と出会えたなら……! 俺は、血の涙を飲んで祝福してやろうと思う……思うが……!


「兄さん、何今にも殺戮を始めそうな目をしているんですか?」


「なんでもない」


「はい、兄さんの好きなクリミアです」


「ありがとう」


 白い手に包まれたクリミアを受け取り、アネモネの顔を見ると今日も可愛らしい笑みを浮かべていた。

 その笑顔に少しばかり滾った血が治まるのを感じる。


 オーク君はあれから更に一ヶ月もの間、木を口説き続けた。

 そしてついに鋼の精神を手に入れた彼は、俺とアネモネの遣り取り見ても優しい目が出来るまでに成長している。


「大人になったな」


「全ては神のお導きあればこそ」


「もう神でもいいや」


「今や私はジェントルオーク。必ずや神の名を貶めないよう、女性の心を手に入れて見せます」


「言うようになったな」


「過去の私を殴り飛ばしたいくらいには」


「では、お前が何を学んだか言ってみなさい」


「はい。私は木を口説いていた時、ふと気が付いたのです。あれは雨が降った日の事でした」


「え? ここ一ヶ月雨なんて降ったか?」


「しっ! 兄さん。今面白いところですよ。完全に自分で作り出した空想世界に入っています」


 どうやらオーク君は現実逃避をしてしまうほど自分を追い込んだようだ。

 アネモネはその姿を見て楽しそうにしているので、俺も現実を突き付けるような真似は今はよそう。


「そ、そうか」


「おほん! 続けさせていただきます。あれは、雨が降った日の事でした……柔肌を貫き通すように鋭く降り注ぐ雨が体力を奪い、意識が朦朧とした私はとある木の陰に横たわったのです。そこは葉が生い茂り、雨の重さで撓った枝葉は私を優しく包みこむように覆いました。雨に打たれ、熱を奪われた体は冷え凍え、今にも私と言う存在を失いかけていた。ですが、その葉を見た時、天啓が舞い降りたのです。あぁ、これはまるで天女の抱擁。どれ程声を掛けても靡かなかった彼女が、弱く、矮小な私を優しく包みこんでくれている。掴めば折れてしまうようなたおやかな四肢。それなのに生命力を……」


「ちょっと自分の世界入りすぎじゃないか?」


「兄さんっ! 面白いからいいじゃないですか!」


「うぉっほん! それなのに生命力を感じさせる彼女に、私の心は奪われました。そして思ったのです。力では手に入れられないものがある。彼女は力を、雄雄しさを見せても靡かない。力強さを見せながらも、時に弱さを見せ、私と言う存在を彼女の心に植えつけたい。嗚呼! これが、愛なのだと……!」


 正直、何を言っているのかわからない。どうしたらいいのかすらわからない。


 アネモネは隣で口を押さえて笑いを必死に堪えているが、蜘蛛の足はバタバタと忙しなく動いているので笑い転げたい気持ちを抑えているのがバレバレだ。


 そんなアネモネの足の動きを拍手か何かだと勘違いしたのか、オーク君はしたり顔で優雅に一礼をキメた。


 もう何も言う事は無い。突っ込む気力もない。


 だって、話の内容が全く理解できないのだから。


「……成長したみたい、だな?」


「光栄の極み」


 褒めたわけではないのだが。面倒な方向に成長を遂げてしまったオーク君に、俺は一刻も早く立ち去ってもらいたくて仕方なかった。


 話も程々に満足げなオーク君を玄関まで送る。


「その様子ならもう間違える事はなさそうだ。励めよ」


「必ずや。伴侶が出来た暁にはご挨拶に伺わせて頂きます。我が神」


「あ、あぁ。楽しみにしてる」


「ぷぷっ!」


 限界を越えたアネモネが笑いを零すが、どう勘違いしたのか、優しい笑みを浮かべたオーク君。


 なんて言うか、器が大きくなったとでも言ったらいいのだろうか。そういうところは立派になったと思う。


「それと、悪いんだけど他のオークの教育も頼めるか? 来られても嫌だし、最初の頃のお前見たいなのが居ると何かと困るんだよ」


 この為だけに耐えてきたと言っても過言ではない。


 正直、オーク君がモテ男になったかはわからない。恐らくロマンチックを求める女性には受けがいいと思う。百の浅い恋より一の深い愛だ。きっと彼なら真実の愛を見つけられるだろう。


 そんな彼の生き様を見て、自分も、とここにオークが押し寄せて来られては困る。出会ったばかりの頃にやらかしたオーク君の二の舞は御免被りたいし、記憶から抹消したい出来事でもある。


「存じ上げておりますとも。私めに万事お任せ下さい」


「悪いな」


「いえいえ、我が神にそんな。恐れ多い」


「じゃあ達者でな」


「はい。また」


 ピンと張り、気品を漂わせながらもどこか強者が纏う風格を語る背に手を振って見送った。


 アネモネが頷くとは到底思えないが、服の一つでも上げれたらまた違ったのかも知れない。でももう終わったことだ。

 冷たいようだが別に彼の事は嫌っていない。最高に大嫌いが、普通になったからそれくらいはしてもよかったかなと思い始めただけだ。


 何にせよ一段落したことに違いはない。


「やっと落ち着けるな」


「あーははははは! 兄さんっ! もう本当に苦しいっ」


「こら、はしたないぞ」


「うふ、うふふふふ、ふふふふふっ! くふふふふふっ」


 ずっと我慢していたアネモネはオーク君の姿が見えなくなると途端に笑い声を上げ、よっぽどツボに入ったのかしばらく笑い転げていた。

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新作短編です。宜しければ読んで頂けると嬉しいです
おっさんずスティグマ―年齢の刻印―
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