十四.オークはモテたい3
お試しで数日トレーニングをさせ、十五日が過ぎた辺りから全ての運動量を倍にしてから一ヶ月。地獄の特訓は順調に進んでいる。
子豚の囀りを聞きながら俺とアネモネは朝食を摂っていた。
「今日の魚も美味しいな。平和な日常、最高だ」
「そうですね、兄さん。あの家の前でフゴフゴ言っているのさえ居なければ、ですが」
「そう言ってやるなよ。オーク君だって必死なんだよ」
「はぁ……まったく。男と言うのはどうしてこう単純なのか」
「アネモネはまだオーク君が嫌いか?」
「前よりはマシと言った所ですね。わ、私には……その、に、兄さんが……」
「ん?」
「っ~! な、何言わせるんですかっ」
顔を真っ赤にしてツンと顔を背けたアネモネは今日も可愛い。口に魚の身の欠片をくっ付けているが、それもまた愛嬌がある。
そっぽを向いてしまったアネモネから騒がしい外へと目を向けると、そこには見違えてしまうようなオーク君が居る。
手を抜けば容赦なく矢を打ち込んだ事もあり、オーク君は過酷な一ヶ月を涙と汚い汗を流しながら過ごした。
その結果、頬と片目にはどこで付けたのか、深い傷跡が野生で生き延びた王者の風格を醸し出し、弛んだ体は岩のように引き締まった。バキバキに割れた腹筋。岩のような体躯。筋張った手と腕には血管が浮き出し、ドクドクと脈打つ事で生命力の強さを強調している。
まさに男。いや、漢だ。
食事を片付けて家を出るとオーク君に声を掛ける。
「仕上がってきたな」
ふっふっ! と鋭い声を上げながら腕立てを凄まじい速度でしているオーク君。
「ムッ! これは、我が神。御前失礼仕る」
「やめろ」
教えていないのだが、何故か口調まで変わっている。一体何があったのだろうか?
前のブヒブヒ言って居る頃に比べればマシだが……あぁ、アネモネの言っている意味が少しわかった気がする……
「どうだ、気分は」
「これが我とは……生まれ変わったような気分で御座いますフゴ」
……フゴ?
「あ、あぁ。そうか。それはよかったな」
「今ならどんな女も我が前に平伏し……」
「どうやら死にたいようだな」
「なっ! そのような事は!」
「アネモネの教育によく無い言葉を使うな。次にふざけた事を言ったらお前を蜂の巣にする。体は出来たが精神は未熟。次は精神を育む。いいな?」
「ハッ!」
「トレーニングは現在の体を維持出来る程度にまで回数を落とす。空いた時間は……そうだなぁ。木を女だと思って愛せ」
「……え?」
偉そうなことを言ったが俺自身、恋愛素人だ。体を作る事は知っていても、女性のあれこれについてなんて全く知らない。
困った挙句出たのは博愛精神。
自然を愛するようになれば、女性にも優しくなれる……と信じている。
「じょ、女性とは力で押しても引かない強い生き物だ。いかに言葉を尽くそうとも靡かないものは靡かない。まさに自然そのもの。優しくするだけでもダメ、かと言って力任せもダメ。時に優しく、時に厳しく。まさに木だ」
「はぁ。よ、よくわかりませんが、やってみますフゴ」
俺もよくわからないが、細かい事を気にしているようではモテないぞ。細かい事をネチネチ言う奴は嫌われる。器の大きさが大事なのだ。
▽
「兄さん。あれは一体何をしているのですか?」
「……知らない」
アネモネの言うあれとは木に向かって何かを話しかけ、口説いているオーク君のことだ。
離れた所から見ている為何を言っているかは聞き取れないが、ぴょんと飛び出た枝葉を手に見立てているのか、そっと下から手を添えると何かを語りかけ、葉に口付けをしていた。
薄く開いた瞳でそれを見ているアネモネは嫌な物を見てしまったと言わんばかりに冷たい口調で言い放つ。
「悍ましいですね」
「俺も少し残酷な事をしてしまったと後悔し始めてる」
「どこか他でやらせられないのですか?」
「大体の事は聞いてくれるけど、成果を見せたいのか、それとも甘ったれなのか俺の視界に入る所でしかアイツ頑張らないんだよ」
「情け無い。見てない所で頑張れないなんて恥ずかしくないのでしょうか」
うっ、耳が痛い! それは男に効き過ぎる。
「そう言ってやるな。必死なんだよ」
「それはそうと、兄さんはその……モテたいとか、あるんですか?」
「俺? 俺はないよ。アネモネが居てくれたらそれで幸せだ」
「っ~! は、恥ずかしい事言わないでくださいっ」
ツンツンしながらも少しずつにじり寄って来たアネモネは腕に抱きついて顔を埋めてしまった。
顔が当たっている所が異常に熱い。
照れてるのが丸わかりだ。可愛い奴め。
そんな父と娘のコミュニケーションを沈んだ瞳で見つめるオーク君に、俺はシッシッと手を振るとアネモネの頭をゆっくりと撫でた。
サラサラの黒髪は水で洗っているだけのはずだが指通りが良い。神秘の一つだ。
「に、兄さん」
「なんだ?」
「もっと撫でてください……」
「甘えん坊だな」
必死に木を口説くオーク君が俺達を見て血の涙を流したのは言うまでもない。




